25話 信用を得るために
「……信じがたい話だ」
長い沈黙を経て、クロイスは呟く。
「荒唐無稽、嘘八百。そう断じてしまえばそれで終いの話、なのだろう。……だが、」
伏せていた顔を上げ、クロイスは真っ直ぐに十兵衛を見る。
「十兵衛君。君は確かに、その剣でカルナヴァーンを斬ったんだろう?」
腰に差していた打刀を指摘され、十兵衛は頷き卓上へと置いた。
ソドムがしたのと同じように、クロイスも【看破】を打刀へかける。そうして得られた結果に目を伏せ、深く溜息を吐いた。
「普通であれば、この素材であいつは斬れないんだ。【身体硬化】を先に高位魔法で打ち消すか、無効化を付与した貫通系の魔剣でしか通らない。それがあっさり斬れたとあれば、君達が言う所の異世界の存在を、切っ先でも信じてしまいそうになる」
「まぁ、この打刀にも次元優位が働いているからな」
「おい! 初耳だぞ!」
しれっと言い放ったハーデスに、十兵衛は驚きの声を上げる。
「次元優位、とはなんだね?」
「前提として、『次元差』というものがある。先に告げた、度重なる輪廻転生からハイリオーレを高めて次元を超えたという実績により、高次元に生きる者と低次元に生きる者ではそもそも魂の格が違う」
「魂の格……」
「故に、高次元領域に生きる者が低次元領域に来ると、次元差による優位性が高まり、身体能力の大幅な向上や装備品の能力向上も見込まれる。それを通称、『次元優位』と我々は呼んでいる」
「お、おま……! 装備については聞いてないぞ!」
「聞かれなかったからな」
「こ、こいつ……!」
拳を震わせる十兵衛に、ハーデスはフンと鼻で笑った。
「ともあれ、切っ先とは言わず頭から信じて貰わねばこちらも困る。どうすればお前の信用を得られる? クロイス」
問われて、クロイスは悩んだ。
破格の能力を秘めた鉄剣――打刀の存在は、確かに信じる要素の一つにはなる。けれども、それは十兵衛に纏わるものであり、ハーデスの事はまた違うようにも感じた。
そこでふと、ハーデスが転移魔法に詳しかったことを思い出す。
「ハーデス君。君は転移魔法に詳しかったね」
「ああ、先ほどの話か。転移魔法だけとは限らんが……」
「であれば、この世界の転移魔法における限界性を君は知っているはずだ。それを私に見せてくれないか」
「……なるほど?」
ハーデスは目を細めて立ち上がる。それに応じるように立ち上がったクロイスは、ハーデスに歩み寄り肩に手を置いた。
「お父様?」
「一瞬出かけてくる。すぐ戻る」
「場所はどこでもいいんだな?」
「構わないが、人間が生きられる場所にしてくれ」
「それは勿論」と頷いて、ハーデスとクロイスがかき消えた。
呆気にとられた十兵衛とスイは、目を瞬かせて二人が旅立った場所を見つめる。
「なんで転移魔法……?」
「まぁ……父が一番得意とするところが転移魔法なので、次元を上回るという指標を得意分野で見てみたかったのかもしれませんが……」
そうこうする内に、すぐに二人が帰ってきた。
何故かクロイスは顔を両手で覆い、ハーデスは両耳を押さえている。
「なんだあのきんきん声は。喧しい事この上ない」
「……ハーデス君……いえ、様。これまでのご無礼大変申し訳なく……」
顔を手で覆ったまま、クロイスがその場に蹲る。「別に神じゃないのだから畏まる必要はない」と肩を竦め、ハーデスは自分の席へと戻った。
「お前、オーウェン公に何をしたんだ」
「何も? 一緒に転移してきただけだ」
「お父様、転移先で何があったんですか?」
「私の口からはとてもじゃないが言えん! すまん十兵衛君。君達の話は全て信じよう」
さっと立ち上がったクロイスが、深く頭を下げる。それに慌てた十兵衛は、「頭を上げてください」と促した。
「ハーデス様、」
「やめろ。今まで通りでいい」
「……ハーデス、君、の能力を見てきた。あれは普通の者では絶対に出来ない。神ならあるいは出来るのかもしれないが、神と同等というのなら律の管理者であると自称する、彼の言を信じる方が理解が早い」
「そ、そんなに……」
実の父の変わり様に、思わず目を見開く。けれども、振り返ればハーデスのとんでもない力の片鱗はすでに目にしていたなと、スイは内心頷いた。
「でも、確かにハーデスさんは一瞬で凄まじい人数の黄泉送りを成されたので、破格の方だというのは分かります」
「まーてまてまて。聞いてないぞその話!」
「言ってませんでしたっけ?」
「先日の大流星群、あれ全部、カルナヴァーンの模倣生物から解放された人々の黄泉送りですよ」とさらっと告げたスイに、クロイスは絶句した。
「先ほど言っただろう。アンデッドが生まれる世界はおかしいと。スイが亡くなった者達がアンデッドになることを懸念していたから、模倣生物から解放された者に焦点をあてて全て黄泉に送ってやったんだ」
「貴方が!?」
「私が」
頷いたハーデスに、クロイスはもはや言葉もない。
沈黙したまま自分の席へと戻り、力なく座り込んだ。
「すまない。一旦茶菓子でも摘まんで休憩を挟もう。私も考えを纏めたい」
一気に老け込んだのではとスイが心配してしまう程に、クロイスは憔悴しきっていた。
その提案を受け入れ、三人はそれぞれ思い思いに時間を過ごし始めるのだった。