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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第三章:竜と聖騎士
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51話 律の管理者のおまけ

 ガラドルフの持つ人形を見た瞬間、カガイが腹の底から大きな溜息を吐いた。


「ガラドルフ……まだそんな物を使っていたのですか」

「なぁに。弟子達の修業に使うのにもってこいなんだ、これは」

「あ~、ゴーレム人形か!」

「ゴーレム?」


 存在を知らなかった十兵衛に、ウィルが簡単に説明を買って出た。

 ゴーレムとは、エルフの国の国土に有する、マナの木から作られる人形の通称だ。

 形代となるそれに術式を刻み、魔力を込めると模倣生物(フェイカー)として扱う事が出来、術者の望んだ手伝いをさせることが出来るという代物だった。

 

「これに魔物から取った魔石の欠片を埋め込むと、我が輩が戦った魔物の劣化版が模倣生物(フェイカー)として発生する。それと弟子達が手合わせして、本番に挑む前の練習台にしているわけだ」

「俺達も何回かやったことあるけど、強くってさ~」

「何がヤバイって、魔物なら致命傷の傷でも、ゴーレム相手だとその人形を壊さないといけないって所で」

「魔石を砕いたのか」

「……ハーデス、」


 止めるように肩を押さえた十兵衛に、ハーデスは歯噛みをして俯く。

 その様子にガラドルフはきょとんとした顔で目を瞬かせたが、クロイスの「それにリンドブルムの魔力を吸わせるんだな?」という話の切り替えに大きく頷いた。


「おうとも! マナの木は星の力を蓄える生命の木とも呼ばれておるからな。エネルギーを留める力に長けておるはずだ」

「でもこのサイズで大丈夫かな? もうちょっと促進しとく?」

「お、可能ならば頼むぞダニエラ!」


 ガラドルフに手渡されたゴーレム人形に、ダニエラは木魔法の補助に使う成長促進の魔法をかけていく。

 その様を眺めながら、スイがうーんと難しい顔で唸った。


「魔石で魔物の劣化版が出るのであれば、リンドブルムの魔力を吸ったらこのゴーレムはどうなるんでしょう?」

「そりゃあリンドブルムが出るだろう」

「えっ!?」


 ぎょっとするスイに、何を当たり前な事をという表情でガラドルフが腕を組む。


「術者一人が作る純粋な模倣生物(フェイカー)ではなく、こちらの術式とリンドブルムの魔力の混ざった模倣生物(フェイカー)だから、魔石の場合と同じく言うことは聞かんぞ。見えない力を物理に変えた、言わばガチンコ勝負になるわけだ! 楽しみだなぁ!」

「だ、誰が戦うんですか!?」

「メインは我が輩と十兵衛だろうよ」

「……俺!?」


 急な巻き込まれに驚く十兵衛に、ガラドルフは「カルナヴァーンを討った英雄が何を驚く!」と快活に笑った。


「瘴気を吸い終われば、スイとカガイはリンドブルムの治療に入るだろう? 同時に修理をするのであれば、ハーデスとクロイスは物資と人員の輸送に手一杯になるだろうし」

「あ、俺が呼ばれたのって汚水の操作か」

「今更だが、そうなんだよウィル君。そのつもりで君を呼んだんだ」

「了解です閣下! 普通の水よりは素直じゃないでしょうが、難なくやってみせますよ」

「じゃあ私とジーノは十兵衛君達の補佐かな?」

「だろうね」

「あー、少し待ってほしいのですが」


 話が纏まりかけた所で、カガイが片手を上げて中断させる。

 一同の視線がカガイに集まった所で、カガイが懸念事項を告げた。


「大凡の瘴気はそのゴーレムでなんとかするとして、我々が治療中に再び瘴気の噴出がないかの不安が残ります。出来れば同時進行で僅かでも鱗の再生を促進させておきたいのですが、それは可能でしょうか?」

「奇跡を転移魔法で届ける事は出来るが、結局瘴気がまた出ると同じ事だものな……。ハーデス君の見立てではどんな感じだ?」

「白竜の鱗としての再建の場合、血の汚染を治す必要がある。だがすでに毒竜への性質変化が発生しているため、現状での治癒が今の状態を維持したまま怪我の治癒にだけ当てはまるのか、丸ごと治癒になるのかは見当がつかん」

「血の治癒ってどうやるんだ……!?」


 再び発生した問題に、全員が頭を抱えるようにして悩む。

 途中からはアレンもさすがに口が挟めなかったので、大人しく皆の茶を淹れ直してやりながら眺めていた。


 ――と、そのアレンの行動を見ていた十兵衛が目を瞠る。

 

 カップに茶漉しを乗せ、ポットから茶を注ぎ入れるアレンを注視していた十兵衛は、「濾過だ、」と呆然としたように口にした。


「血の濾過だ」

「……は?」

「ハーデス、お前オーウェンの濾過装置を解析しただろう。その応用で血の濾過装置を作る事は出来ないか!?」


 驚く面々に、十兵衛は言い募る。

 オーウェンの濾過装置は水の濾過をするだけでなく、リンドブルムの浄化をも調整するものだったこと。上流と下流の水質を模倣し、ほぼ同様の状態の水を流せる、ロストテクノロジーで作られた装置だったことを。

 それを聞いた面々と十兵衛から、一斉に期待の眼差しがハーデスへと向けられる。

 その視線の強さに、うっ、とたじろいだハーデスは、困ったように十兵衛を睨んだ。


「十兵衛、お前な……」

「出来るのか!? 出来ないのか!?」

「……あのなぁ。私を誰だと思っている」




「出来るに決まっているだろうが」




 ハーデスの右手の上で、オーウェンの術式の魔法が展開される。

 青白い光を放つ、立体型パズルのように組み合わせられた複雑な魔方陣は部屋一杯に広がり、ハーデスの権能によって改変の調整が組み込まれていった。

 その圧倒的な技量に「おおお、」と驚くクロイス達を前にして、はた、とハーデスが気づく。


「……いや待て。まずくないかこれ」

「何が?」

「律の管理者の低次元領域における高度知識更新干渉に当てはまるんじゃないか? 止め止め」

「なんでだ! オーウェンが辿り着いた技術だろ!」

「そうですそうです! ハーデスさんがやる前にオーウェンがやってましたー!」

「偉大なるオーウェンだったら水から血に変えるくらい難なく出来たはずだ!」

「腰抜けと言い張っていたくせに、クロイスまで……!」


「こいつらぁ……」と眉間に皺を寄せながら、ハーデスは溜息を吐いて諦めた。「今回だけだからな!」と言い置いて、術式改変に集中する。


「いやほんとに、何者なんだハーデスは」

「……なんか凄い奴、です」

「です」

「うむ」

「なんでクロイスまで語彙が無いんだ」


 だって何も言えないんだもんと口を閉ざす三人に、ガラドルフは不思議そうに首を傾げるのだった。







***







「よし、それでは大分変更点が入ったので、状況を整理しよう!」


 クロイスの鶴の一声に、十兵衛達は頷き静聴した。


 まず、リンドブルムの元にハーデスが赴き、転移魔法を三つ展開する。

 スイとカガイの奇跡、ウィルの水魔法、そしてリンドブルムの体内に設置する三種だ。

 スイとカガイは一部を除き、リンドブルムの身体の治癒に専念する。そうしてあえて残された怪我の部分から、ウィルが水魔法でリンドブルムの血をハーデスの展開する血の濾過装置まで引っ張り、正常な血液をハーデスが極小の転移魔法で体内へと戻す役割を果たす。

 相当な魔法的負荷の掛かる役割だが、ハーデスの「問題ない」という一声で決まった。


 瘴気の問題があるため、それらは全て遠隔で行われる。その際の映像投影を、ジーノが請け負った。

 現場に持って行かれる、もはや皆勤賞である騎士団詰め所傍の街灯は、クロイスが「後程なんかサインでも書いておこう」と嘯いていた。


 同時に、瘴気の吸収をゴーレムにやらせる事となる。

 そこで起こるであろう形態変化を、クロイスが地下水路から地上へ【可視化の転移門(ヴィジブルゲート)】を繋ぐ事で祠の崩壊を回避し、召喚される模倣生物(フェイカー)をガラドルフと十兵衛、そして補助にダニエラがついて討滅する事となった。


「ゴーレムの召喚が終わり次第、私がソドム達をハーデス君の元に送るよ」

「本職の者ではないのですか?」

「何、この話を聞いていた騎士達がいてね。何かさせてくれと言って止まないんだ」


「正確な立体模型図はハーデス君に貰ったから、必要素材も事前に用意出来たしね」と肩を竦めながら、クロイスは右手の上で【賢者の兵棋】を展開する。

 魔力の糸を立方体の内部に張り巡らせ、リンドブルムを含めた祠一体の立体模型を作り出したクロイスに、ダニエラはあんぐりと口を開けた。


「え、【賢者の兵棋】ってそんな風にも使えるんですか!?」

「つい先日、ハーデス君に予想外の使い方をされて驚いた所だよ。縮尺を変えれば一分の一スケールにも出来るから便利すぎる」

「別に私は大した事は何もしていない。そもそもお前の技だぞクロイス」

「耳が痛いので止めてくれないかい?」


 はぁ、と溜息を吐いたクロイスに、ハーデスは納得いかないように眉根を寄せた。


「全体像はこんな所だ。ソドム達の転移が終わり次第私も戦闘に参加するが、まずは治癒組の頑張りに掛かっている。頼んだぞ」

「はい!」

「お任せを、閣下!」

「スイは後程私の所へ来なさい。奇跡の使用にあたり、先んじてするべき事があります」

「……承知しました!」


 カガイの話に、スイは力強く頷く。高位神官として理論改変の知識は知っていたが、やるのは初めてだった。

 神官長直々の教えに、普段の衝突など忘れたように素直になったスイに、カガイは口角を上げて目を伏せた。


「実行は明後日、明朝より開始する。戦闘組はリンドブルムの北西、バーズ平原に集合だ。各員、健闘を祈る!」


 当代オーウェン公の号令に、短くも勇ましい声が上がる。

 それを目を細めて見やったクロイスは、掌に浮かぶ立体模型のリンドブルムを眺め、内心で小さく呟いた。




 ――腰抜けの言葉を、ようやく届ける時が来たようだ――、と。


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