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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第五章:星と王
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139話 温柔敦厚の薬草売り

「アイルークさん、そっちは見つかったかい?」

「いやー、無いなぁ……」


「ここいらは採りつくしちゃったかなぁ」とぼやきながら、アイルークはしゃがみ作業で痛んだ腰をとんとんと叩いた。

 この所、カルド村にはポポ茸の納品依頼が殺到していた。昔から肉の臭み取りに使う食材の一つとしてぼちぼちのペースで売りに出していたポポ茸の需要が、急に増えたのだ。

 ポポ茸を行商人に卸していたのは薬草採取のついでに摘んでいたアイルークだったが、こうも依頼が重なると手が足りない。そのため、度々カルド村の村人に協力を要請して採取をしていた。

 だが、普段赴く範囲のポポ茸はもう採りつくしてしまったらしい。最近ではなかなか姿すらお目にかかれなくなってしまい、アイルーク達はほとほと困り果てていたのだった。


「いっそ活動範囲を少し広げるかい?」

「どうかなぁ……。それで狼や魔獣共の縄張りに侵入しちゃったら元も子もないし」

「護衛雇って新天地開拓っつっても、それはそれで金がかかる、か」

「そうそう。というかなんでポポ茸? 肉の臭み取りの食材なんていくらでもあるんだから、他のを使ってくれ他のを」


 むくれたアイルークの言い分に、村人が同意しつつ苦笑する。「街の流行りは分からんねぇ」と談笑しながら、村に戻ろうかと帰り支度を始めた。――そんな時だ。

 遠くの方から、アイルークの名を呼ぶ声が聞こえた。村の門番をしているトレイルのものだ。


「おーいアイルークさーん! アイルークさんにお客さん!」

「トレイル! え、私にかい?」


「誰だろうね」と首を傾げるアイルークに、走り寄ってきたトレイルがたれ目の眦をにっこりと細めて笑う。


「十兵衛さん達だよ。アレンからの手紙を持ってきてくれたんだって」




 ***




 黒の総髪に、長物の剣。衣装はカルド村を出た時とは違い見慣れぬ服を身に纏っており、優しげな顔立ちに意志の強さが滲む眼差しを遠目に見たアイルークは、「ああ、十兵衛さんだ」と確信する。

 声をかけながら歩み寄れば、十兵衛が嬉しそうに笑顔を向けた。


「アイルーク殿!」

「やぁ、久しぶりだね十兵衛さん、ハーデスさん。お二人とも元気そうで良かった」

「アイルーク殿も。アレンが随分心配してたんだ」

「あはは。どっちかというとそれはこっちの台詞なんだけどね。ところで、そのアレンから手紙があるって聞いたのだけれど……それと、この子は……?」


 大きな荷物を背負いフードを深くかぶる小さな子供に、不思議そうに目を瞬かせる。すると、幾許か間を置いて十兵衛が「まずはアレンからの手紙を読んでくれないか」と、懐から封蝋でとじられた分厚い立派な手紙を差し出した。

 それを受け取ったアイルークは、アレンからの手紙だなんだと集まってきた村人達と一緒に、拙い文字で書かれた文章にゆっくり目を通すのだった。





「オーウェン公爵邸で一ヶ月もお世話になったァ!?」

「リンドブルムで竜と友達になったってどういうこった!」

「いやそれよりもエレンツィアで七閃将の軍と戦ったって何!?」

「ちょっと十兵衛さん!」

「十兵衛さん! ハーデスさん!」

「うちのアレンは一体何に巻き込まれたんですか!」

「いやあのすまない、落ち着いて……」


 心配するわ驚くわ怒るわで、アイルークどころかカルド村の村人達にも囲まれ揉みくちゃにされた十兵衛が必死に宥める。ハイリオーレや十兵衛達の秘密に関わるような諸々を伏せた内容だとしても、彼らが混乱するのは当然だった。

「そりゃ俺でもそう思う」と乾いた笑いを漏らしつつ、ともかくアレンは五体満足の身で予定通りガラドルフと共にエレンツィアを発ち、その道中を赤狼騎士団が護衛してくれることになった話も併せて告げた。

「赤狼騎士団!?」とトルメリア平野で魔王軍と戦う名高い騎士団の名前が出て、なおのこと村人達の混乱が深まる。「ようは無事で元気で頑張っている」と物凄く端的にまとめたハーデスが、話を切り替えるべくざわめく彼らの前にスピーを押し出して注目を集めた。


「手紙にある通り、アレンの友人のスピーだ」

「あ、えと……初めまして」


 紹介を受けて、スピーがおずおずと顔を上げてフードを下ろす。包帯の巻かれた頭の上からぴょこんと飛び出た大きな狐耳に、アイルーク達は目を丸くした。


「亜人……」


 濃い黄色と白の混じるマーブル模様の髪に、新緑を思わせる緑色の目。ふっさりとした狐の尾が股下にのぞき、見慣れぬその様相にこの場にいた全員が言葉を飲みこんで、しん、と静まり返った。

 その空気の変わりように、スピーがぶるりと身を震わせる。差別の目に再び晒されるかもしれないという恐怖が、未だ拭えなかったからだ。

 だが、その中でアイルークだけが先んじてスピーに近づき、彼の頭の傍でスン、と鼻を鳴らして何かを嗅いだ。


「……うちの軟膏の匂いだ」

「えっ」


 驚くように声を上げたスピーに、アレンに似た眼差しのアイルークがにっこりと微笑む。


「うちの子の手当てを受けたのかい?」

「あっ……はい! 僕は亜人だから奇跡を受けられなくて、そしたらアレンが手持ちの軟膏で手当てをしてくれて……!」

「うん、うん」

「アレン、すごいんです! 包帯も綺麗に巻いてくれるし、エレンツィア防衛戦ではスイ様達から応急手当のチームも任されたんですよ!」

「そうかい」

「はい! それでアレンが、将来薬師になったら僕を一番最初の患者さんにしてくれるって……」


 そこまで語った所で、はた、とスピーは我に返った。自分が今語った内容の全てを、すでにアレンが手紙にしたためてくれていたことを思い出したからだ。

 何度も同じ話を聞かせる事になってしまったと顔を真っ赤にしたスピーの前に、やおらアイルークが跪く。

 小さな手を掬い上げてぎゅっと握り、俯きかけた真っ赤な顔を覗き込んで、優しく笑いかけた。


「ようこそ、カルド村へ。アレンの小さな友人くん」

「……っ!」

「この長い手紙のほとんどが、君の事だったよ。アレンはよほど、君を大事に思っているらしい」


 その言葉に、スピーは大きな目いっぱいに涙を溜めた。ぎょっとしたアイルークが「おいおい、泣かないでくれよ~!」と慌てながら抱きしめ宥めてやり、その様子に村人達もふっと表情を緩めた。


「アレンの奴、気が強いから泣き虫な君はさぞ大変だったんじゃないかい?」

「そうそう。お菓子とか奪われなかった?」

「隙あらばうちのおやつタイムに入り込もうとしておったからのう」

「いやもううちの子がホントすみません……!」


 息子の悪行を耳にしたアイルークが、スピーを宥めながら「あいつ~!」とアレンを思って唸り声をあげる。

 そんな父親の苦悩の姿に、カルド村の村人達はおかしそうに笑い声を上げるのだった。




 ***




「うちは、アレンが幼い頃から父子家庭でね。アレンは村の皆に育てて貰ったようなものなんだ」


 トレイルや年の近い子供達と一緒にカルド村の案内を受けているスピーを見守りながら、アイルークがぽつりと呟く。


「皆アレンの事をよく知ってくれているから、あの子が亜人と友達になったことも、とても大事に思っていることも、アレンがそう言うならって受け入れてくれたんだと思う」


 その言葉に、十兵衛は唇を引き結んで俯いた。

 スピーをカルド村に連れてきたのはアレンの提案が元ではあったが、そもそもアイルークが負った経験に甘える形で計画したものでもあった。

 最良の手であり、残酷な手だ。カルナヴァーンの事件でアイルーク達が傷を負っていないわけがない。かの日の事を幾度も思い起こさせるスピーの存在に、彼らがどう感じるか考えるだけで胸が痛んだ。

 それでも、亜人に対しての偏見を変えられるかもしれない可能性に賭けられるのは、この世で唯一彼らしかいない。そう、十兵衛は思っていた。


「申し訳ない、俺達は……」

「いいんだよ十兵衛さん。その考えはきっと正しい。実際私達はつい先日まで、ガルが連れてきてくれた冒険者達と一緒に、魔物に変じた人の遺体をたくさん埋葬してきた」

「――っ!」

「魔物に変えられた人間も、魔物の勝手で無理矢理生み出された亜人も。一括りに魔物と称する事を……もう、私達は出来るはずもないのだから」


 遺体の全てを、アイルーク達は人として埋葬した。ロキート村で行った時のように溢れんばかりの花を贈り、一つ一つに墓を建てて深い祈りを捧げたのだ。

 魔物と見なしていた冒険者達に「一纏めにして火葬しようか」と提案されても、ここの風習にならった形の土葬に拘ったという。アイルークとロキート村の村人達の、強い要望を通した形だ。

 そしてそんな彼らの思いと在り方に、カルド村の村人達も準じたのだった。

 

「だから、というのもおかしいけれど……。安心してくれ、十兵衛さん。私達はスピーを大切にすると約束するよ」

「アイルーク殿……」

「アレンの友人で、何より未来の患者第一号だろう? そりゃもう、元気でいてもらわないと!」


「あと実際人手が足りなかったからとっても助かる~!」とポポ茸の件で諸々の仕事に遅れが生じ始めていた事を思い、アレンの代わりを担うスピーが来てくれたことを天の配剤とばかりに喜ぶ。

 そんなアイルークの様子に、十兵衛はきょとんと目を瞬かせた。隣に立っているハーデスと視線を交わして顔を綻ばせると、二人揃って深く頭を下げる。


「アイルーク殿とカルド村の皆に、心からの感謝を」

「スピーを、よろしく頼む」


 十兵衛とハーデスの真摯な姿勢に、アイルークは柔らかい笑みを浮かべて頷くのだった。


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