17話 竜好きの神官
「リンドブルムは、大運河を囲うようにして作られた都市で、水の都とも名高いんですよ」
馬車での道中、実は十兵衛が都に行くこと自体初めてだという事を知ったスイが、嬉々として説明役を買って出た。
生まれ育った地でもあるからか、それはそれは誇らしげに語り始める。
「パルメア大運河からいくつも支流を伸ばし、小さな船で街を移動出来るようになってるんです。勿論橋も多くかかってますから、馬での移動もできますよ」
「大運河を……! 優れた治水の技術があるんだな」
「そうですね。治水技術は他の追随を許しません。その基礎を作り上げたのは、名高い魔法使いと水を操る竜だったという逸話が残っています」
「大ベストセラーの絵本にもなってますよ」とスイは得意げに笑った。
「そうか。こちらでも竜は水と縁が深いんだな」
感慨深く呟いた十兵衛に、スイが興奮したように食いつく。
「え! 十兵衛さんの所にも竜がいるんですか!」
あまりの目の輝きと大声に、十兵衛は思わずたじろいだ。
「よほどスイ殿は竜が好きなんだな」と笑い、期待に応えるべく故郷の竜の話をする。
「こちらでは伝説上の生き物とされている。竜神、竜王、色んな呼び名はあったが、大体が水を司る水神として祀られていたな。八岐大蛇という悪竜もいて、神が討伐し取り出した剣が、実際に伝説の剣として現存したという話もある」
「へ~! すっごくすっごく興味深いです! あ、あの、お互い急な出来事続きで全然詳しいお話出来てなかったんですけど、十兵衛さんの出身地ってお聞きしてもいいですか?」
「今それを聞くのか!」
スイの知的好奇心が思いの外竜に傾いている事を思い知った十兵衛は、困ったように天を仰いだ。生まれ育った地を語るのはいいが、なにせこの世界に存在しない地だ。そういう領分はどう発言していいか分からなかったので、「ハーデス……」と困り果てた声で屋根の上を飛んでいるハーデスに助けを求めた。
名を呼ばれたハーデスは、屋根の上から逆さまに顔だけ出した。
「なんだ」
「俺の出身地の話を尋ねられたんだが、答えていいものか一応聞いておこうかと」
「ふむ……」
「あ、もしかして秘密だったりします? ハーデスさん凄い人だって仰ってましたし……」
「凄いというかなんというか」と十兵衛は乾いた笑いを零した。
なにせハーデスはどんな尺度にもあてはまらない、規格外の存在だ。果たして説明しても信じて貰えるやら、である。
「……そうだな。これからの事を考えると、一人でもこちらで事情を知る者がいた方がいいかもしれん」
そんな中、逆さまのまま顎に手をあて考えていたハーデスが、自分の中で結論付けたのか軽く頷いた。
「リンドブルムにつき次第、話すこととしよう」
「教えて下さるんですか! わー! ありがとうございます!」
「いや、そんな楽しみにされてもだな」
「勿体ぶるということはすなわち秘密のお話じゃないですか! それなら是非我が家に来てください! 内密の会談だって行える、いい場所を知ってるんです!」
「スイ殿の?」
神官と聞いていた十兵衛は、てっきり尼僧のように寺やそれにあたる場所にスイが住んでいるのだと思っていた。それともこちらでは一人一人に家が与えられるのだろうか、と首を傾げた所、それまで会話に参戦していなかった行商人が、「びっくりすると思いますよ」と割り込んだ。
「お嬢さんの苗字を聞いた時、私も大層驚きましたからね」
「苗字が……?」
不思議そうに目を瞬かせるハーデスと十兵衛に、行商人は悪戯っぽく笑う。
「ええ。なにせこれから向かうリンドブルムの、街を治める大領主様と同じなんです」
「え……」
絶句する二人に、行商人が恭しくスイへと片腕を広げた。
「レヴィアルディア王国に古くから仕えし大貴族、オーウェン公爵の一人娘、スイ・オーウェン様が、こちらのお嬢さんなんですよ」
紹介に預かったスイは、「そんな大した人じゃないですよぉ」と照れ臭そうに笑う。
ぽかんと口を開けていた十兵衛は、こっそりハーデスに「天皇に仕える最高位貴族みたいなものだ」と教えられ、一気に顔が青ざめた。
「す、スイ殿。やはりこれからも敬語で……」
「いいえ! 必要ありません!」
「共に危機を乗り越えたお友達じゃないですか」と微笑むスイに、何も言い返せなかった十兵衛はがっくりと肩を落とすのだった。