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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第二章:神官と魔法使い
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18話 友の来訪

 ――十兵衛達がカルド村から旅立って、三日程経った頃。


 カルド村では、アイルークからの願いもあって十兵衛達が置いていった金品――結局スイも受け取らなかった――を、人を雇うために使う事となった。


 十兵衛本人はアレンの生活の助けになればと思っていたのだろうが、アイルークに言わせれば「ちゃんと稼いでるから大丈夫」である。

 故に、その金はマルー大森林で遺体となって放置されている被害者達の埋葬の資金として使われる事になったのだった。


 雇う人間の人選は、アイルークに任された。薬草売りのアイルークは交友関係が広く、その点は間違いないと村長の太鼓判が押されていたからだ。

 それにあたって手紙や書類の手続きを迅速に行い、定期便で来る郵便大鷲(ポスグル)に渡したアイルークは、満を持してアレンにとある提案を勧める事にした。






 


「は? 俺が薬師に?」


 日課の薬草の天日干しをしていたアレンは、思わず目を瞬かせた。

 父親からの提案が、あまりにも突拍子がなかったからだ。


「ああ。知り合いが前から提案してくれていてな」

「あー、ガラドルフのおっちゃんだろ? でもあれは父ちゃんを誘ってたんでしょ」


 薬草の仕分けをしながら、アレンは過去に思いを馳せる。


 幾度か家に来たことがあるガラドルフ――世にも珍しいドワーフとエルフのハーフ、ガラドルフ・クレム――は、豪快で喧しく、気持ちの良いくらい笑い声のでかい大男だ。


 一年に数回程やってきては父親と酒を酌み交わし、あっさり潰してはガハガハと笑って自分も床で寝る、そんな男だった。


 飲みの席で何度も父親を薬師の道に誘っていたのはアレンも知っていたので、アイルークの提案は何かの間違いじゃないかと訝しんだ。


「確かにガルはそう言っていたが、私はそうは思わない。お前、もう日々扱ってる薬草はほぼ全て効能含め諳んじられるだろう」

「そりゃ……まぁ、仕事だから覚えたよ」

「それだ。そこがもう普通の子供と違う。大人になってから徐々に覚えていった私とは違って、お前は知識の基礎が既に出来ているんだ」

「だ、だからって……」


 手放しに褒められるのは悪い気分じゃない。確かに自分が薬師になれば、父親の仕事もこのカルド村で地産地消出来るようになるだろう。

 それは魅力的だけれども、と流されつつも、だからといって薬草学を学べる学校に入れる程の金が父親にあるとは思えなかった。


「うち、そんなに金持ってないだろ」


 そう言って肩を竦めたアレンに、アイルークは「実はある」と得意げに胸を張った。


「え!」

「父さんが貯めたのと、母さんがこっそり仕送りしてくれていたものを合わせてな」

「母ちゃんが!?」


 アレンの母親の記憶は朧気だ。二歳にもならない頃に母親はカルド村から出て行き、行方知れずだと聞いていた。それがまさか父親とやり取りがあったなんて、まったく知らない事実だった。


「そう多くない回数だったが……届けられた時は『どんなもんだー!』って聞こえてきそうな額が入っていたから、私も笑ったよ」

「か、母ちゃん……」


 幼い頃から母親はいなかったが、父親の「離婚したわけじゃない。お前の事だってちゃんと愛してくれているよ」という言葉だけが、アレンの母親へ向ける心の拠り所だったのだ。


 まさかそれがこういう形になって返ってくるとは思わず、感動に胸を震わせる。


「ま、あとお前が思っているような場所へいくわけじゃないから、懐事情は心配しないでくれ」

「え? 学校に行くんじゃ無くて?」

「そりゃ学校の方が潰しが聞くのは分かるんだがな。行くのはガルのご両親のところだ」

「え……!」


 そこまで聞いた時だった。にわかに村が騒がしくなり、アイルークもアレンも顔を見合わせて家の敷地から外へ出る。




 そこに居たのは、多くの武装した人間達を連れた、ガラドルフの姿だった。




「ガル!」

「おぉ! アイルークではないか! アレンも! 無事でよかった!」


 真剣な顔をしたガラドルフが、大斧と大盾を背負っているにもかかわらず、軽い足取りで走り寄ってくる。


「ど、どうしたんだお前。手紙を送ったのは今朝だぞ?」

「何? では我が輩と行き違いになったな。カルナヴァーンを追い払ったなどと言う巫山戯た話が広まってると弟子達から聞いてな。七閃将を舐めとるんかとリンドブルムで怒鳴り散らして人を集めて、大急ぎでやってきたんだ」


 そう言うガラドルフの後ろでは、天馬率いる中型規模の船から幾人もの人が降り始めていた。その中に知った顔を見つけて、アイルークは目を見開く。


「き、君達……!」


 アイルークの声を聞いた男が、ふと顔を上げ同じように目を丸くして、大慌てで走ってきた。


「貴方は薬草売りの! ぶ、無事だったんですね、良かった……!」


 安堵した表情で胸をなで下ろした男は、ロキート村でアイルークと村人達の頼みを無視して逃げ出した冒険者だった。剣士である彼の後ろに、後から追いついた射手と治癒師も駆け寄ってくる。


「丁度我が輩はリンドブルムから別件で近隣の町へと行っておってな。そんな状況になってるとは終ぞ知らなかった所を、こいつらが伝えに来てくれたのだ」


 誇らしげに剣士の頭を撫でるガラドルフを、アイルークは絶句しながら見つめた。


 彼らは、逃げたものだと思っていた。人を斬ることなど出来ないと、冒険者流の理由を盾に逃げ出した者達だと、アイルークは思っていたのだ。


 だが、彼らは知っていた。冒険者だからこそ、何よりガラドルフの弟子だからこそ、魔物の狡猾さを知っていたのだ。故に、あの時の彼らの最優先事項は、カルナヴァーンが戻ってくると仮定し最も倒せる可能性がある人間を呼ぶ事だった。


 剣士は撫でられた事で乱された髪を直すと、アイルークに深く頭を下げた。


「あの時は、申し訳ありませんでした。僕らの優先事項は師匠を呼びに行くことだった。人を斬れなかったのも、師匠の教えをどうしても守りたかった僕のエゴです」

「…………!」

「人とも魔物とも戦う騎士とは違い、冒険者は未知と魔物と戦う者だと。その領分を越えてはいけないと、僕らはその誓いを強く胸に刻みつけています」

「かといって私達の事情を知らないロキート村の人達には、酷い裏切りにも思えたでしょう。本当に、申し訳ないです」


 剣士と並び立って頭を下げる治癒師と射手に、もはやアイルークは首を横に振るしかなかった。


「君達は、呼んできてくれたじゃないか。苦しませずに殺せる人間を」

「父ちゃん……」

「私こそ、無理な願いと酷い思い違いを、本当にすまなかった」


 涙ぐみながら頭を下げるアイルークに、ガラドルフはふっと笑って空気を変えるように手を打った。


「さ、しんみりした話は終いだ! 我らはカルナヴァーンを討ちにマルー大森林を巡らねばならん。さしあたってカルド村で拠点を張らせて貰いたいんだが」

「す、すまん。そこはもう大丈夫だ」

「は?」


 何が大丈夫なんだと眉をひそめるガラドルフに、アイルークは困ったように笑いながら頭を掻いた。





「カルナヴァーンは討たれたんだ。侍と名乗る、一人の青年に」

 

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