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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第三章:竜と聖騎士
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39話 贖いの正否

「お前の懸念は問題なかったぞ、リンドブルム」


 濾過装置の解析を終えたハーデス達は再び贖いの祠へ戻ると、リンドブルムに報告した。

 その言葉に、頷くようにリンドブルムが目を細める。


『ありがとう。しかし、こんな事を聞いては失礼だと分かっているのだが……』

「なんだ。なんでも言え」

『ハーデスは、現世にて名を馳せる魔法使いなのか? 会ったばかりのお前の言を心から信用するには、まだ我に勇気が足りん……』

「ふむ」


 確かにな、と話を聞きながら十兵衛は思った。

 リンドブルムと十兵衛達は出会ったばかりだ。互いに素性も知れない身で、古代の知恵とオーウェンの術式をこうもあっさり解析したなど、口で言われてもなかなかすぐには信用出来ない。

 リンドブルムの気が楽になるように嘘を吐いているのではと考える方が、まだ納得出来た。

 うーんと唸る十兵衛の前で、「証明か、」と呟いたハーデスは、目の前に再現魔法を展開させた。


『な、何を……』

「これはオーウェンの魔法術式を模倣、視覚化したものだ。お前も見覚えがあるのだろう?」

『し、しかし』

「なんだ、説明も必要か? まずこれは汚水を濾過した上で上流と下流にアクセスした【看破(ペネトレイト)】を用いた結果を【模倣(イミテイト)】によって反映し、大凡の水質を維持したまま一部を【転移(テレポ)】の連続使用で亜空間に水を溜める事でお前の浄化しすぎた水の中和を図りかつ別途足りなければ浄化された水の保存出来る場所を圧縮魔法を用いて凝縮化させ」

『わ、分かった分かった! お前の言を信じよう!』

「もういいのか? これだけの魔法を使うエネルギー理論が一番の見所だったのだが」

『そこまで説明されればお前の優秀さはいやでも分かる。……何者なんだ、お前は』


 問われて、ハーデスは十兵衛と目を見合わせる。


「……なんか、凄い奴、です」

「だそうだ」

『何故そこで語彙がなくなる』


 胡乱げな目で見やるリンドブルムに、十兵衛は「あはは……」と乾いた笑いを漏らした。


『まぁ、深くは聞くまい……』

「それは助かる。……さて、後は配管の問題だな」

「お前の時間魔法でなんとかならないのか?」


 十兵衛の疑問に、ハーデスは「このケースでは難しい」と腕を組む。


「単純に元に戻すだけなら簡単だが、それは流れ出る汚水の時間すら遡る事になる。三百年前の物まで辿る事になるから、とんでもない放水量になるぞ」

「そ、それは……」

「排水管だけを修復しようにも、この祠が作られた事で始点がまずどこだか分からん。故に面で遡るとなると……前述に同じ、だな。結果、人を呼んで修理して貰うのが一番合理的だと私は判断する」

『……そうか』

「だが、そこにも一つ問題がある」


 まだ問題が? と目を瞬く十兵衛に、ハーデスは深刻そうに頷いた。


「お前の瘴気だ、リンドブルム」

『我の……?』


 驚くリンドブルムに、ハーデスは丁寧に説明を施した。


 まず、リンドブルムはすでに白竜の性質から遠い存在になりつつあるということ。鱗の剥がれ落ちた傷口に汚水を浴び続けたせいで、竜の血さえ汚染されて毒竜に近い存在になっていること。

 そのせいで瘴気が生まれてしまっていることを、ハーデスは真摯に告げた。

 そんな一つ一つの言葉がまるで刃物のように胸に突き刺さり、リンドブルムは茫然自失のまま目を見開いた。


「私と十兵衛が効かないだけで、他の人間にすれば死の瘴気だ。お前の阻害結界のおかげで今まで事故は起きなかったが、ここを直すとなるとそうはいかない。だからまず始めに打つ一手は、お前の瘴気を無くす事からで……」

『殺してくれ』

「……リンドブルム」


 眉を顰めるハーデスに、リンドブルムは震える声で再度告げる。


『我を殺してくれ、ハーデス』

「……何故、自ら死を選ぶ」

『分かりきった事を。我を殺し、瘴気ごと燃やしてしまえば一番早いではないか。お前の好きな合理に沿う話だとは思わんか?』

「…………」

『鱗の無い竜はな、恥なのだ。自身の魔力量さえ推し量れぬ、未熟者の証なのだ。仲間の元にも戻れず、友はこの世におらず、何より生きているだけで他者を殺してしまう竜など、この世に必要ないではないか!』





『……殺してくれ、ハーデス。我の罪は、やはり命で贖わねばいけないのだよ』

 






「……待って、下さい」


 掠れるような声が、二人の間に割り入った。

 言い難い事を無理矢理吐き出すように、顔を伏せた十兵衛が身体を震わせながらぽつぽつと言葉を紡ぐ。


「命で、贖うのは、間違ってる」

『そこに正否が必要か? 生きる意味も価値も失った命を、我はいらぬと言っている』

「今無くとも、いつかきっと、来るんです」

『何が――』

「生きていて、良かったと。例えそう思えない結末を迎えたとしても、今知らぬ事を知る未来は、必ず在るから。それまでを生きた証は、必ず自分に刻まれるから」

『酷い男だな、十兵衛。それは我に、生き恥を晒しながら生きろと告げるも同じ事だ』

「――俺だって……!」


 心からの本音に、もはや丁寧な姿勢など保っていられなかった。

 顔を上げた十兵衛は、苦痛に顔を歪めて涙を零しながら、吐き出すようにリンドブルムへ言葉をぶつける。


「俺だって、生き恥を晒してる! 毎日毎日仲間と共に死ねなかった事をずっと悔いてる! それでも生きねばならぬ事がこの世にはあるんだ!」

『……十兵衛……』

「死が合理的なんて、そんな理由あってたまるか。そんなもの、一番楽な方に自分が逃げたいだけの言い訳だ! 第一お前は、オーウェンの約束を一つも守らずに死ぬつもりなのか!」

『……!』

「オーウェンは言ったじゃないか! いつでもこの街に来てくれと! 自分が死んだ後でもリンドブルムが大好きな水で泳げるように、そう願ってあの装置を作ったのに、三百年もほったらかしにしてるって分かってるか!?」




「大切な友の願いを汲んでやれるのは、お前だけだろうリンドブルム!」


 

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