41話 冒険者ギルド
大きな都市には、必ずと言っていい程冒険者ギルドが設置されている。
冒険者ギルドとは、すなわち冒険者に向けた仕事斡旋所だ。
冒険者は国への明確な所属はないが、その代わりに助成を受けて未知を既知とすることを使命とされていた。
人間を襲う魔物や動物が跋扈するこの世界で危険を承知で旅を重ね、未踏の大地を発見したり新たな素材を見つける事に期待を寄せられているのだ。
所属するのは腕っぷしの強い者から学者肌の魔法使い等様々で、彼らによって得られた知識は【冒険録】として書籍に記され、各専門書の知識の更新へと非常に役立てられていた。
――が、毎度毎度大きな案件が舞い込むわけではない。
日々の仕事は細々とした日常の手伝いが多く、それで金を稼いで貯めては長期の旅に出るのが冒険者の常だった。
故に、冒険者ギルドでは依頼書が張り出されるギルドボードに毎朝人が群がる。依頼書に特段ランク分けなどはされていないが、良客の依頼は信用のおける冒険者へとギルド判断で直接回される事が多かった。
明確なランク分けをされているのはどちらかといえば魔物の方で、討伐依頼書には過去に狩った事のある実績者からの情報が事細かに記されていた。
この魔物はこれが弱点だっただの、この魔法が扱えない奴は止めておけだの、先人達の命をかけて得た知恵が必ず記載されている。
勿論、これは紡がれてきた冒険録からの抜粋だ。そうした情報の選出作業も、冒険者ギルドに勤めるギルド員達の大切な仕事だった。
リンドブルムの冒険者ギルドに勤める受付嬢、アンナ・ロッサも、始業時から冒険録の作業に追われていた。疲れているのか、後頭部の方で編み込まれている薄茶色の髪からは、元気のないアホ毛が飛び出ている。
昨夜の魔物襲撃事件は、領主であるクロイス・オーウェンと冒険者、神殿関係者の尽力により大した被害もなく終わった。問題なのは、その後に現れた七閃将の方だった。
――黒剣のヴァルメロ。
ここ百年の間に現れた魔将が、クロイスと一戦交えたというのである。
深夜の内に、その場で分かった情報はソドム経由で冒険者ギルドにもたらされていたが、事後処理はその時に受付を務めていたアンナに任された。
――……眠いんですが……
前日の深夜勤務の場合、次の日は自動的に非番になる。しかしヴァルメロの件があったため、アンナは昼からの出勤を言い渡されていた。
少し早めに帰されたといっても明け方六時で、そこから家に帰って必要な作業を終わらせると睡眠時間は四時間しか取れなかった。
いつもはもっと寝られるのに~! と内心涙を流しながら、しょぼしょぼする目で書類を捲る。
ヴァルメロは重力魔法を使うという。八十年程前に、このウェルリアード大陸の南に位置するトトアレという小国が、ヴァルメロによって壊滅させられた。その時に使われたのが重力魔法とおぼしきものだったので、冒険録にもそう記載されている。
それ以降も目撃情報は寄せられていたが、重力魔法を使うという情報以上の更新は見られなかった。ヴァルメロに会った者全員が死んでいたからだ。
直接相対して生き残ったのは、クロイスが初めてだった。
クロイスの報告書には、指先から直径二十ミール級の黒球が即時発生し、放たれたと記載されていた。
その時は転移魔法で方向を変えていなしたとのことだったが、おそらくリンドブルムにあたっていれば壊滅は免れない程のエネルギー量だろうとの見立てだった。
「そんな魔法をあっさり返したクロイス様ホントすごいな」とアンナは憧れるように頬を染めて感動しながら、冒険録に報告書の抜粋を載せていく。
ヴァルメロに「黒剣の」という二つ名がついているのは、背中に黒い大剣を背負っている事からだった。まだそれが抜かれたという情報は無いが、察するに魔剣士の類だろうと広く言われている。
魔剣士というだけでも珍しいのに、それが重力魔法を自在に操る魔剣士となると最早破格の存在だ。魔物ランク最高位に送られる【アダマンタイト級】の文字を指でなぞりながら、アンナは溜息を吐いた。
使用された魔法名は【重力砲】。そして【転移門】。どちらも高位魔法であり、ヴァルメロの実力の高さが窺える。
戦地から遠いこの地でも七閃将は現れるのだなと肝を冷やしながら、アンナは書類作業を終えた。
バックヤードから受付に戻ると、酒屋も兼業している冒険者ギルド内は、昼もだいぶ過ぎたとあって閑散としていた。
ここからしばらく経って夕方ともなると、仕事を終えた冒険者達が戻ってくる。そこから報告書を受け取り金を支払い、また食事もしていくのでギルド内の忙しさはピークに至る。
今日は早めに帰りたいな~と思いながら、アンナは受付に備え付けられている席へと腰かけた。
そんな時だった。
ちりん、と軽やかな鐘が鳴って、ギルドの扉が開かれる。
もう冒険者が帰ってきたのかな? と視線を向けると、そこには黒髪を一つに纏め、ブラックレザー装備を身に着けた青年が一人立っていた。
「すまない。冒険者ギルドとは、ここで間違いないだろうか」
腰に見た事もない剣を差した男が、アンナに問う。仕事の依頼者か、はたまた冒険者希望の者かは分からなかったが、アンナは立ち上がって笑顔で迎えた。
「ええ、間違いありませんよ。ようこそ、冒険者ギルドへ!」