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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第二章:神官と魔法使い
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21話 古き物語は紡がれる


◆◆◆




 ――昔々ある所に、一人の男がおりました。


 彼の名はオーウェン。偉大なるオーウェンと呼ばれた、当代随一の素晴らしい魔法使いです。

 彼は世界中を旅して周り、魔法の研究を深めると共に、困りごとがあれば行く村々で人助けをしておりました。

 そんな彼は旅の道中、一匹の竜と出会います。




◆◆◆




「……十兵衛、口が開いてるぞ」


 ハーデスの指摘にはっとした十兵衛が慌てて口を閉じる。けれども、目の前で繰り広げられる魔法の大乱舞に再び口が開いたままになった。

 呆れた様に溜息を吐かれたが、そちらに気をやる余裕がまったくなかった。


 語り手の言葉に合わせて、水の魔法が形を作る。竜となったそれに骨格を添わせるように木が這い、彩るように光が入れられ、鮮やかな光景がまるで絵画のように空中に描かれる。

 時折飛んでくる波飛沫も、木の魔法から落ちて水に浮かぶ新緑の葉も、星々の煌めきのごとく眩く光る魔法も。何もかもが刺激的で、十兵衛は言葉にならない感動が胸に宿るのを感じた。

 何より流れる音楽がこれまた素晴らしかった。

 劇場艇から響き渡る音は弦楽器の音色が多かったが、どこか郷愁を覚える軽やかな拍子に心が躍る。




◆◆◆




 ――互いの魔法を消し去った後、竜は自ら名乗りました。

 リンドブルムと名乗った竜は、しょんぼりとした顔でオーウェンに言います。


「私は水が大好きだ。川も海も雨だって、堪らなく大好きだ。だから水の魔法を極めたのに、君に敵わないのがとても悔しい」


 そう言われたオーウェンは、楽しそうに笑いました。


「何、魔法は競うものでもない。困っている人を助けたり、楽しく見れればそれでいいのだ」


 偉大なるオーウェンと崇められても、オーウェンのその心はいつだって少年のようであったのです。

 いつでも楽しい魔法をという心がけに胸を打たれたリンドブルムは、「そうだ!」と声を上げました。


「私の大好きな川の一つに、パルメアというものがあるんだ。どうだろう、君と私で、そこに街を作ってみないか」


 壮大な話に、オーウェンは大層驚きました。


「街? どんな街を作るっていうんだい」

「水の街さ! 街中に水路が通っていて、私の大好きな水がいつだって見られて、そこに住む人々も水を大好きになれるような、そんな街に!」


「楽しい街になると思わないかい?」と笑ったリンドブルムに、オーウェンは「素晴らしい!」と声を上げました。


「リンドブルム、君の魔法と私の魔法があれば、きっとどんな事だって出来るだろう。たくさんの『楽しい』を、共に味わおうじゃないか!」


 そうしてオーウェンは、生まれて初めて竜の友達が出来たのでした。




◆◆◆




「……お前達……」


 ハーデスの呆れのこもった視線の先で、十兵衛とスイが号泣していた。

 魔法劇場「リンドブルムと魔法使い」はパムレの上層到達に伴い終幕となり、間もなく開かれる入口へと船が並び始めている。


「り、リンドブルムとオーウェンの別れが、辛すぎる」

「そうでじょう、そうでじょう十兵衛ざん! 毎回あそこで泣くんですよ私!」

「初見の十兵衛はともかく、スイは何度も見て知ってるんじゃないのか」

「でも耐えられないんです~!」

「竜だって一緒に住んでいいじゃないか!」


 わぁ! と顔を覆った二人に、ハーデスは天を仰いで溜息を吐いた。





 話の中で、リンドブルムとオーウェンは、見事水の街を完成させた。

 けれど、どれほど大きな水路を作ってもリンドブルムがすいすいと泳ぐと波が立ち、家々が流されてしまう。

 困り果てたオーウェンは水路に壁でも張ろうかと提案したが、それでは人々と水の触れ合いが減ってしまうとリンドブルムは嘆いた。

 そこでリンドブルムは、名案を思い付く。

 大好きな水と自分が一緒になれば、大きな体で波を立たせる事もなく、皆を運ぶことだってできるのではと。

 そうしてリンドブルムはパルメアの川に溶け、友を失ったオーウェンは大粒の涙を零したという。

「偉大なる名を遺すために、街にリンドブルムと名付けよう。私も領主として幾年月まで名を遺し、いつまでも君の側にいられるように」――と。





「この街の紋章に、竜と魔法使いと水が描かれてる理由がこれなんです」

「凄い……ちゃんと二人の意志が残っているんだな」

「そうなんです! オーウェン家頑張ったんですよ!」

「はっ……つまりスイ殿は」

「ふふ……お察しの通りです!」


「握手してください」と先ほどの握手会よろしく求めた真顔の十兵衛に、スイは「苦しゅうない」と演技がかって力強い握手をした。


「別にこの水に寿命は見えんが」

「やめろハーデス! 夢の無いことは!」

「そうです! 川で溶けたってことは海にいっていずれ雨になってとかそういう事も考えたらいけないんです!」

「自覚はあるんだな」


 肩を竦めたハーデスの視線の先で、先ほど劇を上演していた魔法使い達が水路側で並んでいた。

 先んじて劇場艇から上層へと降り立った彼らは、カーテンコール代わりに水路を進んでいく人々へ感謝と紹介の声を上げている。


「先ほどご覧頂いた上演は、このウィルが! ウィル・ポーマンが仕切らせて頂きました!」

「いえ! この私、木の魔法使いダニエラ・ココが! 細やかな演出を担当しております!」

「なんの! 光の魔法使い、ジーノ・ロヴェーレの光の魔術があってこその映え!」

「どうぞ! この機会に名前を! 名前を覚えていってくださいませ~!」


 これでもかというほどの迫力で売り込む様に、さすがのハーデスも呆気に取られる。


「よほど生活が苦しいのか?」とスイに問えば、「魔法使いはみんなあんな感じですよ」と笑われた。


「魔法使いの魔力は、知名度や人々からの感謝の積み重ねで上がっていきます。魔石から魔力を得る形もありますが、魔物はなかなか魔法使いの前に姿を現さないので、メインはやはりこういった活動になりますね」

「ほーう……」


 瞬時にハーデスが表情を無くす。魔法使い達に視線を向けているせいで気づかなかったスイは、「魔法使いは、世界各地に建っているバブイルの塔で、深淵を覗いた人々なんです」と言葉を続けた。


「神官を目指す者以外は、おおよそ十歳から十二歳前後でバブイルの塔を目指します。そこで星に選ばれた者が祝福を賜り、魔法を使えるようになるんです」

「それは興味深いな。近い内に行ってみたいものだ」

「では今度行ってみましょう! 奥までは行けなくても、観光程度なら見せて貰えるかもしれません」


「私も見てみたかったんですよね~」と気軽にスイは言う。

 それを耳にしつつ、ハーデスは鋭い眼差しで魔法使い達をじっと見つめるのだった。


 他の船に揉まれるようにゆっくりと水路を進むことしばし、「スイ様!」と聞き覚えのある声が前から届いた。


「ソドムさん!」

「良かった、合流出来ました。御父上と連絡がつきましたので、急ぎ参りましょう」


 陸路から船へと飛び乗ったソドムが、船の後ろへと周り床に手をつく。


「あ、もしかして急ぎって……」

「はい、飛んで参ります。すまん、出来る限り水飛沫を立てんようにするが、周囲の者らは注意を払ってくれ!」


 ソドムが周りに声をかけるや、心得たように船と船の間隔が開けられていく。

 何が起こるか分からず、きょとんと目を瞬かせている十兵衛とハーデスに、スイがこっそり耳打ちした。


「あの、本当に言葉通り飛んでいくので、船の縁を掴んでいてくださいね」

「……えっ」

「ほう、やはりポトラで高い所に慣れておくべきだったな、十兵衛」

「では参りますよ!」


 ソドムの手の下で魔法陣が広がる。

 途端に船体が水から浮かび上がり、大量の水を滴らせた後、高度を上げた。


 十兵衛が叫ぶ間もなく発進した小舟は、怖ろしいスピードでリンドブルムの中心地、オーウェン公爵家本邸へと向かうのだった。


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