27話 侍の信念
「……快諾を得られないと分かっていて、君は言うんだね」
クロイスの冷静な答えに、十兵衛は素直に頷いた。
「……兵の褒賞は大切ですから。怠るといらぬ反感を招いてしまう」
「それを分かっていてなお願うのかい?」
「そのつもりでいて欲しいのです」
見つめる視線に、力がこもった。
「ハーデスが権能を使ってでも直さなくてはいけない事態ならば、近い将来、この魔石の文明は破綻する。そんな眉唾話を語った所で、民は信じないでしょう」
「…………」
「故に私は、善行を重ねる旅の中で、魔石に代わる力の源を探したい」
「何?」
「オーウェン公の仰った勇者の行いとやらを、目指してみたいのです」
戦は避けられない事態だ。それは十兵衛にもよく分かっていた。
陸続きで繋がる国土があると、資源を求めて争いが起こる。それが相容れない存在同士であれば、なおさらのことだった。命が失われるのも戦においては当たり前の事であるが、その上本人の生きた証であるハイリオーレまで奪われる魔物の事を思うと、何かせずにはいられなかった。
何より、魂の持ち主へ善き思いを乗せた者達の心まで踏みにじる行為を、十兵衛は許せなかったのだ。
「……君の発想には、恐れ入る」
ふっと顔を緩めて笑ったクロイスに、十兵衛は「恐縮です」と目礼して席についた。
「どうやら君は、私達より命の尊厳とやらに重きを置くようだ。それは君の世界で当たり前の事なのかね?」
「世界はどうか分かりませんが……。私が、侍だからでしょうか」
打刀の柄に手をやりながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「どんな命も、いずれ必ず死に至る。それは自明の理です。けれど、死んだからといって命を失った者への礼節を忘れ、名誉を踏みにじる行為を、侍は恥と見なす」
「…………」
「主君に忠義を尽くし、その中で命の奪い合いがあったとして、相手を辱めることなく最大限の配慮に努める。自分に尊厳があるように、どんな者にも尊厳はある。それを忘れてはいけないなんて当たり前な事は、武士道を極める侍が皆持ち得ている精神です」
「……なるほどな」
クロイスは感銘を受けたように目を伏せ、「了解だ」と端的に諾を示した。
「本格的な開戦まではおそらく時間がかかるだろう。平野の戦いから国土侵攻へと変わっていくからな。その準備の間に、魔石の代替エネルギーになるものを探してみてくれ」
「オーウェン公……!」
「もし代わるような物があれば、その時は得た魔石の全てを君に渡せるよう、私も尽力しよう」
「心より御礼申し上げます……!」
深く頭を下げた十兵衛に、「お礼を言いたいのはこちらの方だ」とクロイスは笑った。
「異世界から来た君が、誰よりもこの世界の命を大切に思ってくれている。……ありがとう。その誇り高い精神が、どうか遍く世界に広がる事を、願ってやまないよ」
沈思の塔を出た頃には、随分と夜が更けていた。
元の応接室に戻った十兵衛達は、塔での話は他言無用だと決め、その日は公爵邸に泊まる事となった。
クロイスからの命令を遂行し終えたロラントが部屋の外に待機していたため、案内を受けてそれぞれ部屋へと移動する。
そうして解散する前に、「そうだ!」とスイが明日の予定を口にした。
「身元証明書の発行にも少し時間がかかりますし、とりあえず明日は冒険者ギルドに行ってみましょうか」
「スイ。お前には関係各所へ謝罪の手紙を書くという仕事が待っている」
「……ひぇ……」
「ということだ十兵衛君。明日はロラントが同行する」
「宜しくお願いしますね」
にっこりとロラントに微笑まれて、十兵衛は承諾した。さすがにこの件は助け舟を出せそうにない。
「頑張れ、スイ殿」と応援を送って、十兵衛は与えられた部屋へと向かうのだった。
***
――同日、深夜。リンドブルム上空にて。
「それで? 私を呼び出したのはどういう了見だ」
ハーデスは、目の前で黒衣の外套をはためかせるクロイスに言葉を投げかけた。
「夜分遅くに申し訳ない。君に見て貰いたいものがあったんだ」
互いに空中に浮遊しながら、リンドブルムを眼下に望む。
「街の事か?」と尋ねるハーデスに、「いいや」とクロイスは口角を上げた。
「あの魔物の軍勢だよ」
白手袋をはめたクロイスの指が、すっと一点を指さす。
その先に、煌々と両目を光らせる魔物の大群が、夜空の果てから押し寄せてきていた。