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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第二章:神官と魔法使い
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26話 勇者の行い

 スイはハーデスの黄泉送りの方法が気になるのか質問を重ねており、ハーデスは出来る範囲で丁寧に教えている。

 クロイスは「考えを纏める」と言い置いていたので、あれから一口茶を飲んでずっと黙り込んでいた。

 そんな中で、十兵衛は――目の前の茶器を見て、こめかみに汗を滲ませていた。


 ――やっぱり、見覚えがある。


 内心でそう呟いて、記憶を辿る。十兵衛がこういった上等な茶を飲む機会があったのは、ハーデスと初めて会った時のことだ。


 崩れていた廃屋をハーデスが丸太小屋へと変え、茶の入った茶器を差し出したあの夜。その時に手にした茶器と今目の前にある茶器が、どうも同じ様に思えた。

 ハーデスは、髭の件と今回の件から察するに、時間と転移の魔法が使えるはずだと十兵衛は考える。であれば、あの廃屋を丸太小屋にしたのは、あの小屋が崩れる前に時間を遡ったのではないだろうか。炉――後で知った暖炉というものに火がついたのも、あの暖炉に火がついていた時間を遡ったからで。


 そして茶の入った茶器は、おそらく予感が正しければ、この屋敷のどこかからあの時間に転移魔法で盗んだのではないだろうか。

 クロイスがスイに雑巾を【小規模転移(タイニーテレポ)】で渡したのと同じことを、ハーデスもやったのではないだろうか――!


 ――後でロラント殿に話を聞いて、心当たりがあれば誠心誠意謝ろう。


 そう一人決意して、十兵衛は冷めても美味しい上等な茶を、一息に飲み干すのだった。








「断片的に得ていた情報と、整合性がある程度取れた。話を再開してもいいだろうか」


 クロイスからの問いかけに、三人は了承するように頷く。


「ありがとう。まず先に、君達が今後どうしたいのかを教えて貰いたい」


 その問いに、「ハーデスが先に言ってくれ」と十兵衛は促した。


「分かった。……私はまずバブイルの塔を目指したいと思っている」

「バブイルか」


 ハーデスは、魔法使いの『バブイルの塔で深淵を覗いた者が星からの祝福を賜り、魔法を使えるようになる』という点が気になるという。


「パムレで魔法使い達を見た時や、ソドム、そしてクロイス。お前達を見て確信した。魔法使いは皆、この星――マーレに、魂に作用する何かしらをつけられている」

「それが祝福ではないのか?」

「そう断じていいのか、果たして違うものか……。今ここでお前から取り出して確認するのは簡単だが、それがお前の身にどんな影響を与えるか分からんから、その手は使わん」

「……心遣いに感謝する」


 ぞっと冷や汗を滲ませたクロイスに、鷹揚にハーデスは頷く。


「魔石、魔物、魔法使い。おそらくこの三点は何かしら繋がりがあるように思う。普通の人間よりも魔物に転生する確率が高いのか否か……」

「えっ!?」


 ぎょっとするスイに、「あくまでも予想だ」とハーデスは言い含める。


「もしそうだとして、どのようにそれを為されているかがまだ分からん。故に私はそれを調査しに、バブイルの塔へ行きたい」

「承知した。ここから一番近い所だと、パルメア運河を下った先にある港町、エレンツィアの側に建っている。そこに入れる手続きをしておこう」

「それは助かる。ありがとう」

「さて、次は十兵衛君だ」


 クロイスに促され、十兵衛は少し悩んだ。


 十兵衛が目指すのは、ハーデスの問い――不死の者さえ自死を選ぶその理由を知り、呪いを解いて貰うこと。もしくは、この世界で一番高位の存在――神となって、この世界から元の世界へ戻ることだ。

 前者に関しては、当事者に聞けないのであれば手当たり次第に多くの人間に当たって、近そうな答えを見つけるしかない。「これだ」と思う答えに至れるのは、十兵衛ではなくハーデスなのだ。

 後者はもっと分からない。日本で人が神になったのは、何も神になろうとしてなったわけではないからだ。「歴史的偉業を成した者が神となる」とは十兵衛が語った話だが、それも結果論である。

 いざ偉業を成そうと思っても、何をもってしてこの世界の偉業となるのか、皆目見当がつかなかった。

 ――故に、



「……一日、一善……」



 ――と、か細い声で頭に浮かんだ言葉をぽつりと発することしか、十兵衛には出来ないのだった。


「……一日?」

「一善?」


 ぽかんと口を開けるオーウェン親子に、十兵衛は居たたまれなさを覚えて身を縮める。


「あ、いや。ハーデスの話から察するに、他者から向けられる善に傾いた思いの力がハイリオーレに良い影響を与えるなら、私に必要なのはそれかな、と……」

「善行が、ということですか?」

「ああ」


 高位の存在は、魂の格が違うという。それはつまり、より多くの者からハイリオーレを高める結果を、魂の持ち主が成してきた証だ。

 神となれとハーデスは言ったが、高位の存在が神だというのなら、善行を果たしていくというのも間違っていないのではないかと十兵衛は思う。


「私が身体を維持したまま元の世界に戻るには、この世界で一番高位の存在にならないといけないようなのです。となると、一歩一歩でも善行を重ねる事がそこに繋がるかなと」

「…………」

「た、ただ、ハーデスにハイリオーレの話を聞いた後なので、善行と言っても褒美欲しさにやるような浅ましさは拭えませんが」


 あはは、と乾いた笑いを零した十兵衛に、隣に座っていたハーデスから「馬鹿者」と鋭い指摘が飛んだ。


「誰かの為にと動いた結果の判断は、救われた本人がするものだ。救おうとした者や、周りの者が決めることではない」

「し、しかし偽善では……」

「それもお前が思っているだけだ。救われた者が善だと言えば、その行為は偽善ではなく善だ。それともその結果さえお前は疑うのか?」

「……ハーデス……」

牢乎(ろうこ)たるハイリオーレを舐めるなよ」


 ぎろりと睨みつけられ、十兵衛は身を竦めた。厳しい言葉ではあれど、ハーデスの言葉は十兵衛の後ろめたさを切り捨てるものでもあった。

 まるで祖父に叱られた時のようだと内心笑い、「承知した」と、感謝の意も込め、頭を下げた。


「……勇者の行い、だな」


 その様子を見ていたクロイスが、ふっと顔を緩める。


「勇者の?」

「ああ。魔物との戦乱の歴史の中で、時折勇者と呼ばれる者が現れる。その者は世界各地を旅して回り、人々を助け、導いていくんだ」

「偉大なるオーウェンみたいなものですね!」


 そう言って目を煌めかせるスイに、クロイスは呆れたように肩を竦めた。


「どうだかな。ともあれ、歴史書にはよく登場するよ。神が使わせし、最後の人の希望。そんな風に呼ばれる者が勇者だ」

「……私は、とてもそんな出来た者には……」

「ハーデス君が言っただろう? 善を決めるは救われた者だ。であれば、勇者と決める者もまた、君ではないのだよ」


「歴史的偉業を成した者が神になった」のも結果論だ。それはつまり、かの者の行いを偉業だと讃えた者がいたからで。

 なるほどなぁと得心した十兵衛は、「心に刻みます」と微笑んだ。


「差し当たっては、十兵衛君は冒険者ギルドに行ってみるといい。あそこには困りごとを解決してもらいたい依頼者達が、山の様に依頼書を持ってきている」

「そうなのですか」

「ああ。通例ではギルドに所属して依頼を受ける形になるが、そうなるとカルナヴァーンの魔石がギルドに徴収される可能性も出てくるからな。特例で依頼を受けるように出来ないか、こちらで取り計らってみよう」

「あ、ありがとうございます……!」


 深く頭を下げた十兵衛に、クロイスは「気にしないでくれ」と片手を振った。


「しかし、こちらは魔石も渡せないのに……」

「まずはスイと民を救ってくれたお礼とでも思って欲しい。それにまぁ、こちらとしてもお願いしたいことがあるのでね」


 それはそうだろう、と当たり前のように十兵衛は受け止める。

 その様子を見て、クロイスは一つ頷いて話し始めた。


「最後にこちらの話をしよう。先日、トルメリア平野であった人と魔族の大規模な戦の最中、魔族の軍の六割が急に倒れた」

「……もしや、カルナヴァーンの兵ですか」

「そうだ。君達の話を聞いて確信を得た。それに加えてあの大流星群……。カルナヴァーンの兵が全て星に還ったとするならば、残った遺体は七閃将の死霊術師、エルミナのアンデッド化すら不可能と言える」

「エルミナ……」


「死霊術師といって、魂がまだ残っている遺体を即座にアンデッドにしたり、霊体を使役出来る人がいるんですよ」とスイからの補足が入る。


「それについては間違いない。私が全て還したからな」

「ありがとう、素晴らしい朗報だ。一応聞いておくが、あの黄泉送りが無差別に人へ向けられる可能性はあるのだろうか?」

「ない。あれは魂の循環を怠っていたマーレの尻拭いをしたまで。どんな命においても、私が寿命を妨げる事はない」

「それを聞いて安心したよ。これで前線を押し上げる事が出来る」


 酷薄な表情を浮かべたクロイスに、ごくりとスイが生唾を飲み込む。


「私が王都に行っていたのも、トルメリア平野で戦が起きそうだという知らせがあってね。直接戦闘に参加したわけではないが、いくらか魔法方面の指摘を賜りたいという願いを受けて、留守にしていたんだ」


「まさか留守中に、娘がとんでもないことをしでかしていたとは予想外だったが」と眉を顰めつつも、クロイスは語る。


「軍の上層部は迷っていてね。なにせ魔族の軍の六割だ。これがこちらにも起こりうることなればうかつに動けなかったが、トルメリア平野にいた魔族だけでなく、すべてのカルナヴァーンの兵が逝ったとあれば話は別だ」

「……ヨルムンガンドへ、攻め入るのですか」

「攻め入るとも。魔王は我らの代で討つ」

「…………」


 どの世界にも戦はあるのだな、と十兵衛は眉を顰めた。リンドブルムの豊かさにばかり目が行っていたが、時を同じくして血で血を洗う戦があったばかりなのだ。

 そして、この話をするということは、と覚悟を決める。


「……私達に、戦に参加せよ、と」

「そういうことだ、十兵衛君」


 確かにそれは断れない、と内心唸る。

 戦争は名を挙げやすい。武功を立てた者は天下に広く名を轟かせ、英雄の物語として広く紡がれるからだ。一日一善とは言わず、手っ取り早く名を挙げるにはこれほどいい場所もないだろう。

 ――しかし、と十兵衛はハーデスの事を思った。

 命を尊ぶハーデスに、これは無いのではないか、と。だが、ちらりと横目で見たハーデスは、いつもと変わらない風だった。


「……ハーデス、」

「この件は十兵衛、お前が決めろ」

「俺が?」

「戦うのはお前だ。私は先に告げた通り戦えん。多少の補助は出来るだろうが、律の管理者として寿命は妨げられない」

「…………」


 こういう選択はいつも俺だな、とは口には出さず、十兵衛は手汗を握りしめて考える。

 利点、欠点、クロイスへの恩義、ハーデスの意義。すべてを測りにかけて、けれど等しく揃うはずもなく。

 歯を喰いしばって考えて、十兵衛ははっと顔を上げた。


「……魔石を、貰えませんか」


 思いも寄らなかった言葉に、ハーデス達は呆気にとられた。

「カルナヴァーンの魔石ならすでに君のものだ」と不思議そうに告げるクロイスに、そうではないのだと首を横に振る。


「戦には参加します。そこでもし武功を挙げる事が出来たなら、褒美に魔物から出る全ての魔石を貰えませんか」

「……それをどうするんだ?」

「どうにもしません。カルナヴァーンの魔石のように取っておきます」


 目を丸くするクロイスとスイに、十兵衛は身を乗り出して告げた。


「あれは命が生きた証です。決して損なわれてはいけない物です。まだ方法は分からないですが、もしかしたらいつか、魂の持ち主へハイリオーレを返せる時が来るかもしれない」

「十兵衛君……」

「戦で命が失われるのは当たり前の事です。だからといって、尊厳までも失わせたくない」



「オーウェン公。どうか、どうか全ての魔石を私に預ける許可を頂けないでしょうか――!」



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