50話 瘴気の正体
「遂行じゃなくて立案なのだな」
「あぁ。大筋は立てられてあるんだが、懸念事項を解決しないと話が進まん」
「白竜リンドブルム……?」
「ど、どういうこと……?」
「そこは私から説明しよう」
鷹揚に構えるガラドルフと困惑するウィル達に、クロイスが手短に説明を施す。
このリンドブルムの街の地下水路に、街の名の由来となった白竜リンドブルムが存在していたこと。リンドブルムは濾過装置から外れてしまった汚水をその身で清め、三百年に渡って中和を図っていたこと。
浄化の元となる竜の鱗はもう僅かしかなく、一刻も早く配管を修理して濾過装置に繋ぎ、リンドブルムを救出し地上へ引き上げてやりたいことを。
語り終える頃には四人全員号泣し、決意の籠った眼差しで「なんでも言ってくれ!」と全面協力を願い出てくれたので、十兵衛は頭を下げて感謝した。
リンドブルムの罪は、十兵衛とハーデス、そしてクロイスとソドムと共に映像を見ていた騎士達だけの秘密となっている。
あの後、クロイスが箝口令と共に「創成の竜を辱める事は罷り成らん」と厳命したのだ。家族や他のオーウェン騎士団にも伝えたいと願っていた者もいたものの、クロイスの言葉にはっと気づきを得たように全員が納得し、固く誓われた。
リンドブルムはオーウェンの偉業に泥をつけると嫌がろうが、それよりも今生きているかの竜の尊厳を守る事を、クロイス達は優先したのだった。
「ハーデス君の解析で、現在リンドブルムが受けている汚水を濾過装置に流しても問題ない事が分かった。故に配管の修理がリンドブルムを救う一手に繋がるのだが、まずリンドブルムのいる祠に我々は近づけないんだ」
「死の瘴気が充満している。神官の奇跡も対応できるか不明であり、まずはそこの原因究明と解決を図ってからじゃないと話を進められん」
「皆様の中で、何か瘴気について思いつく事はありませんか?」
スイの言葉に、うーんとジーノが唸る。
「神官の奇跡じゃ対応出来ないとなると、魔物の瘴気じゃないってことですよね?」
「出来ない、というより不明と認識して頂きたい。それを試すのに死人を出したくないというのがこちら側の見解です」
「なるほどなぁ。魔物の瘴気以外となると毒だったりするが……」
「ハーデスが言うには、あれは人が触れれば即死する物だそうで……」
「なんで十兵衛君達は平気だったの?」
ダニエラの追及に、十兵衛は「あはは……」と誤魔化すような空笑いをした。
「ハーデスと十兵衛が平気なら、お前らが配管修理したらいいんじゃないのか?」
「それは俺も考えたんだが、水路の問題が解決してもあのままではリンドブルムが外に出られないだろう」
「あ、そうか」
「だから瘴気の問題は必ず解決しないといけないんだ」
「そこが一番難しいんだけれども~」と頭を抱えるウィルに、同意するように面々が溜息を吐く。
その様をずっとクッキーを摘まみながら眺めていたアレンが、「一ついい?」と手を上げた。
「人ってなんで死ぬの?」
「……えっ」
それはハーデスの専門分野かな、とハーデスの本性を知っている十兵衛とクロイスとスイが、一様にハーデスを見やる。
当の本人は目を瞬かせ「何故こちらを見るんだ」と不満気に呟いたが、アレンは「そうじゃなくて」と笑った。
「どうやったら人が死ぬ? って考えたら逆説的に瘴気が導き出せないかなって」
「……なるほどな! それなら我が輩もいくらか答えられるぞ!」
「よく思いつきましたね、少年」
「日陰にしか生えない薬草を探す時、足元を見るんじゃなくて上を見て、木々の葉の広がりを見るんだ。今は日陰でも、日の当たる方向によってそうじゃない時がある。そんな感じで、答えを探す時に逆を見るってのをよくやるもんだからさ」
「父ちゃんの受け売りだよ」と鼻をこするアレンに、ガラドルフは褒めたたえながら頭を撫でた。
「人が死に至る理由は数多あるが、触れる、もしくは吸引で死ぬとなると限られてくるな。毒素による細胞変異からの死、肺を汚染し酸素の全身供給を滞らせる窒息死……」
「筋肉の正常動作を狂わせる心臓発作もありますね」
「もーやだ~! 奇跡で助けて貰ってるからあんまり強くは言えないけど、神官のこういう所ホント怖い!」
「あはは……」
神官は神に与えられた奇跡によって人を救うために、人体構造の知識も併せて与えられる。神殿騎士が対人最強の戦士なのもそのためで、奇跡を悪用すれば容易に人を殺せるのが神官という存在だった。
勿論、奇跡の悪用は神罰が下るため、短慮な行動に出る神官はそういない。
「精神汚染もありますね。脳に直接働きかけ、自死を促したり発狂させたり」
「ゲーッ! そんなのもあるの!?」
「精神汚染となると、最早魔力を使った魔法にも近いですね」
「魔力……あっ」
「それじゃないか!?」
十兵衛が声を上げるのと同時に、ハーデスも頷く。
「リンドブルムが言っていたんだ。鱗の無い竜は、自身の魔力量さえ推し量れぬ未熟者の証だと」
「そして白竜の浄化は鱗に宿る。だとすれば、竜の鱗には竜本来が持つ魔力を貯める力があるんじゃないか?」
「その防波堤役の鱗が今、リンドブルムにはほとんどない。つまり、三百年分の魔力の放出が、あの瘴気の正体だ!」
おお~! と上がる声に、カガイが「待ちなさい」と落ち着かせるように両手で押し止める。
「それが一番近しい答え、という認識に留めておきなさい。それが正しいかどうかをまずは証明をしないといけません」
「あの瘴気に魔力があるかどうかってことよね? じゃあこれを使ってみてよ」
「【創造木魔法】!」と魔法を唱え、ダニエラが手の上に小さな木を二本創造した。
「こっちはエルフの里でよく使われる、【灯光球】代わりのルミエールの苗木よ。魔力を通すと葉っぱが光るの。後は念の為用にプリフの苗木。こっちは毒の判別に使われるものよ」
「毒に触れると葉が紫になるんだよね」
「さっすが薬草売り君! よくご存じで」
苗木を二本受け取ったハーデスは、先日借りた街灯をまた借り受ける旨をクロイスに伝え、苗木をリンドブルムの元に転移させた。
「ジーノ君、といったね。君は【投影】の光魔法は扱えるかな?」
「可能です。接続術式暗号をお教え頂ければすぐにでも」
「了解だ。ではこちらで頼む」
クロイスから暗号を受け取ったジーノは、すぐに【投影】を展開する。
会議室の中央に巨大な真四角の光の板が現れ、そこにリンドブルムと苗木の姿が映し出された。
リンドブルムの痛々しい姿に息を飲むウィル達に対し、十兵衛達は苗木へと注視する。
ルミエールの苗木は葉どころか幹まで光り輝き、大気圏に突入する火球のように明度を一気に高めるとすぐに燃え尽きた。
隣にあったプリフの木の葉は、葉の半分ほどを紫色に変えている。
「白竜から性質変化で毒竜に変わって出た毒は僅かだったのか……」
「やはり魔力の放出が主な原因のようだな。だとすると受け皿を準備せねばならん」
「そこは我が輩に任せてもらおうか」
クロイスの視線の先で、ガラドルフが片手を顔の側に寄せ、にっかりと笑う。
その大きな指の間には、小さな木の人形が摘ままれていた。