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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第三章:竜と聖騎士
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36話 創成の竜

 その名を聞いた瞬間、十兵衛の脳裏にパムレで見た劇が思い浮かぶ。


 オーウェンと共にリンドブルムの街の創成を担った、偉大なる竜、リンドブルム。

 まさかその本人が目の前にいる竜だとは信じられず、十兵衛はただただ驚きに目を瞬かせた。


 それより先に我に返ったハーデスが、辺りに目をやりながら「お前がリンドブルムだとして……」と話しかける。


「何故こんな所にいる。お世辞にも衛生環境が良いとは思えんが」

『ふふ……そうだろうとも。これは我の贖いの祠。不浄であって当然だ』

「理由を聞いても?」


 その言葉に、リンドブルムは目を伏せると、抜け落ちて僅かになってしまった睫を震わせた。


『この身を他者の目に晒すだけでも、恥辱に塗れ消え入りたい程だというに……。なお我の罪まで暴くか』

「罪と言われても聞かねば分からん。判断すら出来ん」

「お、おいハーデス……」


 ずけずけと言いすぎではと宥める十兵衛に、ハーデスはフンと鼻を鳴らす。


「私と十兵衛はお前がこの街に害をなすものでないか、確認しに来たのだ。故にここに居座る理由を聞かねば困る」

「い、言い方……」


 皺の寄った眉根を揉みながら、十兵衛は溜息を吐く。しかし、ハーデスの言う事も最もだった。

 例え害が無かったとして、傷だらけの竜をこんな所に置いて去るのも気が引ける。十兵衛は覚悟を決めると、真摯な瞳でリンドブルムを見つめた。


「……可能な範囲で構いません。どうか、お話を伺えませんか? 私共でも、何か出来る事が見つかるかもしれません」

『…………』


 汚水の上にも関わらず、目線を合わせるように十兵衛は膝をついてリンドブルムに問う。

 その姿勢に目を見開いたリンドブルムは、大粒の涙を目尻に湛えながら、ぽつりぽつりと語り始めた。







◆◆◆







 ――約三百年前。我は空を駆ける竜だった。


 聖地ドラクレイドより飛び立ち、世界を知るべく空という空を旅した。

 白竜として生まれた我は、同胞の中でも特に水に特性を持っていた。

 咆哮は雨を呼び、角を振れば雲を呼び、鱗はどんな水も清浄な水へと変える事が出来た。

 川や海で泳ぐのも好きで、数多の水中の旅も楽しんだ。


 そんな中で、ある日我は、古びた釣り竿を持った一人の魔法使いに出会った。


「おい、そこの。お前、水で泳ぐの止めてくれないか」


 黒髪の男は、オーウェンと名乗った。

 飄々とした優男でちっとも強そうに見えないのに、溢れる才気が隠し切れない、そんな魔法使いだった。


 オーウェンが言うには、我が川や海で泳ぐと、水が浄化されすぎて魚が迷惑だという。

 そんな話を聞いた事が無かったので、我は無視して泳ぐのを楽しんだが、憤慨したオーウェンが我を水球の中に閉じ込めた。


「そこで一生泳いでろ!」


 それで我も腹を立てて、水魔法でオーウェンと決闘した。

 ただ、腹立たしい事に途中から厭きたのか、オーウェンが我の魔法を全て転移魔法で返し始めたので、我もやる気が無くなって止めたのだ。

 だからといって言う事を聞くかと言われればそうでもなく、さりとてオーウェンが本気で言っているのはよく分かったので、我は困り果てた。我とて、水で遊ぶ事を止めたく無かったのだ。

 

 そうして気落ちした我に、オーウェンは無駄に長い溜息を吐いて提案を持ちかけた。


「俺の大好きな川の一つに、パルメアというものがあるんだ。どうだ、お前と俺で、そこに街を作ってみないか」







◆◆◆






「え! オーウェンからそう言ったんですか!」


 驚愕の表情を浮かべる十兵衛に、『今の時代にどう伝わっているか知らぬが、これが真実だ』とリンドブルムが語る。


『あれは釣りが好きな男でな。パルメアはなかなかに大物が釣れると好んでいたのだ。そこを我が泳ぎに泳いでいたから、魚がいなくなったと怒って我を探していたのが、出会いの顛末だ』






◆◆◆







 どんな街を作るんだと問う我に、「水の街さ」とオーウェンは笑った。


「街中に水路が通っていて、お前の大好きな水でいつだって泳げて、そこに住む人々も水を大好きになれるような、そんな街に」


 そこでは泳いでいいのかと聞けば、そういう風に作ってみせるとオーウェンは言う。

 釣り好きが高じて、彼は水質についてもなかなかの知見を持っているようだった。


「お前に泳ぐのを我慢させたとして、俺とお前の一生じゃ時の流れが違いすぎるからな。約束したって忘れられそうだから、ここならいいぞって場所を作ってやる方がいいだろう?」


 呆気に取られた我に、オーウェンは手を伸ばした。


「何より、リンドブルム。お前の魔法と俺の魔法があれば、きっとどんな事だって出来るだろう。たくさんの『楽しい』を、共に味わってみないか?」







◆◆◆







 リンドブルムの街並みを思い返しながら、そうだったのかと十兵衛は得心した。

 確かに、リンドブルムの水路は広かった。深さまでは見ていなかったが、竜が泳げる幅は取れていたように思う。

 地下水路に街灯を持ち込んでも大丈夫な程の広さだったのもこのためかと気付き、初代オーウェンの偉大さにひどく感銘を受けた。


『人の友を得たのは、オーウェンが初めてだった。……そうして我らは、水の街を作りはじめたのだ』







◆◆◆

 






 オーウェンは、やたらと顔の広い男だった。

 木材が足りないとマルー大森林に顔を出せば、木こりたちがこぞって集まり提供し、石材が足りないとドワーフ族の住まうロックラックに顔を出せば、石材だけでなくドワーフ達まで手伝いにやってきた。

 果ては聖地ドラクレイドにまで足を伸ばして竜王と面会し、失われし機関の知恵まで提供させたのだから、とんでもない男だった。

 我の水を操る魔法とオーウェンの卓越した創造魔法も含め、水の街はみるみる内に出来上がっていった。


「ここはリンドブルムが泳ぐための街。故に、街の名はリンドブルムだ!」


 ついに出来上がった時、出来たばかりにも関わらず、街には凄まじい人数の入居希望者が集まっていた。

 大魔法使いオーウェンと、白竜の作った街ということで評判を呼んだらしい。「魚の旨い店が増えるといいな」と、オーウェンはとても喜んでいた。

 リンドブルムと自分の名をつけられることに気恥ずかしさはあったものの、「自分が死んだ後も遠慮なく来れるように」という思いでつけたとオーウェンから聞き、当時は喜びに胸が震えたものだ。




 ――ただ、街が出来たにも関わらず、オーウェンが街にいる時間はとても少なかった。


 我が人々と共に水路を泳いでいる間、オーウェンはずっと川下の方で水質調査を行っていたのだ。


 後になって知った事だが、我が泳ぐ度に変わる水の浄化具合を鑑み、地下水路にある濾過装置で調整を施していたそうだった。


 清すぎる水に魚は住まない。それを知っていたオーウェンは、街から川下へ流れる水の事を、殊の外重視していた。

 それを重要視していなかった我は、オーウェンに腹を立てた。せっかく街が出来たのに、友が遊んでくれない事を憎らしく思っていたのだ。


 そんなに魚が大事かと苛立った我は、ある日地下水路の濾過装置へと忍び込み、濾過装置を通るはずだった排水管の一部を破壊した。

 清すぎるといけないならば、多少汚水が流れた方がいいと思ったのだ。

 我がその分泳げばいい。そんな短慮で、我はオーウェンが心を砕いて作った物を壊してしまった。




 運が悪かったのは、オーウェンの調整が終わったのが、我が破壊する前日だったことだ。


「ようやくなんとかなったよ。これでお前がたくさん泳いでも、装置の方で勝手に調整してくれる」


 そんな話を、壊した後に聞いた我は血の気が下がった。

 それはつまり、我がどれだけ水路で泳いでも、あの濾過装置は浄化さえも調整してしまう事に他ならなかった。

 我は慌てて排水管を直そうとした。

 けれど、この手は細かな作業に向いておらず、さりとて誰かに自分の短慮を明かすのも恥ずかしく、結局我は何も言えなくなってしまったのだ。

 そこで我は、愚かにも隠す事を決めてしまった。もし多少川下で影響が出たら、我がひと泳ぎして浄化すればいい。そうすれば無かった事になると、水を軽んじるような結論に至った。


 それからのオーウェンとの日々は、楽しくも恐ろしい日々だった。

 いつ自分の罪がばれるか分からない。けれど、唯一出来た友と離れる事も嫌だ。

 居たたまれなさに胸が引き裂かれそうな最中、オーウェンがレヴィアルディア王国の王都へと招集された。

 魔物達との戦争が始まるとの事だった。

 それに、稀代の大魔法使いとして参戦して欲しいと願われたオーウェンは、断る事も出来ず徴兵されていった。


「何、すぐに帰ってくるさ。平和を取り戻したら、パルメア大運河で釣りでもして、お前が街で泳ぐのを眺める日々が来るだろう」


 オーウェンと街で共に過ごせたのは、たった二か月しかなかった。

 竜族は参戦しないという竜王の命に従うしか我は出来ず、オーウェンを待ち続ける日々が続いた。




 ――そんな中で、ついに我が恐れた日がやってきた。


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