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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第二章:神官と魔法使い
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23話 魔石の行方

「さて、娘の蛮行はリンドブルム各所から報告を受けているんだが、どれも街を出たあたりで途絶えていてね。君達の話を是非伺いたいんだ」


 口元は柔らかい微笑みをたたえながらも、まったく目が笑っていないクロイスと横並びで座りながら、スイはこめかみに汗を滲ませた。


 互いの簡易的な挨拶も終え、本格的にこれまでの話をしようと向かい合わせに腰を下ろした矢先の事だ。真っ先に父の激怒を思い知らされたスイは、助けを求めるようにロラントに視線を向けた。

 しかし、ロラントはにっこりと笑って首を横に振る。次いで、真向かいで十兵衛の隣に座っているソドムにも目を向けたが、ソドムも気難しい顔で首を横に振った。


 ――もはや頼れるのは十兵衛達しかいない。


 十兵衛とハーデスに「どうか良い感じにフォローお願いします!」と言外に滲ませた強い視線を向ける。

 それを感じ取ったのか、十兵衛は軽く頷くとクロイスに事の成り行きを語り始めた。


「スイ殿とは、マルー大森林で出会いました」

「ほう、それは一人で?」

「一人……? はい、スイ殿お一人でしたが」



 ――十兵衛さーーーーん!!



 スイは心の中で絶叫した。


 公爵令嬢のスイは、基本的に一人での行動を許されていない。

 リンドブルムの中であればクロイスが放っている隠密の護衛がいるため目こぼしはされているが、街の外は論外だ。

 通常の護衛だけではなく、腕利きの騎士や魔物との戦いにも長けた冒険者が護衛について、ようやく出歩けるようなものなのだ。

 しかし、十兵衛はそんなことを知る由もない。

 クロイスのこめかみにバキッと青筋が走った所で、「十兵衛」とハーデスが声を上げた。


「なんだ? ハーデス」

「お前、城の姫君が一人で外に出歩いていたらどう思う?」

「それは護衛をつけないといけませんと怒るが……あっ」


 はわわ、と手で口元を覆った十兵衛に、スイはがっくりと肩を落とした。


「十兵衛君。君がとても素直で好青年な所は誇るべき長所だ。そのままの君で居て欲しい」

「あ、いや……」

「どうか、()()()()()()()居て欲しい。分かるね?」


 この先スイが他にやらかした事があれば余す所なく伝えろ、と言外に告げたクロイスの意図を、十兵衛は明確に察して小刻みに頷く。

 その様を見て満足げに頷いたクロイスは、すっと居住まいを正した。


「娘の件は置いておいて、本題に入ろうか。カルナヴァーンを討ったというのは本当か?」


 頷いた十兵衛は、ソドムに見せた時のように背負い鞄からカルナヴァーンの魔石を取り出した。


「私が首を落としました。目撃者は現場となったロキート村にも多数おりますので、不審あれば聞いて頂ければと」

「何、これを見れば嘘ではないと分かる」


 卓上に置かれた魔石に手を翳し、【看破(ペネトレイト)】の魔法をかけたクロイスが深く頷いた。


「……あの、私は魔法とやらが使えないから分からないのですが、【看破(ペネトレイト)】という魔法はそういったことも見抜けるんですか?」


 おずおずと質問した十兵衛に、クロイスは「そうだな」と微笑んだ。


「簡易的に説明するならば、【看破(ペネトレイト)】はかけた対象の情報を抜き出すものなんだ」

「情報……」

「例えばここにある砂糖に【看破(ペネトレイト)】をかけるとする」


 そう言って、クロイスは卓上のシュガーポットを指さす。


「そうすると、術者にこの砂糖が『砂糖である』という認識と、どこの原産のものかが情報として入るわけだ」

「原産地も分かるんですか」

「術者の知識にあればな。知らない地名は表記されない。名を知らねば認識が出来ない、そういう類のものだ」

「つまり……、この甘い物を我々は砂糖と認識しているから砂糖と表記出来るわけで、そうでないものは紐付けることができない、と」

「そうだ。故に【看破(ペネトレイト)】を使う魔法使いは博識でなくてはいけない。【看破(ペネトレイト)】したけれど分かりませんでした、では済まないからな」


 ただ、【看破(ペネトレイト)】は見通す魔法でもあるが、何もかも見通しては欲しい情報が見つけにくくなるため、出力を絞る事が推奨されているとクロイスは語った。

 例えば人を対象に【看破(ペネトレイト)】して、本当はかかっている魔法を知りたいだけなのに、彼はどこそこの息子の誰々で、来ている服の材料の原産地がどこどこで、などと表記されては切りが無いからだ。


「私もソドムも、カルナヴァーンの事を知っていた。故に、この魔石は【看破(ペネトレイト)】でカルナヴァーンのものであると紐付けられた、というわけだ」

「なるほど。ありがとうございます、理解出来ました」

「それは何よりだ」


 少し脱線した話でも、クロイスは鷹揚に受け止める。その心根の広さに感謝しながら、十兵衛は丁寧に礼を述べた。


「それでソドム。この件について箝口令は敷いたか」

「えっ」


 きょとんとしたソドムに、クロイスはしばし目を瞬かせると深く溜息を吐く。


「……ソドム……」

「しかし閣下、七閃将を討たれたんですよ!? 喜び讃えるならまだしも箝口令など……」

「冒険者ギルド所属の者や、王国騎士団、領主配下の騎士団に所属している者ならそれでも良かっただろう。だが、彼はどこにも属していない」

「あっ……!」


 気づいた事があったのか、ソドムの顔がさっと青ざめた。


「後手に回ったが仕方ない。とりあえず現状出来る限り箝口令を敷いてこい。間に合わないかもしれないがな」

「はっ! 大変失礼致しました! 早急に対処致します!」

「ロラント、多少使っても構わん。商人達にも根回しを」

「承知致しました」


 慌てたようにソドムが部屋を退出し、ロラントも続くように静かに出て行く。

 それを見送り、クロイスは「すまないな」と十兵衛に頭を下げた。


「すみません、謝罪の理由がよく分からず……」

「お父様、十兵衛さんは世情に疎い所があるんです。宜しければご説明をしても?」

「分かった」


 それまで神妙に黙していたスイが声を上げる。許可を出された事に頷き、スイが言葉を引き継いだ。


「十兵衛さん。十兵衛さんがカルナヴァーンを討った事は、何よりの誉です。ソドムさんも仰っていた通り、喜び讃えられる所行です。しかし、その栄誉を自らのものにしようとする輩は、世に必ず存在します」


 確かに、配下の偉業を自らの手柄のようにする主は存在するな、と十兵衛は心当たりを思い浮かべて内心頷いた。


「父の述べたような所に属している者であれば、そこまで問題ではないのです。偉業を果たした者を褒めこそすれ、その栄誉を奪おうとする輩はなりを潜める。その者が所属する所に喧嘩を売りにいくなど、向こう見ずな人はいませんからね。……でも、貴方はどこにも属していない」

「故に、そういう輩の直接的な接近がある可能性が高い、と」

「そういうことです」

「お前、分かっていて何故ソドムに伝えなかった」


 苦言を呈したクロイスに、スイは眉尻を下げた。


「分かっていたからこそソドムさんの所に行ったんですよ。一番に伝えてあげたかったのもさることながら、あの方はお父様のご友人じゃないですか。そういう事だって聡いお方でしょう? それに私、パムレでのんびり上るから後の事はお願いしますって、ちゃんと伝えましたよ」

「こと、カルナヴァーンの件に至ってはあいつだって冷静ではいられないだろうが。そこも加味して言葉にせんか」

「十兵衛さんの前で言えと?」


 スイがぎろりとクロイスを睨む。意趣返しのように唸らされたクロイスは、腕を組んで眉根を寄せた。


「そこは……すまん。無配慮だった」

「私からも謝罪を。十兵衛さん、貴方に心労を負わせる結果になってしまって、本当にごめんなさい」


「ですが、」とスイが力強い目で十兵衛を見つめる。


「貴方の栄誉は奪わせない。それは必ずお約束致します」


 真剣な声色に、十兵衛は思わず息を呑んだ。

 こちらの世界のことはまだまだ理解が及ばないことも多い。しかし、スイがここまで言うからには、七閃将を討つということがどれほど世界に重大な影響を及ぼすか察するにあまりある。

 神妙に頷いた十兵衛は、「スイ殿を信じます」と微笑んだ。


「……どちらかといえば私の台詞なんだがな」


 領主の力が強いのは、娘ではなくオーウェン公その人だ。その言葉に、スイは「お父様が言わないから私が先に言いました」と悪びれなく言った。


「さておき、まずは身元証明書だ。スイがソドムに言った通り、そちらは私の方で手配しよう」

「ありがとうございます」


 十兵衛は深く頭を下げる。


「それから君の所属についてだが……」

「リンドブルムのオーウェン騎士団に入って貰っては駄目なんですか?」


「籍ぐらいすぐに用意出来るじゃないですか」と不思議そうに言うスイに、「分かってないな、お前」とクロイスは肩を竦めた。


「オーウェン騎士団に入れば、主は私となる」

「それが何か……」

「十兵衛君は、それをよしとしないだろう?」


 不敵に笑われて、十兵衛はぐっと顎を引いた。


「お察しの通りで、ありますれば」

「だろうとも。名乗りに主の名を上げるほどだ。よほど君は忠義に篤いと見える」


「良い配下だ」と手放しに褒められ、黙して唇を引き結ぶ。


「だから私は、君の身元は保証するが、君自身を囲おうとは思わない。まぁ、カルナヴァーンを討てる腕だ。敵う奴も早々いないだろうが」

「お父様……」

「ただ、その魔石に関しては話は別だ」


 クロイスはすっと表情を改め、十兵衛に告げる。


「金に糸目はつけん。これを私に売ってくれ」

「え……」

「スイの心配も大元はこれにある。この魔石の力は強大だ。どこにも所属しない君が持って歩くだけで、どれほど世に影響を及ぼすか分かるまい。知らぬ力を持て余すなら、知る者に預けて欲しいんだ」


 クロイスの真剣な声色に、十兵衛は魔石へとおもむろに視線を向けた。


 ロキート村の村人は、この魔石一つで小さな国が出来る程の金になると言っていた。

 スイは、魔石は魔道具に使われたり、魔法使いが己の魔力を高めるために求めていると教えてくれた。


 ――そして、ハーデスは。


 ハーデスは、魔石がこの世に存在してはいけないものだと、憤っていた。


 どうしてこうなっているか分からないから、この星を調査し、場合によっては律の権能で正しい在り方へ戻すという。

 彼が本来の力を使用することも厭わない程の理由が、この魔石にあった。


 ――であれば。自分が出来ることは、一つしかないのではないだろうか。


 決意した十兵衛は深く頷き、ゆっくりと顔を上げた。


「あの、」

「なんだ、十兵衛君」


 良い返事を貰えるだろうか、とクロイスの瞳に期待が滲む。それに申し訳なさを感じつつ、十兵衛は頭を下げた。


「申し訳ない。どれほど金を積まれても、私はこれを売れません」


 スイとクロイスが目を丸くする。

 同様に、それまで黙していたハーデスも驚き、十兵衛を見やった。


「そのご提案は、きっと私を慮っての事なのでしょう。金の点でも、力の点でも、この魔石は存在するだけで人の欲による災いをもたらす」

「それを分かっていて何故断る」


 剣呑な表情になったクロイスに、十兵衛は真っ直ぐに視線を向けた。


「ハーデスが、怒ったからです」

「……何?」


 虚を突かれたクロイスは、十兵衛の隣に座っているハーデスを見た。

 当の本人も、十兵衛の言葉が以外だったのか、目を見開いている。


「ハーデスは、あらゆる命を尊ぶ男です。腹立たしい事も数多くあれど、それだけは信じられる。そんな奴が、この魔石を見て怒っていた。これは存在してはならないものだと」

「…………」

「であれば、きっと金に換えることも、力として使う事も、魔道具として使用することすらいけないことなのでしょう。それが、彼の琴線に触れる、命に関わることならば」

「十兵衛……」

「だから、私はこれを手放す事はしません。これより我が身にどれ程の災いが降りかかろうと、絶対に」


 重い沈黙が、応接室に流れる。

 それを破ったのは、ハーデスの長い溜息だった。


「……スイ」

「は、はい!」


 片手で眉間の皺を揉んでいたハーデスからの声かけに、スイがびくりと肩を跳ね上げる。


「お前の父は、お前の目から見て信用に足る者か?」


 信用に足るとはどういうことだろう、とスイは内心首を捻る。

 けれども、ハーデスの問いはスイ自身を信頼した上での言葉であることは間違いない。

 そんなスイの目から見た父の事を知りたいと、ハーデスは真っ直ぐに告げていたのだ。


 ――だから、スイは力強く頷く。


 賢く、厳しく、それでいてお転婆な一人娘の面倒を呆れずにずっと見てくれる。そんな父を、スイは心から尊敬していた。


「はい。父、クロイス・オーウェンを、私は心から信頼しております」


 揺るぎない声で言い切ったスイを、クロイスは驚きと喜びがない交ぜになった感情を胸中で持て余し、両手を握りしめた。


「良かろう。ではお前の父を含めて、これより魔石についての話と、私達の話を伝える」

「……それは、」

「お前が言っていたのだろう? 内密の会談だって行える、いい場所があるのだと」


 口角を上げたハーデスに、スイは昂揚したように頬を赤らめ、「はい!」と元気よく返事をした。



「ご案内します! すぐにでも!」


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