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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第二章:神官と魔法使い
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30話 不可視の壁

 ――同日、深夜。リンドブルムオーウェン公爵邸にて。



 与えられた部屋で睡眠を取っていた十兵衛は、部屋の外に気を高ぶらせた人間の気配を感じ、寝台側に置いていた打刀だけを手にして扉を開けた。

 階段ホールの方へ向かうと、ロラントとクロイスがいた。しかし、クロイスは残像だけ残してすぐにかき消える。

 目を瞬かせる十兵衛に、振り仰いだロラントが「十兵衛様」と微笑んだ。


「お休みの所を邪魔してしまい、申し訳ございません」

「……何かあったのですか」


 去ったとはいえ、クロイスのぴりりとした緊張感がまだホールに漂っている。

 それを目ざとく指摘した十兵衛に、ロラントは隠せないと判断し、「魔物が来ました」と端的に告げた。


「数は?」

「明確には、まだ。クロイス様の探知範囲内に一部入りましたので、御出立なされたのです」

「私に出来る事はありますか?」

「当代オーウェン公が出られました。ですので、安心してそのままごゆるりとお休みください……と申し上げたい所ですが」


「気配の敏い貴方様には、難しい事かもしれませんね」とロラントは嘆息する。

 誰かが、ましてや知り合いが戦ってる最中に寝こけるなど、戦い慣れしている十兵衛には到底出来ない。それを理解して、ロラントは決意した。


「では、お力添えを願えますか。これより、オーウェン騎士団が先導して兵の配備に務めます。そこに十兵衛様も加わって頂ければと」

「承知した。すぐに装備を整えます。ハーデスも呼んでくるので……」

「いえ、ハーデス様はクロイス様とご一緒に出られました」

「ハーデスが?」


 予想もしなかった答えに、十兵衛は驚いた。


「はい。なんでも、クロイス様が見せたい物があるのだとか」

「なるほど……。では私一人となりますが、良きように使って下さい」






 部屋へと戻り、装備を整えた十兵衛は、背負い鞄からカルナヴァーンの魔石を取り出した。ここに置いておくことも考えたが、魔石は誰もが欲する力の源だ。

 悪用されたくないのであれば肌身離さず持っておくべきだろうと思い、ベルトに通して使うサイドバッグへと仕舞いこんだ。

 玄関へ向かうと、ロラントに「こちらへ」と招かれた。

 案内された場所は、床に何某かの陣が描かれており、ロラント曰くここに立つとすぐに庭先の門へと移動するという。


「オーウェン公の魔法か」

「そうでございます。魔道具に込められた魔力を用いて、クロイス様の転移魔法のように即座に移動出来る優れものですよ」


 その言葉を聞き、魔石を使った魔道具が民の生活に根付いている事をしみじみ感じ入る。

 これの代替を探し広めるのかと、自分の決意の難しさに内心苦笑しながら、十兵衛はロラントと共に転移した。





 門の外に出てしばらく歩くと、慌ただしく騎士達が走り回っていた。早くも魔物の情報が広まっているらしい。

 深夜なので出回っている一般人は少なかったが、それでも「魔物の襲撃が来る! 急ぎ家屋の中へ!」という指示に従い、皆大急ぎで家の中へと入り扉や窓を閉めた。

 あちらこちらを騎馬隊が走り回るだけではなく、水路を沿うように人を乗せた小舟までもがびゅんびゅんと空を飛んでいる。

 これは自分の世界にはない光景だなぁと呆気に取られながら、足早に進むロラントの後ろに付き従った。


 途中、詰め所へ向かうという騎士の小舟に乗せて貰い、空を飛ぶという怖ろしい体験を震えながらこなした十兵衛は、這う這うの体で西のポトラ側の騎士団詰め所へと入る。

 そこでは、動く絵が何枚も空中に浮かんでおり、その一つ一つに指示を飛ばすソドムの姿があった。


「ソドム殿」

「おお、ロラント殿か! 如何なされた」

「魔物の襲撃と聞き、英雄殿が助太刀を申し出てくださいまして」

「なんと! それは有難い」


 嬉しそうに笑ったソドムが、十兵衛の手を取り握手する。


「お心遣い感謝する。万一の際は宜しく願いたい」

「勿論です。私はどちらに行けば良いでしょう」

「とりあえずこの場で待機して欲しい。閣下が出られたからおそらく大丈夫だとは思うが、市街地での白兵戦になったらここに情報が集結する。それを見て私が判断を下す」


 ここに、と言われて十兵衛はあたりを見回す。


「この、動く絵の事ですか」

「動く絵……そうだな。映像という。街の各所に街灯があるんだが、そこにその場所の状況を映す魔道具を取り付けていてね。権限を持つ者が見られるようになっているんだ」


「西は私の管轄だな」と笑って、ソドムが浮かんでいる映像のいくつかをすいすいと横に移動した。


「現在、冒険者ギルド所属の魔法使いが西のパムレへ、神殿騎士団と高位神官が東のパムレへと向かっている」

「え? スイ殿もですか?」

「スイ様はお休みになられてます。長旅でお疲れのようですので」

「それがいい。娘が見ているとなれば、閣下も変に力が入りそうだからな」


 はっはっは! と高らかにソドムは笑った。


「しかし何故パムレへ? 魔物が登ってくるのですか?」

「一つに、平らかな水がある点だ。君もパムレで劇を見ただろう? あの動く絵は光属性を得意とする魔法使い達の映像投影技術だ。それをパムレにある水へと映し、大勢の人間に同一の情報を届ける役割を果たして貰っている」

「そんな事が……!」


 驚き目を見張る十兵衛に、「それだけじゃない」とソドムは楽しそうに語った。


「パムレは内部に入ると真上しか空いていないだろう? つまり、全員が見る、および向ける方角を定めやすいんだ」

「……それは、なんのためかお聞きしても?」

「当代オーウェン公による魔法劇場のために、さ」


「間もなくだぞ」とソドムが目を向ける先に、魔物に相対するクロイスが映る。

 促されるまま外へと出た十兵衛は、パムレから立ち上る気迫に総毛だった。

 側に寄るのは危険だとのことで、十分に距離を取る。

 パムレを見つめながら後ろに下がると、とん、と踵にひび割れた桶が当たった。




 ――瞬間、巨大な光の柱が立ち上る。




 はっと目をやると、天高く聳える光の奔流が、夜空に突如現れた巨大な円陣へと吸い込まれていくのが見えた。

 ハーデスがこの場にいればまた注意されそうだが、十兵衛はあんぐりと口を開けて、生まれて初めて見るとんでもない光景を食い入るように見つめるのだった。


 ――その時だ。


 十兵衛の背に、震える様な寒気が走る。


 虫の知らせとでもいうのだろうか。瞬時に自身の真上を見た十兵衛は、「離れろ!」と叫び、鞘ごと引き抜いた打刀の先でロラントとソドムを突き飛ばした。


「なっ……!」

「十兵衛君!?」


 ――十兵衛の判断は、正しかった。


 天より落ちてきた()()()()()が、十兵衛の側にあった古井戸もろとも、大地を押し砕いたのである。

 咄嗟に打刀で受けようとしたが、井戸の崩壊と共に足場が崩れる。


 その背に砕ける煉瓦を受けながら、十兵衛は深い深い井戸の底へと姿を消した。


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