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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第三章:竜と聖騎士
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34話 ロストテクノロジー

「十兵衛君は大丈夫だろうか……」


 各所から集まってくる報告をソドムの魔法で確認しながら、クロイスは溜息を吐く。

 それを背中で受けながら、ソドムが「祈るしかないだろう」と眉尻を下げた。


「ハーデス君が行ったんだ。なんとかなるだろう」

「……しかし……」

「お前も見ただろう、あの時間操作魔法を。俺だって初見だぞ」


 室内にはクロイスとソドムの二人きりだったため、いつもより砕けた調子でソドムが語る。

 ロラントはすでに家へと帰しており、詰め所も最小限の人員配置に切り替えていた。

 それもこれも、ソドムの手配だ。クロイスが気楽に語らえるようにと、環境作りに努めてくれた友人に、内心感謝しながら頬杖をついた。


「まぁな」

「一体どこの御仁なんだ。お前、話を聞いたんじゃないのか?」

「私の口からは何とも言えん。ただまぁ……なんというか……とても凄い人だ」

「なんだその語彙の無さは」


 だって何も言えないのだもの、と、幼子のように内心唇を尖らせながらクロイスは黙する。

 説明した所で、信じてもらうまでが大変な程の存在だった。

 そんな友人の様子に片眉を上げたソドムは、それ以上は聞かずに職務に戻る。


「ヴァルメロが出たとのことだが……やはり十兵衛君が襲われた所以外の被害はないな。配置についてくれた者達からの報告も、異常無しばかりだ」

「そうか」

「パムレに配置した者達はお前の遠隔演説の後に解散してもらっている。明日にでも署名の書類を各所に届けられるよう、用意しておけよ」

「そうだった……」


 げんなりと肩を落としたクロイスに、ソドムは快活に笑った。

 魔法使いの成長への特性上、戦いの役に立った者の名を新聞に取り上げるのは常だった。どの都市でも変わらず、リンドブルムにおいても同じことで、その署名書類を用意するのは大体領主と決まっている。

 書類を用意し、署名をしてもらい、返ってきた書類に全て目を通して押印して新聞社に渡す。そこまでの流れと今回参戦した人数を顧みて、クロイスは「面倒だ……」と崩れるように椅子にもたれかかった。


「皆大好きベストセラー小説の再現だ。仕方ないとあきらめろ」

「お前、割とこの作戦よくするよなぁ。パムレに人が集まっていくのを上から見る度に、次の日の仕事の事を考える私の気持ちが分かるか?」

「分からん、とあえて言っておこう。皆の魔法の成長にもなり、お前も名が上がり敵も一挙に殲滅出来る。抜群の作戦だろうが」

「はー。御先祖を恨みたいね私は」

「よく言う」


 そう言って笑った時だった。急に周囲の明度が上がり、「きゃー!」だの「なんだ!?」だの外で悲鳴が上がる。

 すぐさま姿勢を正したクロイスは、ソドムの映像魔法に目をやった。


「何があった!」

「分からん! なんだこれは……光がどこかから漏れて……あ! 真っ白な所もある!」

「先ほど井戸が映っていた所じゃないか?」

「かもしれん……」

「失礼します!」


 強張った声と共に、扉がノックされる。クロイスからの視線を受けたソドムは、一つ頷いて「入るといい」と声をかけた。


「何用だ」

「今しがた高明度の光魔法が発生しまして……!」

「ああ、こちらでも把握している。井戸近くにあった街灯の映像が真っ白になった」

「井戸が!? で、ではやはり地下水路が……」

「何?」


「地下水路だと?」と問いかけたクロイスに、オーウェン騎士団の騎士が「はっ!」と敬礼をする。


「お恥ずかしながら私は先ほど用を足していたのですが、急に便器が光り輝きまして」

「……便器が……」

「まさか自分の出した物がとも考えたのですが、併せて手洗い所の排水溝からも光が出ていたので、下水道のあたりで何かあったのかと愚考した次第であります!」


 その言葉を聞いて、ソドムとクロイスは目を見合わせる。

 地下水路でとんでもない光魔法と聞くと、先ほど飛んで行ったハーデスの顔しか思い浮かばない。


「まさか……」

「いや、十分にありうる……」


 でもなんで光魔法? と首を傾げた所で、ソドムが投影していた映像魔法の一つにノイズが走った。


「――っこ抜く奴がいるか馬鹿たれーーー!!」


 聞き覚えのある声に、ソドムとクロイスは同時に目を見開く。

 声の元と思われる映像へ目を向けた先には、先ほどまで安否を心配していた男と迎えに行った男が、二人言い争うように立っていた。









***







「後で直すのだからいいだろうが」

「そういう問題じゃない! 規模の事を言ってるんだ! せめて手で持てる大きさを選ぶだろそこは!」

「ぱっと思いつく座標がそこだったんだ。仕方あるまい」

「も、お前ほんっと……!」


 頭を抱えた十兵衛は、そこではっとある事に気が付く。

 ソドムの言っていた事を思い出したのだ。



 ――街の各所に街灯があるんだが、そこにその場所の状況を映す魔道具を取り付けていてね。権限を持つ者が見られるようになっているんだ。



 それはつまり、今この状況をソドムが見ている可能性もある、ということで。

 その考えに至った十兵衛はさっと顔を青ざめると、深々と街灯に向かって頭を下げた。


「本当に申し訳ございません。灯りが欲しいとねだったらハーデスが街灯を持ってきてしまい……。後程元に戻しますので……」

「お前、何を街灯なんぞに謝っている」

「ソドム殿に謝ってるんだ!」


「後でお前も謝らせるからな!」と憤慨しながら、十兵衛は腕を組んだ。


「それで、このまま真っすぐでいいんだな?」

「あぁ。先ほど記憶した地図の情報では、この先に下水処理場があるはずだ」

「下水処理……」

「汚水を濾過する施設の事だ。ここに流れてるのは水路の水だろうが、おそらくそちらは結構臭うぞ」

「なんでそんな所に竜がいるんだ」

「私が知るか」


 街灯を携えながら、二人は黙々と地下水路を歩く。

 いくつか扉を越えていくと、ハーデスが言った通り息もしづらい程の臭気に見舞われた場所になり始めた。

 ドポドポと重い音を立てながら排水管より落ちる水は茶色く、吐き気を催す臭いと生ぬるい気温が耐えがたい。

 行くと言ったのは自分だが、これはやめておいた方が良かったかもしれない。そう思ってももう撤回もし難く、外套の布で口と鼻を覆いながら、十兵衛は歩みを進めるのだった。

 当のハーデスはすいすいと変わらない様子で進んでいるので、律の者はやはり違うのだなぁと感心した。


 しばらくすると、大きく開けた場所にでた。

 巨大な水車のようなものと歯車の重なる機関が、大きな音を立てながら回転している。

 深い底の方では網目状の鉄格子が張り巡らされ、その下で鎌のようなものが幾度も汚水の中から顔を出していた。


 呆気に取られて見つめる十兵衛に、ハーデスも「これは立派だな」と感嘆した。


「大規模濾過装置だ。通常は処理に沈殿池をいくつか設けないといけないはずだが、ここは魔法で補っているな」

「魔石が使われているのか?」

「いや、水力を使って電気と呼ばれる別エネルギーを生み出し、そこからエーテル変換装置に通して定めた魔法の発動へと変えている。この時代には無い……いわばロストテクノロジーという奴だ」


 古代に生きる者の知恵だと聞いた十兵衛は、感銘を受けたように目を煌めかせた。


「それはすごい。確かに、刀剣にももう失われた技術というものが存在する。そんなものがここにもあるのだな」

「そうだな。……しかし、おかしいな」

「なんだ?」


 目を眇めたハーデスは、濾過装置の真下を見やる。


「寿命が見えるのはこの下だ」

「下? あの鎌の?」

「ああ。この先にそんな巨大な生物が入れるような空間は無いはずなんだが……」


 クロイスに見せてもらった地図の記憶を辿っても、それらしき場所は存在しない。

 顎に手を当て悩むハーデスに、「だがここまで来たなら仕方がない」と十兵衛が促す。


「行ってみよう。幸い、お前は転移魔法が使えるじゃないか」

「まぁ……そうだな」

「では頼む。あ、肥溜めに入るのだけは避けてくれ」


「それは私もご免こうむりたい」と肩を竦め、ハーデスは十兵衛の肩に手を置く。


「では行くぞ。何があるか分からん、戦闘準備だけは怠るな」

「分かった」


 頷き、十兵衛は刀の柄に手をやる。

 それを確認してから、ハーデスは街灯と共に目的の場所へと転移した。

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