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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第三章:竜と聖騎士
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46話 小さな友人と聖騎士

 昼間とは違い、夕方になると近隣での仕事を終えた冒険者達が戻ってくるため、冒険者ギルドは外に喧騒が漏れる程賑やかだ。

 間もなく夜を迎え暗くなるのに先んじて、ランプには火が入れられている。それでも窓から見える光源がランプの穏やかな灯りに比べて非常に大きいのは、魔法使い達がめいめい【灯光球(メルン)】を使っているからだ。

「冒険者ギルドは朝よりも夜の方が朝みたいだ」とはよく語られる話で、彼らの冒険譚が聞きたければお酒を一杯奢るお金とクッションを持っていけというのが慣例だった。必ず長話になるため、尻が痛くなるのだ。

 今宵のリンドブルムの冒険者ギルドも、多分に漏れず、賑やかさは健在だった。




 油代の節約のため、暗くなればすぐ眠るのが常だった十兵衛にとって、それは未知の文化である。

 毎夜夜更かしをして語り合うという冒険者達に、驚きを隠せない。

 よくそれで次の日働けるなぁと、心の底から感心していた。


「だから、気を付けてくださいね。今日の目的はウィルさんとの面会です。他の方と話し始めたら最後、離して貰えなくなりますよ?」


 スイの注意事項にこくこくと頷きながら、冒険者ギルドの扉に手をかける。

 真横の壁に「お仕事お疲れ様でした! お風呂の後に、冷たいエールはいかがでしょう!」と書かれた看板があったため、「風呂に入ってから来るのが推奨されているのか? 朝風呂でもいいのだろうか……」と疑問を抱きつつも、おずおずと扉を開けた。



「いよーーう! ようやく来たな、我らが英雄殿!」

「カルナヴァーンの討滅を祝って! カンパーーーイ!」

「カンパーーーイ!」



 開けるやいなや、ギルド内にいた冒険者全員が一斉に十兵衛の方へと振り向き、手に持っていたジョッキを掲げる。

「何で知ってるんだ? 箝口令が敷かれていたのでは?」という疑問が脳内を埋め尽くし固まってしまった十兵衛を、集まってきたがたいの良い冒険者達が肩を組んだり手を握ったりしてもみくちゃにしていく。

 それを「おいおい、潰れてしまうぞ」と人波をかき分けてやってきた大男が、止めるように立ちはだかった。


 肩下までの長さの編み込まれた金色の髪に、胸元を豊かに流れる髪と同じ色の髭。

 そんな繊細な色合いとうって変わって眉毛は太く、丸く特徴的な大きな鼻から酒精臭い息が漏れた。


「ガラドルフ様!?」


 呆気にとられる十兵衛の後ろで、スイが慌てるように名を呼ぶ。

 十兵衛の目の前に立った大男――ガラドルフ・クレムは、片手に持っていたジョッキを一気に呷ると、豊かな金色の髭に泡をいっぱいつけて、薄緑色の目を細めてにっかりと笑った。


「おうとも! 手柄泥棒め! お前の友人に話は聞いたぞ!」

「よ! 十兵衛!」

「……アレン!?」


 ガラドルフの後ろから、旅装姿のアレンがひょこっと飛び出る。これは一体どういうことだと固まる十兵衛一行を、ガラドルフとアレンは「まぁまずは話そうか」とテーブル席へ案内するのだった。









***









 日本では見た事のない程大男であるガラドルフを、十兵衛はまじまじと見やる。


 真白い鎧はルナマリア神殿の神殿騎士のものとよく似ているが、装甲があまりにも厚い。

 両肩についている大袖にあたる部分は、「手に持つ大盾がついているのか?」と疑問に思うぐらいの大きさで肘下までをカバーしており、そこから覗く腕当のついた両腕も恐ろしい程に太い。

 重装備といって差し支えない程の着込み具合に加え、立てかけると危ないからと床に寝かせられている大斧と大盾の重量を考えると、「どんな鍛え方をしたらこれで動けるんだ!?」と疑問がつきない程スケールの大きな男だった。


「まずは自己紹介をしておこう。我が輩はガラドルフ・クレム。冒険者だ」

「八剣十兵衛、さむら……剣士です。こちらはハーデス……と、あとはご存じかと思われますが、スイ・オーウェン公爵令嬢です」

「お嬢とは面識あるとも。おしめも変えてやったからな」

「ガラドルフ様!」


「もう!」と顔を真っ赤にして怒るスイに、からからとガラドルフは笑う。


「冒険者なのですか? 神殿騎士のようにも見えるお召し物ですが」

「神殿騎士でもあるが、どちらかといえば冒険者の方が比重が大きい。……っと、畏まった口調はやめてくれんか。尻がムズムズする」

「は、はぁ……」

「ガラドルフ様は、世界でただ一人、【聖騎士(パラディン)】の称号を持つお方なんですよ」

「パラディン?」

「魔物を討つ騎士って事だよ、十兵衛」


 神殿に勤めるものは、神官と神殿騎士の二種類に分けられる。

 回復の奇跡や解毒の奇跡を使い人々を助け、生者へも死者へも神の導きを示すのが神官ならば、神殿騎士はそんな神官の身辺を守る騎士である。

 神殿騎士自身も奇跡を多少は使えるが、彼らの本分は神官を守ることである。表立って人助けをする神官達とは違うため奇跡の力は神官よりも劣るが、僅かながらも奇跡を賜る事で、人体の知識をも知り得ていた。

 故に、学びを用いて戦う彼らは、対人戦闘に非常に長けた猛者である。一説に、要人を守る「影」と呼ばれる者達は、皆神殿騎士の出ではないかと噂されていた。


 その事を踏まえると、ガラドルフの存在は極めて異端である。

 元は神殿騎士だったというガラドルフは、信徒を得る神官との旅の中でめきめきと実力を伸ばし、強大な魔物が出たとあっては狩って狩って狩りまくる、いわゆるモンスターハンターになっていったのだった。


「神殿騎士の領分は神官を守る事なのにさ。ガルのおっちゃんは魔物が出たー! って聞くとすぐどっか行っちゃうから、いい加減にしろー! って神殿に怒られたんだよ」

「おうとも。怒られた怒られた。あんなに怒られたのは親父の秘蔵の酒を割った時以来だな」

「全然悪いと思ってないでしょ。……んで、神殿騎士から追放するって案も出たらしいんだけど、それをするにはおっちゃんは名を馳せすぎてたからさ。新しく【聖騎士(パラディン)】っていう称号を作って、世のため人のために魔物を狩りなさいってなったわけ」

「それで冒険者と名乗ったのか」

「聖騎士なんて据わりが悪いからな。それに我が輩は神殿騎士とも普通の騎士とも違い、人に刃は振るわんと決めておる! それは冒険者の理念にも通ずるもの故、我が輩は冒険者と自称しておるのだ」


 頭髪と同じように編み込まれた髭を撫でながら、ガラドルフは満足げに頷いた。


「ま、長らくそういう事を続けているといつの間にか弟子も出来、対魔物との技や知識を教えたりもしていてな。そんな弟子の内の三人が、つい先日我が輩の所へ押しかけてきたのだ」


 リンドブルムより南東に位置するディオネという小さな町で、ガラドルフはカルナヴァーンの一報を弟子達から聞いたという。

 マルー大森林はオーウェン領ではないため、出撃命令が下ったのは国内を巡回する遊撃部隊、レヴィアルディア王国の王国騎士と、一番近い冒険者ギルドに所属するリンドブルムの冒険者達だった。

 協力要請を受けたルナマリア神殿の神官達も含めた軍団は、マルー大森林でカルナヴァーンを追い詰め、命からがら敗走していく姿を見て追い払ったと確信したとのことだった。


 だが、七閃将がそんな生易しい者ではない事をガラドルフは知っている。故に、弟子達の話を聞いて激怒したガラドルフはすぐさまリンドブルムに向かい、冒険者達を集めてマルー大森林に旅立った。


「それが着いてみればなんだ、討滅したというではないか! 友のアイルークに話を聞いて、まー皆笑うやら呆れるやら……」

「そ、それはすまない」

「何言ってるんだ。俺達の尻拭いを君がしてくれたんだろう? ありがとよ」


 隣のテーブルで話を聞いていた冒険者の一人が、十兵衛の手に注文したばかりのエールの入ったジョッキを握らせる。


「もしやカルナヴァーンを追う部隊に?」

「いや? 俺は違う。たぶんそいつらはガラドルフのおやっさんに尻叩かれて連れられてった面々じゃないか?」

「御名答。今マルー大森林に散らばってる遺体を集めて貰っておる」


「アイルークの頼みでな」と口角を上げたガラドルフに、十兵衛は得心して頷いた。

 魂はハーデスによって星に還されたが、遺体はまだそのままだった。アイルークは後はこちらに任せて欲しいと言っていたが、広い大森林で大変だろうと気を揉んでいたのだ。

 それを旅慣れた冒険者達がしてくれるというのであれば安心だと、十兵衛はほっと息を吐いた。


「良かった。せめて安らかに眠れる場所にと願っていたから……」

「七閃将を討つ豪傑の癖に、妙に優しい男だな、十兵衛」


 裏表なく真っすぐ褒められて、十兵衛は照れ臭くなって鼻先を掻く。

「そ、それでなんでアレンが一緒なんだ」と話題を変えるように矛先をアレンに向けると、アレンがにっこりと笑って親指を立てた。


「薬師を目指す事になったんだ、俺!」

「薬師?」

「そ! ガルのおっちゃんのご両親の所に修行しに行くんだ」

「え! すごいですね!?」


 スイが驚いたように声を上げる。

 事情を知らないハーデスが「すごい事なのか?」と尋ねると、スイが「すごい事なんです」と重々しく頷いた。


「ガラドルフ様は、ドワーフの国であるロックラック王国の第三王子、ノーリン様を父に持ち、エルフの国であるフィルフィオーレ王国の第一王女、エアリンデル様を母に持つお方で……」

「……なんでそんな凄いお方が冒険者を?」

「いやまったく」

「百年の謎だよね」


 うんうんと頷く冒険者とアレンに、十兵衛は気が遠くなるような思いをした。「聖騎士の称号が作られたのも、ご両親への忖度からでは?」と喉まで言葉が出かかる。


「ま、まぁもうお二人は王位継承権を返上しておられるので……。ドワーフ族とエルフ族は長年仲がとても悪かったんですが、お二人が結ばれてからそれぞれの国にあった知識を束ね、錬金術という新たな学問体系を築き上げたんです。そんなお方に師事するんですから、アレン君本当にすごいんですよ」

「……改めて話聞いたら俺場違いじゃない? 学校でよくない?」

「なーにを言う。アイルークのお墨付きだぞ、自信を持って行けばいい! おふくろの薬学は随一だからな。学校に行くよりは勉強になるだろうし、何より滞在費だけでいいから財布にも優しい!」

「財布に優しくても俺の精神に優しくないよね!?」

「頑張れ、アレン。学べる機会があるのは良い事だ」


「十兵衛まで~……」と机に突っ伏したアレンの頭を、優しく十兵衛が撫でてやる。


「つまりガラドルフとアレンは、ガラドルフの両親の元へ行くために先んじてマルー大森林から出てきたのか」

「そういうことだ、ハーデスとやら。で、アレン達の話を聞いていたら是非ともカルナヴァーンを討ったお前達に会ってみたいと思ってな。昼頃に着いて、カルナヴァーンの報告もかねてここに寄ったら神殿に行ったと聞いたから、待たせてもらったというわけだ」


 通りで箝口令がきかなかったわけだ、と十兵衛達はがっくりと肩を落とした。クロイスやロラント、ソドムに申し訳ない気持ちが募る。


「ところでどうして神殿に? 怪我でもしておったのか」

「あ、いや……寄進を少々……」

「え、魔石を?」


 ぎょっとするアレンに、「魔石を直接ではないんだが……まぁ……」と言葉を濁す十兵衛に、ギルド内の冒険者達から「なんだってーーー!?」と叫び声が上がった。


「ばっかおま……! 聖人か!? どうせカガイ神官長のポッケにインだぞ!」

「ハーデスさん魔法使いなんだろ!? 吸収すりゃよかったじゃないか!」

「まぁその、俺達の金で助かる人がいるならと……」

「英雄~~~~~~!!」

「勇者~~~~~~!!」


「これぞ英雄!」だの「ハーデスさんの姿勢ストイックでかっこいいです!」だの二人に四方八方から握手を求める手が伸びる。

 それに程々に答えながら、十兵衛は「カガイ神官長……すみません……」と盛大な尾鰭を付けた嘘まじりの事実を述べた事を内心謝罪し、ハーデスは「便利だな、寄進」とカガイと十兵衛が取った手法に素直に感心するのだった。

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