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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第三章:竜と聖騎士
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33話 復活の髭

「へっくしょん!」


 両腕を擦りながら鼻をすすった十兵衛に、ハーデスが眉を顰める。


「一旦上に行ってからでもいいのではないか?」

「知ってしまったんだから、まずは安全かどうか確認しないといけないだろう。万一このまま竜が上に飛び去って、街を壊したらどうする」


 ハーデスの見た寿命は、十兵衛の千倍以上のものだった。竜と仮定したそれがリンドブルムの地下水路にいるなど、肝が冷える事態である。

 上に戻るにしても何かしらの情報は得てからだと断言する十兵衛に、ハーデスは嘆息した。


「しかしお前、そのままだと風邪を引くぞ」

「何を言う。無病息災の祝福付きだぞ俺は」

「……呪いだ」

「しゅ・く・ふ・く・だ」


「存外しつこい奴だなぁ」と呆れたように肩を竦めると、ハーデスが目を逸らしながらぽつりと呟く。


「……私は、解除をしても……」

「武士に二言は無い!」


 十兵衛が眉根を寄せながらハーデスの胸に拳をぶつけた。


「もう決めた。約束もした! お前だけじゃない、オーウェン公達ともだ! それを翻して、やれ死ねるから切腹だなどやってみろ。武士道に反して侍としても俺は死ぬ! お前はそれを望むのか!?」

「……十兵衛……」

「お前の問いの答えを探す事も、善行を重ね神に至る事も! 須らく目指すべき目標だ!」

「…………」

「腹を括れハーデス。俺はもう、括ったぞ」


 睨みつけるように告げる十兵衛の言葉を、ハーデスは真っすぐ受け取る。

 そうしてしばし目を見つめ、了承するように頷いた。


「……分かった。約束は違えない」

「それでよし。呪いだの祝福だのの問答も、これで終いだ! お前が凹むとやり辛くてかなわん」

「何?」

「いつも通り尊大でいればいいと言ってるんだ」


「尊大って……」と眉を顰めるハーデスに、十兵衛は可笑しそうに笑う。

 そこでふと、「そう言えば」と何かに気が付いたように声を上げた。


「ハーデス。お前、物の時間を操れるのだろう?」

「……あぁ。幾らか縛りは課しているが」

「だったら、俺のこの服が乾いてる時間に戻したり出来ないのか?」

「なるほど?」


 ハーデスは十兵衛の身体を頭からつま先まで見ると、「そのサイドバッグは無かったな」と呟いた。


「ああ、カルナヴァーンの魔石を持ってきていたんだ。悪用されたくないなら肌身離さず持っておいた方がいいと思ってな」

「……いい心がけだ。では私がそれを預かろう」

「分かった」


 特に異を唱える事無く、十兵衛はハーデスにサイドバッグを渡す。

 受け取ったハーデスは、ぱちんと指を鳴らした。すると、十兵衛の服が一気に真新しい物に代わり、濡れた感触から解放される。


「お、おお……あ!?」

「なんだ」

「髭がある!」


 ぺたぺたと服を触ったり腕を触っていたりした十兵衛は、最後に自分の頬に手をあてて気づき、喜んだ。


「ああ。面で記憶したと言っただろう」

「なるほどな! そうか、そうか! やったー!」

「ということで」


 またもぱちんとハーデスは指を鳴らす。すると、途端に十兵衛の手からちくちくした感触が消え去り、つるりとした顎が出現した。


「…………」

「これで元通りだ」

「……お前……」


 下履きの中を見る事無く己の惨状を理解した十兵衛は、がっくりと地面に膝をついた。


「ほんと……お前……もう……」

「む、今思ったがお前の服が濡れる度にあの日まで時を遡らせると、皮膚を含めた表面と内部の時間差が出るな。都度更新しておかねば」

「髭は消すなよ!」

「別名保存をしておくさ」


 ギリギリと歯軋りをしながらそれ以上の文句を言うのを堪えた十兵衛は、唇を尖らせながら辺りを見回した。


「……それにしても暗いな、ここは」


 地上の物とは違い、ここの壁や水路に使われている煉瓦はどれも暗めの色で作られていた。人目につくことがないからだろう、汚れがついても目立たないような暗色の壁のせいで、上部から零れる光も大して反射せず明度が弱弱しい。


「魔法使い達は【灯光球(メルン)】で灯りを得るから、いちいち照明を置いたりしないのかもしれんな」

「どおりで……ん? ハーデスはその【灯光球(メルン)】は使えるのか?」

「使えるが……」

「なんだ、先に言ってくれ。こうも暗いと足元もおぼつかないから、それで明るくしてほしい」

「……先に言うが、お勧めはしない」

「なんでだ?」


 きょとんと目を丸くする十兵衛に、ハーデスはうーんと唸ると、片手で十兵衛の目を覆った。


「なんだ?」

「事故防止だ。――【灯光球(メルン)】」


 瞬間、強烈な閃光が地下水路中を駆け巡った。

 目を覆われている十兵衛さえ光を感じ、「え!? はぁ!?」と慄いている。


「なんだ!? 何が起こってる!?」

「……やはりな。イメージでやる魔法はどうにも調整が出来ん」

「何!?」

「とりあえず解除をしよう」


 ハーデスは発動した【灯光球(メルン)】のエネルギーを吸収する形で消滅させる。

 一瞬で暗くとはいかなかったが、緩やかに光が落ち着いた所でようやく十兵衛の目から手を離した。


「なんだったんだ……」

「お前も分かっていると思うが、私は遍く次元を管理する死の律だ。故に、最小単位というもののイメージが非常に取り辛い」

「……つまり、『これぐらいの灯りが欲しい』と思う『これぐらい』が難しい、ということか?」

「そういうことだ」


 この地の魔法は想像を具現化するものだ、とハーデスは語る。故に、このぐらいの大きさでこのぐらいの強さで、という曖昧な条件は苦手とのことだった。


「その点、転移魔法や時間魔法はやりやすい。座標で定めたり、決められた時間に戻すだけだからな。私がそればかり使うのもそのためだ」

「なるほどなぁ……。俺はお前の事を全知全能だと思っていたよ」

「全知全能などいるものか」


 ハーデスは可笑しそうに笑った。


「どんな世界を巡ったって、そんな者はいない。我こそはと名乗る者がいれば、それはどの物差しで測るものだ? と私は問うだろう」

「物差し……」

「尺度など、生きとし生ける者によって様々だ。何を持って全知とし、何を持って全能となすかなど誰にも分らん。だが、全てを知らぬからこそ、新たな知を生む道へと繋がる」

「…………」

「知らぬを知ることは楽しいだろう? 十兵衛」


 そう問われ、これまでの経験を思い出した十兵衛は強く頷いた。


「あぁ。楽しいとも」

 

 その答えを受けて、ハーデスは嬉しそうに口角を上げた。


「ということで、私は自分の得意分野で灯りを取る事にする」

「得意分野?」


 首を傾げる十兵衛に、「クロイスも得意な奴だ」と述べたハーデスは、右手を横に伸ばした。


「【転移(テレポ)】」


 瞬間、ハーデスの右手に大きな棒が掴まれる。同時に程よく光が灯り、十兵衛は口を開けながらその棒を下から上まで眺めて絶句した。


「これならいいだろう」

「お、おま……」





「街灯を引っこ抜く奴がいるか馬鹿たれーーー!!」


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