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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第三章:竜と聖騎士
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49話 役者が揃う日

「なんで公爵様のお屋敷に……」

「ほぼパジャマ姿で……」

「来るはめに……」


 茫然と目の前の光景を見やるウィル達に、スイが一生懸命「あの! 全然大丈夫なので! ほんと気にせず!」と言い募っているのを、アレンが可哀そうなものを見る目で見つめる。

 公爵令嬢がそう言った所で、招かれた側としては看過できない心境だろう。ドレスコードは守れずとも、せめて一番いい装備で来たい所だ。

 必要な移動だったとはいえ、「せめて準備する時間ぐらいあっても良かったんじゃないかなぁ」と思いつつ、アレンは同情しながら嘆息した。


 そんな落ち込むウィル達の隣で、十兵衛も同様に落ち込んでいた。

 日雇い労働者の冒険者達に募金をさせてしまったことを、心底悔いていたのである。

 彼らの金は未知を既知とする冒険のためにある。日銭を稼いでそのために貯めている彼らの大事な資金を、自分の無策をフォローするのに使わせてしまったことに胸を痛めていたのだ。

「僧でもないのに托鉢なんて……! 俺は駄目侍だ……!」と椀に盛られた小銭を前にして懺悔する十兵衛を、ガラドルフは笑い飛ばしながら「気にせず受け取っとけ!」と背を叩いて激励した。


「しかし、これだけの大人数を容易く転移させるとは。貴殿もよほどの使い手なのだな、ハーデス」


 ガラドルフの賛辞に、ハーデスは肩を竦めてみせた。彼にとっては当然の技ではあるが、あえて語る必要もないと黙する。

 ハーデスの転移魔法で来たオーウェン公爵邸の正門前で、一行はロラントの到着を待ちながら、思い思いに時間を過ごすのだった。







***







 ――遡る事二十分前、冒険者ギルドにて。


 冒険録の目途がなんとかついた所で、アンナはぐっと伸びをして茶を飲み終わったマグを洗いにキッチンへと出た。

 そこで丁度注文を受けて準備をしているライと鉢合わせる。アンナの姿を見たライは「あ!」と慌てるような声を上げた。


「どうしたんですか?」

「……十兵衛君と、ウィルが来てるぞ」

「え!? いつ!?」

「十兵衛君は、だいぶ前から……」

「教えてって言ったのにー!」


「ギルドマスターの馬鹿ー!」と罵りながら大慌てで身支度を整える。手鏡を見ながら乱れた髪を直し、丁度ウィルのテーブルに持っていく所だったという注文の品をライから受け取って、アンナは渾身の営業スマイルを浮かべながらホールへ出た。


「お待たせしました~! エール二つとお水で……」


 ウィル達のいるテーブルへと酒を運ぶと、そこには目の前の皿に山盛りの小銭を盛られて落ち込む十兵衛と、周りの冒険者からカルナヴァーン戦の事を又聞きして盛り上がる三人がいた。


「あ、ありがと~アンナ!」

「ダニエラさん……これは一体……」

「いや~、そこの十兵衛君? がカルナヴァーン倒したっていうじゃない! どんな戦いだったか聞こうと思ったんだけど、本人物凄い落ち込んじゃったからさぁ~」

「先に話を聞いてた人から武勇伝を伺ってたんだ。あ、水は僕です」

「落ち込みと山盛りの小銭になんの関係が!?」

「十兵衛さんが手持ちのお金全部寄進しちゃったから、皆が寄付してくれたんですよ」


 いつの間にか最初にいたテーブルから移動したスイが、十兵衛の隣に寄り添うように座る。それを見たアンナはぴくりと眉を跳ね上げると、空いた椅子を引き寄せ同じように十兵衛の側へと座った。


「え~! すごい! 十兵衛さんってすっごくお優しいんですね!」

「はい~! とっても素敵な英雄さんです!」

「王族や貴族ではなく、庶民の出で偉業を果たされるってすごい事ですよ! ねぇスイ様!」

「本当に! 十兵衛さんの卓越した剣技、是非見て頂きたかったですねアンナさん!」



「なぁ……言外に『貴族は庶民の男子に手ぇ出すな』って聞こえねぇ?」

「聞こえるしなんなら『ギルド員は一生現場に出れないから残念でしたね』とも聞こえる」

「え~、十兵衛ってモテるの? ハーデス様」

「知らん。知らんが、さすがの私でもアレが修羅場という奴であるのは察した」


 当の本人は落ち込んでいるのでまったく気が付いてないが、美女二人から両腕に胸を押し付けられながら挟まれる図は、多くの男性陣からするとなかなかに羨ましい光景だ。

 そんな風に冒険者達は思いつつも、「俺達のアイドル、アンナちゃんがぁ」と内心涙を飲むのだった。


「あ~あ~、やらかしてらぁ」

「マスター、やっぱりアンナちゃんは十兵衛を……?」


 キッチンから出てきたライに、冒険者が鼻をすすりながら声をかける。

 それに苦笑しながら「唾つけとこぐらいなもんだろ」とぼやいた。


「フローラルさがいいんだと」

「フローラル……?」

「お前ら、大体いっつも一張羅だろ。俺はもう鼻が麻痺しちまったから分からんが、女子にはなかなかにえげつない臭いらしいぞ」

「それで風呂云々って看板があったのか~」


「え~、気を付けよう……」とフンフン自分の臭いを嗅ぐ冒険者に、アレンが「そういうことなら」と声を上げた。


「これ使うといいよ」

「あ? ポポ(だけ)?」


 アレンが自分の背負い鞄から取り出したものを、冒険者がしげしげと見やる。


「肉の臭み取りの食材だろ?」

「刻んで入れればね。でもこれをこうして……」


 柄を摘まんで取ったポポ茸の傘を、アレンは掌でぎゅっと握りつぶす。その瞬間、指の隙間から微粒子の胞子が飛び散った。


「わ!」

「ポポ茸は胞子に消臭効果があるんだ。熱でだいぶと効能は薄れちゃうけど、こうして潰すとなかなかに使えるよ」

「さすがアイルークの息子だな、アレン」

「薬草売りとして、このくらいはね! 密閉した袋の中に衣服を入れてポポ茸を潰して、ちょっと置いてから洗濯すれば綺麗さっぱり臭いも取れるよ」


「お求めはマルー大森林のカルド村まで!」と営業文句まで言ってのけたアレンに、ライと冒険者から拍手が上がる。

「明日から品薄になるから今の内に買っとこ」とギルドを飛び出していった冒険者を見送りつつ、ハーデスは「さて、」と区切りをつけるように嘆息した。


「スイ。探し人は見つかったわけだが、ここで話すのか?」

「あ! いえ! 場所は変えましょうか!」


「商談にもなりますし!」と立ち上がったスイに、アンナは「しめた!」と言わんばかりに十兵衛を引き寄せた。


「ウィルだけでいいんですか? スイ様」

「そのつもりですが……あ、でも魔法使いの知識を借りたい所もあるからなぁ……」

「もし問題なけりゃあダニエラ達も一緒でもいいですか? 俺だけ名を上げるのもなんかアレだしよぉ」

「なーにを成功する前提で話してるんだコラァ」

「俺が失敗するとでも!?」

「じゃあそこの三人と? 他は?」


 すでに出立する気でいるのか、ハーデスが立ち上がって消沈している十兵衛のポニーテールをむんずと掴む。


「ガラドルフ様は、お時間ありますか?」

「うむ。我が輩は構わんが、行くとなればアレンも共に行くぞ」

「俺もいいの?」

「分かりました。ではこちらの五名を!」

「了解だ」


 言うやいなや、冒険者ギルドからハーデスを含めた八名が瞬時に消え失せた。

「転移魔法か!」と声が上がるのと同時に、複数名を同時に転移させたハーデスの能力に、一同が驚愕する。


「閣下以外にこんなに転移魔法を使いこなせる魔法使いがいたとは……」

「じゅ、十兵衛さんが……!」

「てかちょっと待て。……代金、支払ってなくないか?」


 ライの指摘に、しん、とギルド内が静まり返る。


「英雄一行、まさかの食い逃げ……?」とどよめきかけたその時、テーブルの上に置かれた小銭の山が瞬時に消え、代わりに金貨が数枚現れた。


「よ、よかった! 食い逃げじゃなかった!」

「だ、だよな! スイ様が一緒だもんな!」


 やれやれだ~! と汗を拭う冒険者の合間を縫って金貨を受け取ったライは、しょぼくれるアンナの横でふっと笑みを浮かべる。




「おやっさんの酒代分、ちょっと足りてねぇわ」と、遠い目をして。







***







 ロラントの案内を経た後、一行は沈思の塔へと移動した。


 スイがざっと掃除をした日とは違い、作戦会議室として当初から使う予定だった部屋は綺麗に磨かれ、調度品の装いも変わっていた。

 何枚でも地図を広げられそうな大きな机に、十脚以上のクッション付きの椅子。壁沿いには寝転がれそうな大きなソファが二つ並べるように置かれ、部屋の隅には冷たい水と柑橘の果肉が入ったピッチャーとグラス、大きなポットにカップと軽食が、丸テーブルの上に所狭しと並べられていた。


 明かりも大きな【灯光球(メルン)】が天井のど真ん中に設置され、煌々と部屋の中を照らしている。

 前回とは打って変わって豪華な部屋に変わった会議室に、落ち込んでいた十兵衛も呆気に取られたように眺めていた。


「ようこそ。オーウェン邸唯一の秘密の会談場、沈思の塔へ」

「じめじめ塔の間違いでは?」

「カガイ神官長!?」


 迎え入れたクロイスに並ぶように立っていたカガイへ、ウィル達が驚きの声を上げる。

 その声に眉を顰めたカガイは、「私がいて何か問題でも?」と鼻で笑った。


「お、お父様、どうして……?」

「いや、実はカガイ神官長とさっきまで会談をしていたんだ。そこに偶然お前達が探し人を連れて帰ってきたというから、じゃあもうご一緒にと……」

「体よく巻き込まれた、というわけですよ。……久しぶりですね、ガラドルフ」

「よーぉカガイ! 相も変わらずしけた面だ!」

「問題児を二人も抱えれば、しけた面にもなりますよ」


 苦々しく言うカガイに、ガラドルフは闊達に笑う。

 そんなメンバーを目を瞬かせながらアレンは見つめ、横に立つ十兵衛を振り仰いだ。


「十兵衛、これ、どういう面子……?」

「言ってやれ、十兵衛」


 腕を組んで顎で促したハーデスに、十兵衛は小さく笑う。

 戸惑うアレンの頭を撫でて、十兵衛は前に出るとリンドブルムの地下水路が描かれた地図をテーブルに広げ、声を張った。




「各位、ご協力誠に感謝する。これより、白竜リンドブルム救出作戦を立案する!」

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