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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第一章:冥王と侍
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幕間1-1 とある百姓の朝の話

 ――ぱちぱちと、火が爆ぜる音がする。


 私はこの音を聞くと、とても安心した。弟の小平太(こへいた)と共に今にも餓えて死んでしまいそうな時、この音と温かさに触れながら白粥をゆっくりと啜らせて貰えた記憶が、すぐに思い出せるからだ。


 あの時の味を、今もずっと忘れていない。命を繋いでくれた米に心底ほれ込んだのもその時だ。

 だから、今日も元気に田を耕して――と思った所でふと気が付く。



 ――なんで爆ぜてるんだ? まさか私、灰を被せ忘れた!?



 いくら小さな火種とはいえ、木造家屋には燃えやすいものも多い。火の処理が適切に出来ていないなどとんでもない話だ。

 夢見心地だった頭を即座に覚醒させ、がばりと身を起こす。


 一瞬ぼやけた視界に映ったのは、千代婆(ちよばあ)が囲炉裏の炭を火箸で弄っている姿だった。


「なんじゃいね。起きるにはまだ早いよ」

「ち、千代婆……」


 そう言われて窓の外を見ると、まだ日も明けてないのか真っ暗だった。けれど、そういう千代婆だって早起きすぎる気がする。

 掛け布団にしていた綿入れを着込みながら「千代婆だって早起きだよ」と唇を尖らせれば、「婆は早いもんさ」と歯抜けの顔で笑われた。


「急に起きさって。なんぞ悪い夢でも見たか?」

「ううん。良い夢だった。千代婆と大五郎(だいごろう)父ちゃんに粥啜らせて貰った夢」

「よう言う。あんなもん、湯にほんのちょっと米入れた粗末なもんじゃ」

「でも、人生で一等美味しかったんよ」


 ほんとだよ、と言い張れば、千代婆は何も言わず肩を竦めた。


「ところで、私ちゃんと昨日灰被せてた?」

「これのことかい。被っとったよ。早うに目が覚めたから部屋でも暖めようと熾火を取り出しただけさね」

「あーよかった。私そのままにして寝ちゃったのかと思って慌てて起きたのよ」

(かえで)はしっかりしとるけん、そこんとこは婆ちゃんも心配してないよ」


 急に褒められて、一瞬言葉を失った。じわじわと嬉しさが頬を上って来て、顔が赤らむのを見られるのが嫌で必要以上に囲炉裏に近づいた。

 でも結局千代婆には見破られているので、「ほれ、火が飛んだら危ないから離れぇ」と手で追いやられた。


「丁度いいわい。神棚から神さんのお米下げておくれ」

「は~い」


 大の字で寝ている大五郎父ちゃんと、寄り添うように寝ている小平太を踏まないように跨ぎながら神棚へ向かう。


 神棚に供えられているのは白米だ。私が心底愛している白米が、小さな皿に供えられている。

 それを祀ってる私達は稗と粟しか食べられないけれど、神様には毎日白米を捧げていた。

 勿論、こんな少ない量で米を炊けるわけじゃない。近隣の農家で毎日二合だけ白米を炊き、それを神様に供えることを藩主が許したから出来る事だった。


 白米は基本的に年貢としてお殿様に納める必要がある。故に私達百姓は米を育てた所でその殆どを持っていかれるわけだが、その中で一部の米だけが惣村の纏め役である乙名に下賜された。

 ここら一体を収める八神元秀(やがみもとひで)様のご子息、秀治(ひではる)様の命によるものだという。

「米は武士の兵站でもあり、金でもあり、民草の命を繋ぐものだ。神に日々の恵みの感謝を忘れぬよう供えよ」とお触れが出されてからというもの、ここら一体の神棚には毎日白米がお供えされていた。


 けれど、千代婆が言うには「ありゃ秀治様の温情じゃ」ということらしい。

 曰く、米を頑張って育てている百姓達から年貢を取りすぎだという父への反抗とのことだった。神へ捧げるという大義名分の元米を分け与え、供えるもつまみ食いするも好きにせいというつもりでいるらしい。

 実際視察に来た秀治様の側近の武士から、「内緒だぞ」とこっそり教えられたのだとか。なんとも粋な若殿様だと、千代婆が笑っていたのを覚えている。



 そんなわけで、我が家の神棚には今日も白米が供えられている。なんと、三日前から二膳だ。

 三日前、年のせいでいよいよ身体が思うように動かんと長らく床に臥せっていた千代婆が、急に元気になった。

 昔取った杵柄と言わんばかりにもりもりと畑仕事に精を出し、たまたまやってきていた乙名に「なんや分からんけど身体がえらい軽くなってねぇ」と世間話をするや、米を多めに分け与えられるようになったのだ。


「きっと実りの神様が千代婆のこれまでの働きぶりをご評価してくださったのだよ」とは乙名の言葉で、よくよく礼を尽くすようにということで小さな皿とはいえ捧げる白米が二膳に増えたのだった。


 増えた、ということは私達が食べられる白米も増える。一日ごとに新しいものと変えられる白米は、古くなった方を朝餉に食べる習慣となっていた。稗と粟の雑炊に入れられる白米の割合が増えたことで、この所私はほくほくしていたのだ。

 そんな気持ちが見抜かれたのだろう。雑炊の準備を始めていた千代婆から「そんな米の事ばっか思っとらんで、まずは神様にお礼言っておいで」と呆れたように笑われた。

 まったくもってその通りだ。神様のお力のおかげで千代婆が元気になり、我が家の米も増えたのだ。しっかりお祈りせねばならない。

 私は千代婆に皿を渡すと、もう一度神棚に戻って手を合わせて祈りを捧げた。



「実りの神様、ありがとうございます。私達は今日も元気に田を耕し、米を育てますので、どうかお見守りください」


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