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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第三章:竜と聖騎士
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47話 英雄募金

「んも~~! なんでまた私が冒険録担当~!?」

「受付したのがお前だからだろ、アンナ」


 バックヤードで資料庫から持ち込んだ大量の書類と格闘しながら、アンナは泣きべそをかく。


 昼間、十兵衛達を見送ったあと入れ違うようにやってきたガラドルフを、たまたま受付をしていたアンナが対応した。結果、彼女はそのまま冒険録の記録作業に追われる事となったのである。

 ガラドルフの報告書は、彼が多くの魔物と戦っている事もあり通常の冒険者より作業量が重い。情報の更新も必要になるため、書類探しにも時間が取られるのだ。

 運が悪かったなぁと哀れみつつ、キッチンからお茶を持ってきてやったギルドマスターのライは、マグを机においてガラドルフからの報告書を手にとった。


「おやっさんに連れられてった冒険者達は、しばらくマルー大森林で遺体回収中。こいつらに直接あった案件のスケジュール調整が必要だな。……そして、カルナヴァーンは八剣十兵衛とハーデスの二人によって討たれた、と」

「びっくりですよね!? あのフローラルな剣士さんがまさかカルナヴァーンを討った英雄だったなんて!」


「なんで内緒にしてたんでしょう!」と興奮冷めやらぬ風に目を輝かせるアンナに、ライは「さぁなぁ……」と首をひねる。


「冒険者ギルドにも登録はないし、騎士って感じでもなけりゃ神殿関係者でもないんだろう? 腕は立つが、どこにも所属してない名も無き一般人が討滅したなんて知れ渡ったら、トラブルの元だと思ったんじゃねぇかなあ」

「偉業を誇示しない、名も無き英雄、八剣十兵衛さん……。かっこいい……!」

「おいおい、ハーデス君もいれてやれよ」

「十兵衛さんの世間知らずだけど優しい所も推しなので!」

「へぇへぇ」


 肩を竦めたライに、アンナは「ウィルさんか十兵衛さん達が来たら私に教えてくださいね! 仕事頼まれてるんですから!」と釘を差す。

 それに生返事をしながら、ホールの手伝いにでも行くかとライはバックヤードを後にした。








「アレ? 十兵衛君もう来てたのか」


 ホールに入るとまず目に入ったのは、ガラドルフの姿だった。一際でかい大男なので目立つのだ。

 自然とそこに視線を吸われた結果、ライはアンナの探し人をすぐ見つけることとなった。


 ライに声をかけられ、十兵衛も振り返り目礼をかわす。


「神殿の用事も終わったので、夕飯がてらウィル殿を待たせて頂こうかと」

「ついでにカルナヴァーン戦の事も聞かせて貰ってたんだよ、マスター」

「え! そりゃ俺も聞きてぇな」


 腰エプロンのポケットから注文受付用のメモ帳を取り出すと、ライはカウンターの椅子を引っ張って来て十兵衛の横に座る。


「カルナヴァーンはどういう魔法を使った? 何が効いた? 使用技の飛距離も覚えている範囲で教えて欲しい」

「調書でも作るのか?」

「似たようなもんだな。冒険者ギルドは、冒険者が戦ってきた魔物の資料集を作っているんだ」

「後世に残す知識は大事だからな! 我が輩も常日頃から提供しておる!」

「なるほど……!」


 本というのは人々の知識や知恵、歴史の詰まった宝だ。日本においても本は非常に重要視されており、古くからある名家の蔵などには多くの歴史書籍が残されていた。

 日本に通じる価値観を感じる事が出来たことに、十兵衛は感銘を受けて胸を震わせる。「俺の話でよければ、勿論!」と応じて、一所懸命言葉を尽くしてカルナヴァーン戦の話を語った。


 それを微笑ましく眺めながら、スイは呟く。


「箝口令は無駄になっちゃいましたけど……頑張った人の名が刻まれるのはいいなって思いますね」

「十兵衛は本にでも載るのか?」

「間違いなく! 冒険者ギルドが綴る冒険録は、定期的に発行されるんです。未知の最前線を行く冒険者達が得た最新情報の宝庫ですからね。毎回総集版とカテゴライズ分けされた分冊版の二種類が出ていて、それで得た利益がギルドに集まり、冒険者達へも還元されるんですよ」


「ご飯代や宿代の割引とか、武具のメンテナンスの割引もあるみたいです」と語るスイに、ハーデスは面白そうに目を瞬かせた。


「ギルドが編纂者の役割も果たしているわけか」

「はい! すぐに知らせるべき情報なんかは、号外として迅速に配布されますね」

「お嬢が無理やり跨っていった郵便大鷲(ポスグル)とかがな」

「ご、ご存じで……!」

「リンドブルムで目撃者多数だったよ。雄々しい公爵令嬢、空を行く! って」

「ひぇ~~!」


「アレン君忘れて~!」と顔を真っ赤にして慌てるスイを、アレンは「忘れられるかな~」と笑っていなした。


「まぁ、なんにせよ名が高まるのはいいことだ。その調子で格を上げていけばいい」

「……ですね!」

「なんの話?」

「十兵衛さんが英雄として名を馳せたらいいですねって事ですよ、アレン君」

「ハーデス様も一緒に上がるんじゃないの?」


「父ちゃんからすごい魔法使ってたって聞いたけど」と問われ、ハーデスはなんと答えたらいいか悩んで腕を組んだ。


「……私は別にいいんだ。表立った所は、十兵衛に担当してもらう」

「ふーん?」

「なんだぁ? 今夜はやたら人が多い気がするなぁ」


 その時だった。

 聞き覚えのある声が、ギルドの入り口の方から響く。


 ハーデスが視線を向けたその先で、先日パムレで見た三人が、こざっぱりとした服装で立っていた。


 片目にかかる水色の髪を、様になった手つきで払う高身長のウィルに、毛量の多い濃茶色のおさげ髪を肩下で揺らす小柄なダニエラ。短く刈り込んだ黒髪に黒ぶち眼鏡をかけているジーノが、部屋着に薄手の外套を羽織った姿でぞろぞろと中へ入ってきた。


「お、いい子ちゃんだなウィル。ちゃんと風呂に入ってきたのか」

「なんか看板増えてたからよ~。まぁ確かに風呂上がりのエールって旨いから従ってみた」

「マスター! 泡多めのエール二つ!」

「あ、僕は水で」

「あいよぉ!」


 注文を受けたライが、十兵衛の元から離れてキッチンへと戻る。ウィルの名を耳にした十兵衛は、隣で話していた冒険者に席を立つことを告げてから、三人の座るテーブルへと向かった。


「失礼。ウィル殿の名前をお聞きしたのだが」

「おう! 俺だぜ。何か用かい?」

「貴殿がリンドブルムで随一の水魔法の使い手と伺った。一つ手伝って欲しい事があるんだが、話を聞いて頂けないだろうか」

「そりゃ嬉しいね! いくら出す?」


 片手を差し出したウィルに、十兵衛はぽかんと口を開けて見やる。

 それが報酬の話だと気づいた十兵衛はみるみる青ざめ、さめざめと両手で顔を覆った。


「そうだった……報酬……!」

「お、おいおい。金払いも無しに手伝わせる気だったのかよ」

「おい十兵衛、お前カルナヴァーンを討ったんだろう? 金ぐらい腐る程あるんじゃねぇのか?」


 先ほど一緒に飲んでいた冒険者から飛んだ指摘に、ウィル達は驚愕の表情を浮かべて立ち上がった。


「は!? カルナヴァーンを討った!?」

「君が!?」

「そうだよ。証人はそこの坊主にガラドルフのおやっさんに現場にいたスイ様だ」

「な、なんでスイ様が……」


 唐突に話に巻き込まれたスイは、気まずげに視線を逸らす。


「それで? 金はどうしたよ十兵衛」

「……先ほど全財産を……神殿に……」

「……はーーーーーーっ!?」

「おっま……ばか! ばっか! お前、もうっ……!」

「スイ様! 貴女がいながらどうして……!」

「止める前に財布ごと渡してたんですよ!」


 ギルド内にいた冒険者全員から、呆れたような叫び声が上がる。

 けれども、消沈する姿がどう見ても田舎から出てきた一般人があのドケチ神官長に騙されたようにしか見えず、冒険者達は「寄付だ寄付!」「募金してやれ!」と手持ちの小銭を空いた皿へ投げ入れた。


「これを使え十兵衛! 少ないが足しにはなるだろ!」

「ウィル! 安かろうが受けてやれよ! 英雄様のお手伝いなんて箔がつく上にお釣りがくらぁ!」

「な、なんか分からんが分かった!」

「ていうか十兵衛、文無しでご飯とか、食い逃げするつもりだったの?」

「ち、違いますよアレン君! 私が出すって言ったんです!」


「それもどうかと思うよ、俺」と白い目で見るアレンに、最早言葉もない。

 十兵衛は恥じ入るように顔を伏せて「かたじけない……消え入りたい……」と終始落ち込み、憐れむ冒険者達から慰められるように肩を叩かれたり頭を撫でられるのだった。

 

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