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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第三章:竜と聖騎士
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55話 真の水竜

「そこで笑うかよ!」


 ガラドルフの笑いを含んだ言葉に、はっと十兵衛は表情を変える。

 ばつが悪そうにする十兵衛に、「責めてはおらん!」とガラドルフが背を叩いた。


「そこで笑えてこそ戦士の極み。震えてこそ武人の極み! 越えられるか分からぬ高みを相手に、どうしようもなく血沸き肉躍る! 我らのような存在は得てしてそういうものだ!」

「おやっさん含め近接組って皆そうだよね~。ま、でもちょっとは気持ち分かるよ」

「……ダニエラ殿もなのか」


 予想外の相手からの同意に、十兵衛は驚いたように目を瞠る。

 敵と相対するとしても後方からの戦闘を得意とするはずのダニエラの言葉が、意外だったのだ。

 そんな十兵衛の反応にダニエラはふふんと胸を張ると、茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。


「ウィルやジーノはどうか知らないけど、私はね! 自分の魔法が通用するか、どこまでいけるか、そんなの戦ってみないと分からないじゃない。そういう時ってさあ、どうしようもなく楽しいんだよ」

「……狂っているな」

「そう! 狂ってる! そうして死にもの狂いで戦って得る勝利を、私は愛して愛してやまないの!」


「ひゃっほーぅ!」と笑いながら大きな蔦を創造し、影の竜へと纏わりつかせるダニエラに、闊達に笑いながらガラドルフが続く。

 その背を見ながら、十兵衛は小さく嘆息し、目を閉じ、――笑った。


「狂わねば、命のやり取りなど出来ようはずもない――」


 理不尽とも思える戦況で、己の限界を超えて力を振るう。

 人で在るを捨ててでもただただ勝利のために戦い続ける武士の様を、後世では『死に狂い』と語られた。

 それを体現するが如く、十兵衛は静かな笑みを浮かべ、瞳孔の開いた目で影の竜を見据える。

 冷えた殺気を身に纏い、先を走る二人に追いつくようにその距離を縮めると、ダニエラの創造した巨大な蔦を掴んで滑る様に影の竜へと接近した。

 

 水魔法をガラドルフへ向けていた竜は、高速接近する十兵衛に気づくやその大きな尾を振るい、打ち払うように蔦ごと十兵衛を吹き飛ばす。


 ――が、その前に白刃が煌めいた。


「見事!」


 ガラドルフの賛辞と共に、竜の尾が半分の長さで切り落とされた。

 十兵衛の打刀が、正しく獲物を捉えたのだ。

 轟音を立てて竜の尾が大地に落ち、その風圧で吹き飛ばされる前にダニエラの木魔法が十兵衛の身体を掬い上げ安全圏へと避難させる。

 よく見えている、と内心で感謝しながら、十兵衛は今度は足を落とすべくガラドルフの方へと駆け寄った。


 苦悶の声を上げた影の竜は、蔦を引きちぎるように身をよじらせると、足に力を入れて一気に後方へと飛び退る。

 距離を取られた三人は、その瞬間第六感に感じた怖気を信じ、身を寄せ合うように固まった。


「どう来る」

「いや……水圧ビームどころの話じゃないかも」

「でかい魔力の気配に髭がビリビリしよるわ! 二人とも、我が輩の後ろに回れ!」


 大盾を大地に刺し、ガラドルフが防御態勢を取る。

 その命に従うようにダニエラと十兵衛はガラドルフの背後に回り、来る衝撃に備えた。

 頼りになるその背の向こうには、十兵衛とダニエラにとってあまりにも信じがたい光景が広がっていた。


「だ……大海嘯(だいかいしょう)!?」


 水魔法の究極履行技に、ダニエラが目を見開く。十兵衛も水の無い大地に湧いた巨大な大波に、信じられないとばかりにあんぐりと口を開いた。


「平原になんで波!?」

「水を創造するってのはウィルでも出来るけど、あんな量は馬鹿みたいに魔力が無いと出来ない所業よ!」

「三百年分の竜の魔力だ! 破格であるのは分かっておったろう!」


 言いながら、ガラドルフは首元から血晶石のタリスマンを取り出し、大きな拳で握って祈りを捧げた。

 【肉体強化】【防御力上昇】【障壁強化】【障壁超強化】――。

 異形の存在にこの星を渡さないためにと願ったレナの教えに伴い、奇跡には人を強化するものが存在する。通常であれば神官が己を守ってくれる神殿騎士のために使う奇跡を、聖騎士であるガラドルフは一人で使う事が出来た。

 ふんだんにバフをかけ終えたガラドルフは、大盾を力の限り構えて咆哮する。


「来い! 影の竜よ!」


 応えるように弾かれた大波が、平原を覆いつくすように全てを押し流した。

 【拒絶の障壁】と大盾に宿る【魔法返し】の効果を使いながら、ガラドルフは全力で大波の水圧を耐える。

 障壁の向こうはまるで海の中のようで、とてつもない高さを誇る波の最中にいる十兵衛は、自分が今いる場所が陸なのか海なのか分からない気持ちだった。

 それと同時に、リンドブルムが真に水の竜である事をその身を持って知ることとなる。


 短くも永遠とも思える時の中、通常であれば塵芥の如くその身ごと流される大海嘯を、世界でたった一人の聖騎士は、己の膂力で耐えきってみせた。


 障壁に触れる水が高度を失くし、足首程の高さにまで収まった水を見て、三人は同時に安堵の息を吐く。


「さすがおやっさん……」

「すごいぞガラドルフ! さすが世界唯一の聖騎士だ」

「褒めても何も出ん! それよりもまだ戦いは終わっていな……」


 はっとガラドルフは息を呑んだ。

 同時に、ダニエラと十兵衛も周囲に目をやって驚愕する。


 ――耐え切ったと思った大海嘯が、まるで三人を囲うように周囲から迫っていたのだ。


「馬鹿な……!」

「ち、違う! これ大海嘯じゃない! 水球だ!」


 水球と聞いて、十兵衛は思い当たる事があった。リンドブルムが語った過去の中に、オーウェンがリンドブルムを水球の中に閉じ込めたという話があったのだ。

 オーウェンが使える水魔法を、水魔法を得意とするリンドブルムが使えないわけがない。


 まずい、と思ったのも一瞬で、三人は周囲から集まる大波にあっという間に飲まれ、巨大な水球に閉じ込められたのだった。

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