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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第二章:神官と魔法使い
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19話 水の都リンドブルム

 マルー大森林は、ダルメシア連峰から裾野に広がる豊かな森だ。水資源も豊富であり、湧き水はいくつもの川を生んだ。

 その中のいくつかの川が一つに繋がってパルメア大運河へと変化し、大運河を拠点とした交易都市が発展したという。


 色とりどりの石造りの家々。屋根はどれも急勾配で天へと高く聳えており、美しい水の流れの上をいくつもの船が行き来していた。

 往来の道は石畳が扇を重ねるように緻密に敷き詰められ、行き交う人々も明るい色の衣服を着て皆が皆裕福そうに見える。

 鑑賞用なのか要所要所に木々や花々が植わっており、石造りの街並みでも冷たすぎない印象が、上手に生み出されていた。

 そんな光景を直視し固まっている十兵衛に、馬車から先んじて飛び降りたスイが、迎え入れるように両手を広げる。


「ようこそ! 水の都、リンドブルムへ!」





 始めに足を踏み入れた場所はフォーリ区画といい、スイ曰く「一般市民でも下級階層の人々が住む場所」との事だった。別段差別があると言うわけでは無く、都市部の中心に在る城壁より外に住まう人々の街であるという。


「リンドブルムは交易が盛んですからね。ここで商売をした方がやっぱり儲かりますから、外でもいいから住ませてくれっていう人達が集まって発展しました」

「なるほど……。やはりこうも人が多いと獣達も近づいてきたりはしないのか?」

「稀にあります。おこぼれに預かろうと盗賊がやってきたりもしますが、そこら辺は自警団の皆様が努力なされていますね。フォーリ区画はお手頃価格の物が多くありますから、給料日前のリンドブルムの騎士達が集まったりして、そういう点でも治安は良い方だと思いますよ」


 そう言いながら、とある露天でスイが串焼きを買い求める。


「お嬢様、またかい」と店主の男に呆れたように笑われていたので、高貴な身分のスイが頻繁に身分に合わない事をしでかしているのを十兵衛は知った。


「今日はお友達に、おじさんの串焼きのファンになって貰おうと思って連れてきたんです。ということで三本下さい」

「あいよぉ、ちょっと待ってな。うちの丸羊(カロブ)の串焼きは焼き立てが絶品だからよ。すぐに用意してやるよ」

「ありがとう!」


 肉が炙られる香ばしい匂いに食欲をそそられながら、十兵衛は店主と言葉を交わすスイを見守る。その中で、黙って着いてきていたハーデスがこっそりと十兵衛に耳打ちした。


「あれはもしや、私にも振る舞われるのか?」

「三本と言っていたから、おそらくそうだと思うぞ」


 途端に、ハーデスの目がキラキラと輝く。その様に十兵衛は肩を竦めて、口角を上げた。











 ――ハーデスは元々不定形の存在だが、その次元や星に合わせた身体を取る事が出来るという。今回の場合人間にほど近い身体を取ったハーデスは、食事にいたく関心があった。


 他の生き物の命を糧とし、自身を生かす熱量へと変える生き物は多い。中でも味への追及を食事に求める種族は、律の管理者達にとってなかなかに興味深い存在だった。


「せっかく頂く命であれば、美味しく作り賞賛しながら食う事こそ最大の礼であると、かつて出会った種族は言っていた」と、ロキート村でのささやかな晩餐を賜った夜、ハーデスはもりもり食べながら言っていた。


 食べはすれども食べた矢先から星に還元するエネルギーに変えているというハーデスは、満腹中枢というものが存在しない。

 故に次から次へと皿を空にしていく様に、十兵衛が「そ、そこまでにしておけ」と止めるはめになった。



 おかげでスイやロキート村の人達には、ハーデスがとてつもない大食漢だと思われている。









 ――そんな事件を思い出しながら、スイに差し出された串焼きを十兵衛とハーデスは有り難く受け取った。

 香辛料がかかっているのか、十兵衛の味覚からすると少し塩辛かったものの、鼻を抜けるような芳ばしい香りとじゅわりと広がる肉汁の味わいに感動を覚える程で、夢中になって食べた。


「これは旨い!」

「うむ。とても美味だ」

「良かったです! 私も大好きなんですよ、フォガおじさんの丸羊(カロブ)の串焼き」

「言ってくれるねぇ。あんちゃん達、もう一本どうだい?」


 気前良く店主が串焼きを二本差し出す。ハーデスが食事に関心があるのを知っていた十兵衛は、自分に差し出されたもう一本の串焼きもハーデスに渡してやった。


「いいのか」

「構わん。俺はお前ほど大食漢ではないからな」

「そうなんですよおじさん。ハーデスさん、すっごく食いしん坊なんですよ」

「へ~。そりゃよかったじゃないか。なにせここは美食の街でもあるから、ゆっくり滞在してじっくり味わっていくといい」

「そへはきょうみむはい」


 もごもごと串焼きをたくさん頬張りながら、ハーデスが目を煌めかせる。その様がまるでご飯をいっぱい口に詰め込んで食べる子供のように見えて、十兵衛とスイは声を上げて笑った。









 パルメア大運河の高低差を利用しているリンドブルムは、関門にあたる検閲所が城壁側の水上エレベーターにあった。東西それぞれにある水上エレベーターへと、いくつもの水路から荷を乗せた船が集合するため、検閲所側の水路が混雑するのは日常茶飯事だという。


 そんな検閲を待っている商人や旅人の側には屋台がたくさん立ち並び、「ワンコインで食べられる蒸しパンは如何~!」だの「飲み終わったら検閲所側で回収! きんきんに冷えたジョッキでエールが飲めるよ!」だの「みんなもよおしてないかい!? お手洗いも休憩もこちら!」だの商魂たくましいリンドブルムの商人達が呼び込みをしている。

「上手にやっているなぁ」と十兵衛は呆気に取られながら、陸路を徒歩で歩いていた。

 荷の少ない旅人は比較的空いている検閲所へと回される。水上エレベーターは二種類あり、荷物が多い商人達は巨大水上エレベーター――通称、【パムレ】で一気に上層へ上げられ、荷の少ない者は小さな水上エレベーター――【ポトラ】で上がるという。


「これを水閘というんですよ」

「すいこう?」

「はい。異なる水位へ船を移動させる際、上下それぞれに門をつけて水を溜める区画を設け、上から水を流し込むんです」

「……聞いた感じでは水攻めにも思えるな……」


 ぶるりと身を震わせる十兵衛に、スイは「そう見えてもおかしくないですね」と笑った。


「ここでは有室閘(ゆうしつこう)を採用していますが、初めて入る人はやっぱり怖いそうです。だからリンドブルムでは、ちょっとした劇をパムレで披露するようになったんですよ」


 もう一つの水上エレベーターは、水車の応用で人を引き上げるものであるらしい。幾人かを小さな室内に乗せ、ガラス張りの壁から外を眺めながら上る事の出来るポトラは、とても人気の場所でもあった。

 けれども高い場所に慣れていない人間にとっては恐怖の箱であるらしく、その話を聞いた十兵衛は無言で首を横に振った。


「じゃあ今日はせっかくですから、パムレでのんびり行きましょうか」


 そう提案したスイは、検閲所へ向かう列に並ぶ。

 元々ここに住んでいるスイには必要ないのでは? と十兵衛は思ったが、彼女なりの考えがあるのだろうと黙って付き従うことにした。







「民と同じ様にと順番を待つ姿勢は素晴らしいことですが、ご自身の影響力というものもきちんと把握してくださいね」


 検閲所の筆頭格と思われる男が、不機嫌そうな顔で書類に判を捺す。

 後ろに立っていた側近は困ったように笑い、叱られたスイは心から反省し「ごめんなさい」と頭を下げた。


 ソドムと名乗ったその男は、この西の水上エレベーターで検閲官を務める男だった。

 【看破(ペネトレイト)】の魔法を用いて荷や旅人の装備を検閲し、街に危険を及ぼす者ではないか確認する最後の砦を務める者だ。

 ソドムが怒っていたのは、検閲所の列に並んでいたスイが「オーウェン家と繋がりを持ちたい」と願う商人達からやたらと握手を求められたせいで、現場が混乱状態に陥ったからである。そういうことがないよう、上層の住人達専用のルートが用意されているというのに、スイはあえて違うルートを選んだのだった。


 さすがにそれに関してはぐうの音も言えず、スイも猛省する。唐突の握手会で人波に攫われていくスイに十兵衛も慌てたものだが、検閲所に勤める騎士達が場をとりなしてくれたおかげで、事なきを得たのだった。


「さて、スイ様への【看破(ペネトレイト)】結果は大丈夫です。お通りください」


 結果を受けたスイが、ほっと胸を撫で下ろした。

 元からここの住人であるスイも検閲を通るのは、荷や危険物を発見するためだけではない。

 万が一外で魔物に【魅了(チャーム)】の魔法でもかけられていた場合、知らぬ間に魔物を引き入れる手引きをする可能性がある。そういったことを防ぐためにも、リンドブルム中心街へ入る人々への検閲は必要不可欠だった。

 検閲官という職に就くすべての者が【看破(ペネトレイト)】の魔法を使えるのは、この街では周知の事実でもある。


「それで? その者達がスイ様のお友達、でありますか」


 怪訝そうな顔で窺うソドムに、十兵衛とハーデスは小さく会釈する。


「八剣十兵衛です。こちらはハーデス。侍……剣士をしております」

「なるほど。しかし身元証明書もないとは……困りましたな」


 じろりと睨みつけられ、十兵衛も困ったように眉尻を下げる。

 通常、この世界では生まれた土地を有する領で、身元証明書が発行される。小さな銅版で作られるそれは首飾りとして肌身離さず携帯し、街に入る際には提示することが求められた。


「ソドムさん、それについては海よりも深く、山よりも高い理由があるのです」


 スイは流暢にすらすらと語る。


 曰く、十兵衛はマルー大森林より奥深くある山に捨てられた捨て子だった。そこで厭世的で人里離れたところに住んでいたハーデスが十兵衛を拾い、ここ最近に至るまで二人で過ごしていたという。故に身元証明書についての知識を得るなど出来るはずもなく、そんな中カルド村の少年が狼に追われていた所をたまたま散歩中だった二人が見つけ、助けた事でスイとの出会いにも繋がった、と。


「育てたって、君達似たような年齢の顔に見えるが」

「いやそれがまったく」

「凄まじく年を重ねているぞ、私は」


「凄まじいって……」と胡乱気な目を向けるソドムに、十兵衛はもはや言葉もない。

 さすがにその言い訳は厳しいだろうとスイに視線を向けると、スイは「まぁ嘘なんですが」とすんなり言い切った。


「スイ様。この場でふざけられては困ります」

「嘘なんですが、ソドムさん達にはそういう風に広めておいて貰いたいんです」


 話の風向きが変わり、おや、と室内にいる面々が片眉を上げる。


「後程、オーウェン家が後ろ盾として証明書を発行します」

「……そこまでする理由があるのですね?」

「はい」


「カルナヴァーンを、十兵衛さんが討ったので」



 ――勢いよくソドムが立ち上がったせいで、椅子がけたたましい音を立てて倒れた。



 だが、そんな音すら気にならない程、空気が重い。絶句していたソドムが十兵衛を強い目力で見つめ、「本当なのか」と掠れた声で問いかけた。

 その問いに深く頷き、十兵衛はアレンがくれた背負い鞄からカルナヴァーンの魔石を取り出す。


 ――それを目の前の卓上に置かれて、ソドムは。





 ――ソドムは、大粒の涙を零した。


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