142話 王都レヴィアタン
薄暗いトンネルの壁沿いに等間隔で流れていく手すりを掴んで円状の足場に乗り、立ったまま送られること十数分。暗闇に慣れた頃合いに眩しい光が前方から差し込み、クロイス達は王都下層域アルダー地下道に辿り着いた。
都市部である丘陵地と山の間にある谷には堅牢かつ巨大な塔のような真白の橋脚がいくつも連なり、外部に繋がる門へと大きな橋がかかっている。
その橋脚の一つに魔石を媒介として作られている魔導エレベーターが備わっており、管理官と騎士達がクロイス達を丁重に出迎えた。
「ようこそおいで下さいました、オーウェン公爵閣下」
「転移魔法での移動の方が楽でしょうに、いつもながらこちらまでご足労頂き、誠に感謝致します」
「何、君達の仕事を軽んじるわけにはいかないからね。今日も宜しく頼むよ」
「はっ!」
「アンバー将軍閣下も、遠征任務お疲れ様でした。陛下が首を長くしてお待ちしております」
「おう。ぱぱっと頼むぜ」
リンドブルムでソドムが行っているような検閲の場が、王都にも存在する。
果ての塔からの来訪者は王都内に入ってから魔導エレベーター側で行うという異例の措置だが、通常はそうではない。
魔物達との合戦場であるトルメリア平野を有するレヴィアルディア王国は、その経歴上、王都への入国が他国に比べると厳しいことで有名だった。
『魔導船アルファ、南方・第三空域看破門、入港致します』
「許可する。第二空域看破門はアルファの入港準備に入れ」
『了解』
「空域飛行中の魔法使い達に告げる。魔導船入港準備開始、航行担当空域の者は速やかに退避せよ」
空域に広く響き渡る管制塔と魔導船の通信を耳にしながら、クロイスはおもむろに上を見上げる。
黒鉄の巨大な魔導船と魔法使い達が飛び交う空を眺めながら、「王都に来たなぁ」としみじみ感じるのだった。
果ての塔は王都から数千ミール離れているが、谷間側の崖に隠されている隠し扉から、山を刳り抜く形で作られた一本道で繋がっている。地上から山越えのルートで行くにはあまりにも険しいからだ。
レヴィアルディア王国の王都レヴィアタンは、キルギリ山脈の山の一つをまるっと丘陵地に刳り抜く形で作られた、人工の盆地に出来た都市である。
魔物との戦いの歴史の中で、ウェルリアード大陸において地続きのトルメリア平野を有する土地の人々は天然の要塞を求めた。先人の魔法使い達はキルギリ山脈に目をつけ、山を破壊。人工的に丘陵地を作り出すと、そこに都市を築き始める。
それを取りまとめた人物がアルバート・レヴィアという男であり、やがて人々は彼を王へと戴き、レヴィアルディア王国を建国した。
レヴィアルディア王国は立憲君主制である。議会の権限はそこそこに大きい。ただ、初代王のアルバートの遺言で「王の決定は血統ではなく、魔法使いとしての力量を問うこと」と定められていたため、君主の力も無視できない状態であった。
賢く、名高く、人々の尊敬や憧憬を集める者。大魔法使いであることはすなわち、賢王の証明でもあるのだ。
事実、レヴィアルディア王の名を継ぐ者達は優れた統治を成してきた。そうした歴史の積み重ねが、二千年も続く大魔導王国を築き上げたのである。
キルギリ山脈の山を切り開く事で生まれた大量の石材や鉱石は、今日においても王都のそこかしこで利用されている。
人口の増加でさらに切り開かれた土地に広がる城下町は木材を使用した家々が建ち並ぶが、中央に行くにつれ堅牢な要塞のような建造物や、金箔のごとくミスライトを薄く広げて頑強に作られた白亜の神殿などが堂々たる様子で建っていた。そしてそれらを圧倒的に凌駕する豪奢かつ広大な王城が、まるで山のように中央に聳え立つのだ。
立地の関係上、南と東側に作られた門は山に直接設置され、地上からの街道は遠く離れた関所から地下トンネルに入る形で繋がっている。山を登るよりもマシとはいえ、中は下りと上りの緩やかで長い坂道があるため、浮き馬車での往来が人気だった。
なお、より大量の荷物は魔導船を使って山を越える形で運ばれる。多少揺れても濡れても構わない荷物などは、気球を引く魔法使いや魔獣達が担当した。
地上組が通る門の真上、南と東の空に設置されている魔法陣による看破門は、空域の最終関門だ。
王都に向けて三つずつ――南東合計六つあるゲートを通り、初めて入国が許される。
それぞれ第三から第一まで用意されているのは、ゲートを担当する【看破】 担当官の知識の幅を広くとるためだ。最初に見逃されたものを第三で、第三で見逃されたものを第二でという風に厳しく取り締まられていた。
「最近は魔導船の航行が多いですね」
リンドブルムのポトラにも似た魔導エレベーターに乗りながら外を眺めていたクロイスに、ジレットが世間話がてら話しかける。
その発言に、「そらそうだろうよ」とギルベルトが乗っかった。
「上は次の遠征で決める気だ。となりゃ、王国中から物資を集めるのは必定、」
「ゴリギルには話しかけてないんですけどぉ~~~」
「お前マジで、マジでお前っ……!」
拳を握り締めて震わせるギルベルトに、ジレットがツインテールを髭のように扱いながら嘲る。それに苦笑しながら、クロイスは目を細めた。
「二百五十年ぶりのトルメリア平野奪還、か」
「はい。そのように聞き及んでおります」
「加えて、オーウェンの偉業の再現」
「えっ……」
目を瞠ったジレットと「閣下、」と窘めるように止めにかかったギルベルトに、クロイスは「どうせすぐに知れ渡る事だ」と肩を竦める。
「この空の比じゃなくなるぞ。明日から、より一層魔導船も魔法使いも飛び交うことになるだろう」
「……ヨルムンガンド侵攻戦に変わるというのですか」
「と、私は見ている。死したカルナヴァーンの兵がアンデッドにすらならなかったとしたら、君ならどうする?」
問われたジレットは、一瞬きょとんと目を瞬かせ、思案気に顎を擦り、やがてにっこりと笑みを浮かべた。
「機は今と見ますねぇ」
「だろうとも。ま、その前にやる事は山積みなわけだが」
「ロックラックはまだしも、フィルフィオーレはこの国の建国以前からこちらとの関わりがほぼないですしねぇ……」
「知己からの連絡は試みるつもりだが、今回ばかりは正規の手段でなくとも絶対に巻き込むさ」
「何せ星をも巻き込む事案だからな」という言葉は、発する事なく胸の内に留める。
クロイスもギルベルトも、脳裏に浮かぶ想定される未来が生易しくない事を、十分な程に理解しているのだった。