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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第二章:神官と魔法使い
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24話 牢乎たるハイリオーレ

 オーウェン公爵邸には、『沈思(ちんし)の塔』と呼ばれる、扉も窓も無い塔がある。

 古くには初代オーウェンが魔法の精度の向上を目的とした、精神統一のために作られた塔と言われており、基本的に高位魔法である【転移(テレポ)】を使える者しか中に入れないようになっていた。


 スイが内密の会議だって行えると自信満々に言い張ったのも、この塔があったからだ。

 転移魔法でしか入れない上に、塔自体にも複数の結界魔法がかかっており、オーウェン公の許可なくして入れないよう改造も施されている。

 誰にも邪魔をされず、見ることも聞くこともかなわず、密会をするならここしかないと言わしめる、偉大なるオーウェンの建造物。

 それを引き合いに出されて驚いたのは、当代オーウェン公だった。


「お前な。客人を沈思の塔に呼ぶ予定などなかったから、久しく掃除も出来ていないぞ」

「では私がさっとやってくるので、雑巾だけください」


 両手を差し出したスイに、クロイスは「何故公爵令嬢が掃除を……」と深い溜息を吐いた。

 しかしそれで引く相手でないことは重々承知しているので、仰せ通りに雑巾と水の入ったバケツを【小規模転移(タイニーテレポ)】で出してやる。そのまま満足げににっこり笑ったスイを、先んじて沈思の塔へ【転移(テレポ)】で送った。


「き、消えた……!」

「大丈夫だ、十兵衛君。スイは別の場所に移動しただけだ」

「こちらでは人を瞬時に移動させることが、そんなにも簡単にできるのですか!?」


 目を丸くする十兵衛に、「そんなことはないぞ」と否定したのはハーデスだった。


「この世界の転移魔法は、そう気軽に出来るものではない。一定の距離を保った網目状の魔力の糸を張り巡らせ、それを参照して目的地の座標を割り出す。そこに目掛けて道を開いて送るわけだ」

「……だとすれば、今オーウェン公が一瞬で為されたのは……」

「大魔法使い、偉大なるオーウェンの末裔は伊達ではない、ということなのだろう」

「……お褒めにあずかり、光栄だ」


 芝居がかったようにクロイスがハーデスへとお辞儀する。

 しかし、ゆるやかに上げられた顔は、非常に険しい表情だった。


「ハーデス君。この世界、と今言ったね。……それはつまり、君が()()()()()()()()()()()ということなのかな?」

「それを伝えるために、今スイが急いで掃除をしてくれているんだ。焦らず待つといい」

「その娘を危険に晒したくないから問うているんだが、伝わらないかね」


 すっと部屋の温度が下がったように十兵衛は感じた。これまで客人に対する態度だったクロイスの雰囲気が、敵対者に相対する様に変化する。


「私がスイに危害を加えるように見えるのか?」

「見えないと思う方が難しい。強大な魔物が異なる世界からやってくるのは、この世界の常識だ」

「……は、」


 抜けるような息を漏らしたハーデスが、次の瞬間大笑した。

 呆気にとられる十兵衛とクロイスの前で、笑いながらもハーデスの怒気が膨れ上がる。


「ハハハハ! そうか、そういう風に伝わっているのか、この世界は!」

「な、にを……」

「……よほど私を怒らせたいようだな、マーレ。……はは、あーすまん。これではまた十兵衛に叱られる」


 片手で顔を覆ったハーデスが、自身を落ち着かせるように深く溜息を吐く。


「危害を加えたりなどしない。心配ならいくらでも魔道具とやらで私を繋げばいい。どちらかと言えば私はお前を含め、信用に足るこの世界の住人にこちら側の事情を知ってほしいぐらいだ」

「……君に信用されても、私が信用出来ない」

「あ、あの!」


 眉を顰めるクロイスに、十兵衛が割り込むように声を上げた。


「なんだ」と向けられた厳しい視線にも臆さず、十兵衛は懐から小さな短刀を取り出す。


「これは、私が主より賜った懐刀でございます」

「それがなんだ」

「これを、オーウェン公にお預けします」


 目を見開いたクロイスに、十兵衛は言葉を続ける。


「私の命よりも大切な刀です。オーウェン公がスイ殿に向けられるお気持ちには到底釣り合わない代物ではございますが、どうか、これを預かった上でハーデスの話を聞いて頂けないでしょうか」

「……十兵衛君」


 毒気を抜かれたように、クロイスの殺気が収まった。

 けれども、それに甘んじることなく十兵衛は懐刀をクロイスに押し付け、深く深く頭を下げる。


「態度は尊大なれど、ハーデスの命へ向ける真摯な心は本物です。どうか、一度だけでもお話の機会を……!」

「……分かった」


 不承不承ながらも頷いたクロイスに、十兵衛は声を明るくして礼を述べた。

 懐刀は「預からずとも構わない」と丁寧に十兵衛へ返したクロイスだったが、それとは裏腹にハーデスを不機嫌そうに睨みつける。


「十兵衛君の誠実さに免じて話は聞くが、君はどうなんだ」

「……何が言いたい」

「彼にここまでさせて、それだけなのかと言っているんだ」


 その指摘に、きょとんと目を丸くしたハーデスは「なんだ、そんなことか」と微笑んだ。


「そんなことだと……!?」

「私が頭を下げることで、幾億の命を救う道に繋がるのなら。私はいくらでも膝を折ろう」


 そう言って、ハーデスは少し前に十兵衛がしていたように、床に膝を折って叩頭する。

 目を見張ったクロイスの前で、ハーデスは穏やかな声色でこう告げた。


「どうか、私に力を貸してほしい」――と。









「随分遅かったですね」

「おかげでぴかぴかですよ」と汚れた雑巾を振りながら、腕まくりをしたスイが肩を竦めた。


 沈思の塔でスイを待たせていたことに軽く謝りつつ、クロイスは誤魔化すように「少し話し込んでいたんだ」と告げた。


「そうですか。……あれ? ハーデスさん、額が汚れてますよ?」

「ん、そうか」


 指摘されたハーデスは、特に気にした風も見せず手の甲で拭う。

 それを複雑な表情で見つめたクロイスは、沈思の塔に唯一ある会議室への扉をゆっくりと開いた。


「こちらへ。茶は先ほどの部屋から持ち込んだが、おかわりは期待しないでくれ」


 沈思の塔の会議室は、先ほど招かれた応接室よりも簡素で、シンプルな作りだった。

 窓もないため、明かりは火を使わない【灯光球(メルン)】がぽつぽつと浮いており、かろうじて字が読める程度の明るさが保たれている。

 長机と椅子も華美な装飾は一切なく、深い色合いの木で作られた質実剛健な装いだった。

 向かい合うように座ったクロイス達は、それぞれの前に茶器を置いてから一息吐いた。


「では、伺おうじゃないか」


 硬い表情で告げたクロイスに、十兵衛は頷く。これから語る突拍子も無い話をどうか信じて貰いたいと願いつつ、ゆっくりと真摯な声色で語り始めた。


「まず、私の出身はこの世界ではありません。別の世界の、日本という国から参りました」

「な……! 十兵衛君もなのか!」


 目を瞠ったクロイスに、スイは「も、ってことはハーデスさんもですか!」と驚きの声を上げた。


「そうだ。私の場合はもう少し違う。まず、世界は複数あるという認識をしてほしい」


 そこからハーデスは、自身と十兵衛のことを語った。

 世界や次元は複数あり、自分はその中で万物の【死】の律を司る者だということ。

 律の管理者として数多の次元を管理し、その仕事の最中、不死を望んだはずの部下が自ら死を選んでいく事に疑問を感じ、解を得るために十兵衛を喚んだこと。


「私はハーデスの知りたい事を知る手伝いと、自分の世界へ戻る方法を得るために、この世界を巡ろうと思っています」

「その矢先に、私達はスイと出会ったんだ」


 カルナヴァーン関連を通じて、ハーデスはこの星の魂の循環に問題があることを知った。


「本来、アンデッドというものは生まれない。十兵衛の世界でアンデッドが発生しないのは、星が魂の循環をきちんと為しているからだ」

「そんな……! アンデッドの歴史は随分古くからあるはずです」


 だから神官の祈りがあるのだと、スイは語る。

 しかし、それ自体がおかしいことなのだとハーデスは断じ、「何よりまずいものがある」と眉間に皺を寄せた。


「十兵衛にも語ったが、魔石の問題だ」

「魔石が……?」

「あれは、ハイリオーレ……魂の装い、もとい魂の欠片だ」

「は……!?」


 音を立てて立ち上がったクロイスに、ハーデスは低い声で告げる。


「これより話すことは、本来高次元領域に至った者が知る知識だと心得ろ。隠しているわけではないが、高められた魂が向かう領域でようやく手にする知識だ」

「そ、れは……」


 我々のような存在が知り得ていい知識なのか、という疑問を呈す前に、事実はあっさりと明かされた。


「魂は、他者から向けられる好意、感謝、尊敬、憧憬といった、善に傾いた思いの力、もしくは過度な自己愛によって育つ。これを魂の装い――【ハイリオーレ】といい、ハイリオーレを高めることで魂が大きく成長するのだ」

「……!」


 この話は、十兵衛も知らない知識だった。言葉を忘れた三人に、ハーデスは続けるように語る。


「生まれ落ちた場所で何度も輪廻転生を繰り返し、その度にハイリオーレが高まる。そうしてある一定の領域に達すると、魂は得たハイリオーレを翼とし、魂の海――【リオランテ】へと旅立つ」

「リオランテ……」

魂の海(リオランテ)は次元の境界線だ。そこからまた新たな次元へと魂は飛び立ち、残ったハイリオーレを魂の核へ変容、拡大させ、生まれ落ちた場所で再度輪廻転生を繰り返す。そうして何度も何度もハイリオーレを高めて旅立ったその先で、命は大いなる魂を得るに至る、というわけだ」

「……何に生まれるか、選べるようにもなるのですか」

「そうだな。高次元領域でも最高位にもなると、自身で選ぶ者も多い。人気なのは星だ。この世界で例えるなら、小さな細胞や虫、草、魚、動物、人間等、そういった転生の経験をした者が今度はそれらを生み出し管理する側になってみたいと、星を次なる命に選ぶ」

「待ってください!」


 青ざめた顔のスイが、耐えきれないと言わんばかりに立ち上がり声を上げる。


「なんだ」

「星、星って……! じゃ、じゃあ星にも死が、星が死ぬことがあるんですか!?」

「あるとも」


 間髪いれない断言に、腰が抜けたようにスイが椅子に座りこんだ。



「星も死ぬ。宇宙も死ぬ。次元だって死に至る。言っただろう、私は死の律を司る者だと」





 そこまで聞いて、立ち上がったままだったクロイスも、スイに倣うように席に着いた。


 ――もはや、顔も上げられない。


 これが事実だとしたら、目の前の存在はなんなんだ、と身体が震える。

 神よりも星よりも宇宙よりも偉大な、そんな存在。それが、目の前にいる男だなんて、信じたくもなかった。



 ――けれど。




「……だからお前、怒っていたんだな」


 ――十兵衛だけは、普段と変わらない様子で納得したように頷いた。


「ハイリオーレは、詰まる所その者の生きた証だ。自己愛はともかくとしても、他者から向けられる善き思いの力に至るまで、魂の持ち主はそれはそれは努力したことだろう」

「……十兵衛、さん」


 その言葉に、はっとスイが顔を上げる。


「本来であれば、死ねばハイリオーレを保ったまま輪廻転生の流れに乗るはずなのに、それを魔物達は魔石としてもがれ、あまつさえ道具となったり力として利用されたりする。それは、命への冒涜にも値する、ということだな」

「……そうだ」

「それは、俺でも怒りそうだ」


 困ったように、眉尻を下げて十兵衛は笑う。


 その言葉を聞き、ハーデスは瞼を閉じると。




 ――小さく、本当に小さく、嬉しそうに口角を上げた。


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