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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第三章:竜と聖騎士
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40話 彼方の願い

 全ての言葉が、返す刃で自分を傷つけた。


 自身で選んだはずの答えを、自身で撥ね除け否定するような行いだった。

 リンドブルムの気持ちが分かるからこそ、十兵衛はその選択が許せない。

 そうして振り上げたものが、例え己の心を深く傷つける言葉だったとしても。


 ――十兵衛は、言わずにはおれなかったのだ。




『……泣かないでくれ、十兵衛』


 重い首を苦労して持ち上げながら、リンドブルムが十兵衛の頬に顔を寄せる。


『我の選択が、不用意にお前の傷を暴いてしまったのだな』

「……リンドブルム……」

『お前の言う通りだ、十兵衛。我はオーウェンの厚意すら無碍にしてしまう所だった。そんな事、あれが許しても他ならぬ我が許せない』

「…………」

『……もう少しだけ、生きてみようと思う。だから、今一度手を貸して貰えないだろうか』



『広く青い空の下、オーウェンの残した【リンドブルム】で、再び我が泳げるように』



 その言葉を聞いた十兵衛は、ぐいと涙を袖で拭うと、リンドブルムの頬に手を当て額を寄せた。


「勿論だ。その願い、八剣十兵衛とハーデスが請け負った」









***









 詰め所内に、啜り泣きという啜り泣きが響き渡る。

 二度目の転移から贖いの祠へ持ち込まれた街灯のおかげで、クロイス達はリンドブルムの姿をその目にする事が出来ていた。

 そんな最中での十兵衛達のやり取りは映像中継として余すところなく流れ、視聴者であるソドムとオーウェン騎士団の全員が号泣していたのである。

 当のクロイスも、ハーデスから十兵衛の事情を聞いていたため、目元を指で押さえながら涙を堪えていた。


「ぜっだい゛助げる゛。ぜっだい゛リンドブルムを救う道を探ず!」

「早く母ちゃんや皆に伝えないと……! こんな、こんな話俺一人で抱え込むには重すぎる……!」

「閣下! どうにかならんのですか!」


 わぁ! と縋り付かれてクロイスは気合いを入れるように頬を両手で叩く。


「どうにかするとも。オーウェンの名を継いだ私が必ず方法を探してみせる」

「か、閣下……!」

「だがまずは十兵衛君達の帰還を待ってからだ。状況を一番把握しているハーデス君から、情報を聞き出さないと先に進めん」


 そんな風に話している先で、映像の方に動きが見られた。クロイスの思惑通り、ハーデスが『まずは地上に帰還しよう』と促していたのだ。

 それに頷いた十兵衛の頭をかき乱すように撫で、十兵衛が文句を言いかけた矢先で二人の姿がかき消えた。

 あっと目を瞠ったのとほぼ同時に、詰め所の扉が大きく開く。


「すまん、そこの街灯、借りていたぞ」

「ハーデス君!」


 映像で見ていた二人の登場に、騎士達の興奮が一気に高まる。

 クロイスが歩み寄る前にわっとハーデス達に駆け寄った騎士は、思い思いの言葉を述べながら手を取った。


「映像見てました! 必ずリンドブルムを救いましょうねハーデスさん臭い!」

「俺感動しました! 十兵衛さんの熱い思い、俺達にも是非背負わせてくだ臭い!」

「リンドブルムがまたこの街で泳いでくれる日が来るかもしれないなんて本当に感動でマジで臭い!」

「褒めるのか罵るのかどちらかにしてくれるか」


 白い目で見やるハーデスの前で、駆け寄った騎士達が散り散りに距離を取る。

 汚水まみれの所から出てきたのだからそりゃ臭うだろうと、髪が乱れたままの十兵衛は空笑いしながら、詰め所内に見えたクロイスへと声をかけた。


「ご心配をおかけしました。ただいま戻りました」

「お帰り、十兵衛君。……とりあえず、風呂に入ろうか」


「是非」と力強く告げた十兵衛に笑いながら、クロイスはハーデスと十兵衛と自分を纏めて、オーウェン邸の風呂へと転移させるのだった。









***









 貴族の風呂はこんなにもでかいものなのかと、十兵衛は呆気にとられていた。

 真白く、幾らか模様の刻まれた大きな石畳が床に広がり、滑らかな感触が足裏から伝わる。

 ひんやりとしたそこを歩けばすぐに広がる湯船へと辿り着き、中央には翼が生えた獅子の石像の口から、大量のお湯が流れ出ていた。

 湯の色も透明ではなく乳白色の色合いで、何某かの薬湯の類かと見当をつける。

 そうして感嘆しながら眺める十兵衛を、クロイスが「洗い場はこちらだぞ」と促した。


「あ、ではそちらで衣服も……」

「何、あれは使用人達がすでに持って行った。任せておけばいいとも」

「いやしかし、さすがにあれを任せるのは……」

「汚水が染みついたものの臭い取りや染み抜きを、君はやったことがあるのかい? 職人に任せた方が間違いないさ。おーっとハーデス君! そこに浸かるのはここで身体を洗ってからだ!」

「私に不浄の要素はないんだが」

「超常の存在でもマナーは守ってもらおう」


 鋭い指摘に、大人しくハーデスは従う。

 いつの間にかクロイスとハーデスは随分気安い間柄になっていたんだなぁと驚きながら、十兵衛はクロイスの隣に座って講義を受けた。


 目の前の取っ手を捻ると上にある穴の空いた突起――シャワーノズルから、丁度いい塩梅でお湯が出るという。それで濡らしたらこれを使ってくれと、いくつかの容器を渡された。


「こちらが洗浄用のシャンプー、こちらが髪をしなやかにするトリートメントだ。身体はこれで洗うといい」

「そ、そんなに種類があるのですか」

「あるとも。君は髪が長いから面白いぐらいに手触りが変わるかもしれんな」


 文化の違いを感じながら、十兵衛は言われた通りにシャワーでお湯を浴び、シャンプーで髪を泡立てる。泡立ち具合にびっくりしてすぐ流すと、クロイスに「しっかり洗いたまえ」と注意されて二度目のシャンプーに入った。


「十兵衛君の世界では風呂に入る文化はあるのかね?」

「あります。こんな風に大々的ではないですが……。大体が水浴びで、稀に蒸気浴をしていました。これ程までの規模となると、屋外での温泉になりますね」

「ほう! 温泉があるのか」

「火山の多い国土なので。湯の沸く場所に川の水を引いて石で囲って、温度を調整して入ったりというのもあります。温泉は怪我や病気によく効きますから、湯治が流行ってもいましたよ」

「なるほど湯治か。こちらにもそれはあるな。ドワーフの国であるロックラックなどは有数の温泉地で、保養所としても人気だぞ」


「それはいつか行ってみたいですね」と目を輝かせながら、十兵衛は身体を洗う。

 クロイスの許しを得てから湯船に浸かると、程良い温かさと疲労感が解けていくような感覚に、夢見心地のような唸り声をあげた。


「は~~気持ち良い……」

「うむ、これはいいな」

「ハーデス君にもそういう概念があるのか?」

「失礼な。この世に即した形を取っているんだ、多少は分かるようになっているとも」


 しっかり肩まで浸かって満喫しているハーデスを見ながら、クロイスは片眉を上げる。


「しかしまぁ、大変な一日だったな……。一日というかもう明け方だが」

「色々ありましたからね……」

「娘の帰還から始まり、君達の正体といいこの星の謎といい、果てはリンドブルムの生存とまで来た。十年分の出来事が詰め込まれている気分だったぞ」


「ご迷惑をおかけしまして……」と恐縮する十兵衛に、「そんな事はない」とクロイスは笑った。


「特にリンドブルムの件は、よく見つけてくれたと感謝している。この街に生きる者として、何よりオーウェンの名を継ぐ者として、必ずなんとかせねばいけない問題だ」

「ご助力願えるのですか?」

「勿論。仲間はずれにはしないでくれよ?」


 口角を上げたクロイスに、十兵衛も笑って頷く。


「差し当たってまず取りかかるべきなのは、配管の修理の手配と、瘴気の浄化の相談だな。前者は土建屋への依頼と水魔法の得意な魔法使いの選出、後者は神殿の協力が必要だ」

「神官は瘴気の浄化も出来るのですか?」

「そのはずだ。ただ、対魔物の瘴気を浄化する事が出来るだけで、竜のそれに当てはまるかは分からん。そこはカガイ神官長の知識に頼るしかないな」


「でもカガイ神官長と仲悪いんだよな……」とクロイスは眉尻を下げる。


「そうなのですか」

「昔色々あってね……目の敵にされてるんだ。まぁ、街にも関わる事なんだ。大人な対応はしてくれるだろうさ」

「いざこざを待つ時間も無いからな」


 湯船に口までつけて息を吐いていたハーデスが、じろりとクロイスを見やる。


「リンドブルムの鱗ももう僅かしかない。白竜は鱗に浄化の力が宿るからな。あれが無くなれば、すぐにでも汚水が下流へと流れるぞ」

「……心得ておこう」

「ではすぐに風呂から出て各所への準備を」

「それは駄目だ」

「駄目だね」

「え!?」


 ハーデスとクロイスから同時に否定され、十兵衛は目を見開いて驚く。


「徹夜であたるなんてもっての他だ。少なくとも昼までは睡眠を取るように」

「し、しかし……」

「私も寝るからね、十兵衛君。これからの仕事を思えば、まずは最善の状態に心身を整えるべきだ。でなければ緻密な魔法も容易に使えない」

「……分かりました」


 年上二人からの注意に逆らえるはずもなく、十兵衛は素直に湯船に浸かり直す。

 それを満足げに見やったクロイスは、「百まで数えて出るんだよ」と楽しそうに告げた。


「逆上せません!?」

「なんの。それぐらい耐えてこそ男だろう」

「そ、そこに男気は関係あるんですか」

「あるとも。スイも小さい頃はそうして百を数えて……」

「はー! やっぱり朝風呂は最高ですね!」


 はた、とクロイスの顔が強ばる。

 聞き覚えのある声がして、十兵衛はおもむろに風呂の入り口の方へと顔を向けた。


 湯気のけぶる向こう側に、見慣れたシルエットが浮かび上がる。


 そこには、タオルを器用に胴体へ巻いたスイが、両腕を天高く伸ばして伸びをしている姿があった。


「早起きしてお風呂入って手紙書いて! そしたら十兵衛さん達の案内も出来……」

「…………」

「…………」

「なんだ、スイも風呂に入りにきたのか」


「湯船は広いから空いているぞ」と立ち上がったハーデスが、ざぶざぶと音を立てながら端に寄る。

 勿論腰にタオルを巻く男ではなく、そのままの姿をスイの前にさらけ出したハーデスに、三人から悲鳴が上がった。


「キャーーーーーッ!」

「ハーデス君! 君って奴はー!」

「馬鹿お前! すぐに座れ!」

「ちょっと! なんでお父様も十兵衛さんもいるんですか! 外に着替えも無かったのに!」

「あっ!」


 そのまま浴場に来たからだ! と気づいたクロイスが、滝のような汗を額から滴らせる。

 その様子に元凶は父だと察したスイは、わなわなと拳を振るわせて絶叫した。


「お父様の!! 馬鹿ーーーーーー!!」


 パァン! と壊れそうな音を立てながら凄まじい速度で扉が閉められる。


 娘に全力の「馬鹿」の烙印を押されたクロイスは、命尽きたかのようにそのまま湯船へと突っ伏したのだった。

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