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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第二章:神官と魔法使い
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31話 一時返還

「ソドム!」


 救援要請で各所に連絡を飛ばしていたソドムは、その声に振り返る。

 先ほどまで上空にいたクロイスが、ハーデスと共に険しい表情を浮かべて駆け寄ってきていた。


「閣下! ご無事で!」

「皆のおかげだ、よくやった! しかしすまん、お前達を労い喜びを分かち合いたい所だが、そうも言ってられなくなった」

「十兵衛は!」


 ハーデスの焦りを滲ませる声に、ソドムがはっと見やる。


「ハーデス君……」

「十兵衛の足取りを追いたい。ここは見える物が多すぎる」

「七閃将のヴァルメロがいたんだ。彼は奴の攻撃を受けたらしい。どこへ行ったか詳細を……」


 最後まで言い切る前に、クロイスは息を呑んだ。

 騎士団の詰め所側の地面に、大きな穴があるのを目にしたからだ。


「クロイス様……!」

「ロラント! どうしてここに!?」


 いつも髪の毛一つ乱さないロラントが、土埃で衣服を汚し、解れた髪もそのままの状態でクロイスに深く叩頭した。


「私めのせいです! 十兵衛様は私達をかばって……!」

「かばうって、ヴァルメロがここに出たのか!?」

「悪いが反省も謝罪も後にしてくれ。ソドム! ここに十兵衛が落ちたんだな!?」

「あ、ああ!」


 その言葉を聞き、ハーデスが即座に転移しようとする。それを止めたのはクロイスだった。


「待て! 闇雲に行くな!」

「何故止める!」

「もうだいぶ時間が経ってしまっている。この高さでは彼はもう……!」

「死なないから駄目なんだ!」


 ぎょっとするクロイスに、ハーデスは叫ぶ。


「十兵衛の寿命は今じゃない! だからこそ問題なんだ! 私はあいつに自死が出来ない術をかけた。それは自死を選びたくなるような怪我を負っても、本来の寿命が来るその時まで強制的に生かされる事でもあるんだ!」

「……君という奴は……!」


 怒髪天を衝くとはこの事だった。クロイスは腹の底から沸き上がる怒りをそのままに、ハーデスの胸倉を掴んだ。


「君の問いは! 彼に惨苦を負わせても遂げなければいけない物なのか!」

「……っ!」



 ――ハーデスは、絶句する。



 クロイスは怒りの籠った目でハーデスをしばし睨みつけると、呼吸を整えて手を離した。


「【小規模転移(タイニーテレポ)】!」


 クロイスの右手に、古びた大きな羊皮紙が現れる。

 汚れる事も気にせず地面に広げると、【灯光球(メルン)】を灯して目を通した。


「これは……」

「地下水路の地図だ。リンドブルムの上層は歴史が古い。なにせ裾野を広げるように増築を繰り返した街だからな」

「…………」

「ハーデス君、これは君のために出したんだ。しっかり覚えてくれ」


 促され、ハーデスは掠れた声で「了解した」と呟き、羊皮紙に描かれた地図を見た。


「今いるのがここだ。この下となると、東へ流れる水路に繋がるはずだ。そこからの道は枝分かれしているが、もし流されたとしてもまずはこの方向に向かえばいいだろう」

「水路の水の速度が読めませんな。急がねば更に下層の水路へ落とされるかもしれない」

「そうなる前に救う」


 目の前に出された情報を素早く会得したハーデスは、空中へと浮き上がった。


「神官を呼んで治癒がすぐ受けられるように準備をしておく」

「必要ない。いざとなったら時を戻す」

「なんだって?」


 眉を顰めたクロイスの前で、ハーデスが指を弾く。

 その瞬間、目の前に開いていた大穴が淡く光り出し、みるみるうちに崩壊前の状態へと戻っていった。

 呆気に取られるクロイス達の前で、「委細、感謝する」と短く告げると、ハーデスは井戸の中へと飛び込んだ。







***







 クロイス達が到着する数十分前、十兵衛は放り出された空中で、打刀を正面で盾にするかのように構えていた。

 安全性を考慮してつけられていた網さえ突き抜け、異常な速度で落下する。落とされるだけならまだしも、未だ見えない壁に常時押し付けられている状態だったのだ。


「何かの、魔法、なんだろうがっ……!」


 尋常じゃない力だった。次元優位が働いていると言われた刀があったから防げているが、そうでなければ押し潰されそうな圧だ。――そこでふと、十兵衛は思い出した。


 ハーデスが、次元優位を使う可能性を残していた事を。




 ――この先、己の限界を突破して何かを成したい時、強く願うといい。過去の自分に申し訳が立たなかろうが、そうも言ってられない時もあるだろう




 ハーデスの言葉を脳裏に浮かべ、十兵衛は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 だが、最早一刻の猶予も無かった。


「御母堂、すまん! 今だけ御身に負担をかける!」


 恩恵を代わりに受けているという、顔も名も知らぬ老婆へ謝罪を飛ばし、十兵衛は強く願った。



 ――瞬間、十兵衛の身体が淡い緑色の光に包まれる。



 四肢や指先に至るまで、何某かの力が一気に熱となって流れ行く。

 自分の身体ではないような冴え渡る感覚を感じながら、十兵衛は打刀の鞘を取り払った。


「圧し切る!」


 両腕に力を込め、押し返すように刃を当てる。

 すると、読み通り切る事が出来たのか、不可視の壁からの圧がみるみるうちに消えていった。

 同時に、切ったと思われる箇所から、黒い靄が流れ出る。

 それもやがて空気の中に溶け込むように霧散するのを目の当たりにし、十兵衛は安堵の息を吐いた。


「安心するにはまだ早いな!?」


 思わず自分で突っ込みを入れる。不可視の壁のせいで落下速度が上がっていたのは防げたものの、落下自体は終わっていない。

 しかし、何かを掴むにも手は届かず、強いて言うなら刀なら壁になんとか、というぐらいの距離だった。

 こんな事に祖父から賜った打刀を使うなど罰が当たりそうだ、と思うものの、悩んでいる暇もない。

 十兵衛は覚悟を決めて鞘を腰に差し刀を両手に持つと、届きそうな壁へと向かって突き立てた――が。


「切れすぎなんだがーーー!」


 まるで豆腐でも切るがごとく、スパパパパと石造りの壁が切れていく。


 十兵衛は「次元優位の馬鹿たれーー!」と叫びながら、地下水路へ容赦なく叩き落されたのだった。


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