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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第五章:星と王
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137話 賢者の深謀遠慮

「現物があるなら先に教えて欲しかった……!」


 十兵衛が元々着用していた着物を実は持っていたのだと教えられるや、クロイスはべそべそと嘆いた。

 リンドブルム発の丸十字ブランド商品である下駄は人気を博して世に広まり、多くの仕立て屋が下駄に合う服を開発するべく試行錯誤を繰り返していた。結果的に産業が潤っていたのだ。

 そこに丸十字ブランドの顔役である十兵衛本人が着物を着て街を練り歩いたというのだから、クロイスとしては頭が痛い。

 商品展開の諸々の予定がご破算になって眉間の皺を揉むクロイスに、脂汗を流しながら十兵衛が謝罪とともに宥めにかかった。


「も、申し訳ない。ただ、これはアレンが厚意で仕立ててくれたもので、こちらから仕立て屋にお願いしたとかそういうわけでは」

「分かっているさ。それについてアレン君を責めるつもりはないよ。でも愚痴を言いたい私の気持ちも理解してくれ……!」

「もー、お父様。いい加減諦めて下さい」


 腰に手をあてて嘆息したスイが十兵衛に助け舟を出す。


「オデット領では亜人の奴隷産業を一切取りやめる事になりましたから、近い将来失業者が出る事をマリベルが懸念してまして」

「マリベル……ああ、マリベル・ディーオデット伯爵令嬢か」

「えぇ。そこで丸十字ブランドが新商品の提案をして彼らの仕事に繋がるものをうんだ、という筋書きでどうでしょう?」

「あー……」


 にこっと目を細めるスイに、クロイスも娘の言いたいことに気が付き顔を上げた。

 交易都市であるリンドブルムと隣り合うエレンツィアは、港湾都市だ。リンドブルムが内陸に広くパイプを持つのに対して、エレンツィアは面した海から大型帆船を使った大規模な貿易を得意としている。エレンツィアを介してリンドブルムに届く物も多いのだ。

 麻や綿花、絹といった第一次産業製品を買い付ける窓口をエレンツィアは広くとっている。そんな中で新進気鋭の丸十字ブランドからの新製品がヘンリーの店を中心に広がれば、第二次産業も第三次産業も潤い、職にあぶれる者も少なくなるだろうという見立てをスイはしていたのだった。


「そりゃそうなれば理想だけどね。下駄は風土病絡みもあったから流行ったけど、かといって着物が上手くいくかは、どうだろうなぁ……」

「良い服なんだが……」


 馴染みの衣服とあって大層気に入っている十兵衛が、クロイスの厳しい見立てにしゅん、と眉尻を下げる。


「だからそこをお父様にお願いします」

「なんだって?」

「王国一の切れ者と名高いお父様なら、きっとうまくやってくださいますよね?」


「ねっ?」と小首をかしげながら笑いかけるスイにクロイスはじとっとした目で見つめ、やがてふっと諦めたように肩の力を抜いた。


「ま、なんとかしよう。娘の友達が困っているなら、なおさらね」

「……私、マリベルと友達って言いましたっけ」

「言われずとも分かるよ。何年お前の父親をやってると思ってるんだ」


 そう言って、クロイスはロラントを連れて踵を返す。「ハーデス君、皆を沈思の塔に連れていってくれ」とだけ頼み、玄関ホールを後にした。

 父の後ろ姿を目を丸くしながら見つめ、如何ともしがたい表情でスイが唇を尖らせる。

 そんなスイの顔を見た十兵衛が、心情を慮って柔らかい笑みを浮かべた。


「オーウェン公は、父としても為政者としても、本当に素晴らしいお方だな」

「……ちょっとかっこいいって思っちゃうのが、なんか、ヤです」


 手放しに父を褒められて照れ臭かったのか、もじもじと爪をいじりながらスイが俯く。その様子が殊の外可愛らしくて、十兵衛はしばらくスイから目が離せなかった。


 そんな二人の後ろで、ギルベルトが「俺、やっぱりオーウェン騎士団に転職した方が幸せなのでは……?」と隣に立つリンに真顔で問いかけ、あまりの脈絡の無さに心底呆れられるのだった。





 クロイスが沈思の塔にお茶のセットと共にやってきたところで、エレンツィアで起こった一連の事件をスピーに聞かせられる範囲で十兵衛達は語った。ウロボロスがスイを狙っていた件は、伏せた上でだ。後程カガイの考えを聞いてから情報の開示を考えようと、リン達と相談してのことだった。

 十兵衛達から話を聞いたクロイスは、深く溜息を吐きながら背凭れにもたれかかった。

 おおよその戦闘状況を【賢者の兵棋】経由で把握していたが、ギリギリの戦いであったことを聞いて膝の上で組んだ手に力がこもる。

 スイが無事だという確信はハーデスとの約束から得ていたものの、現場でスイや十兵衛達が負った精神的苦痛を考えれば、無事で良かったと手放しに喜ぶことは難しかった。

 なによりスイの行った治療活動が彼女の高位神官のルーツにも関わる事件と同様のものであり、父親としてそこが気がかりだった。現状平然としているスイに変化が見られないか、気づかれない程度に注視する。

 そんな中、話の一段落を待っていたギルベルトがおもむろに立ち上がり、クロイスに向かって深く頭を下げた。


「どうしたんだい? アンバー将軍」

「どうぞ、ギルベルト、と。……この度はオーウェン公爵閣下のご助力を賜り、なんとお礼を申し上げればよいか感謝の言葉もございません」

「なんのことかな?」


 机に頬杖をついてニコーッと笑ってみせるクロイスに、ギルベルトは顔を上げて苦笑する。沈思の塔でこの話を聞くのはもはや身内といえる仲間しかいないのにも関わらず、クロイスは礼を受け取る気もないらしい。「ずるいお方だ」と内心笑いながら、ギルベルトはもう一度頭を深く下げて席に座った。


「で、スピー君がこれからカルド村に向かう、と」

「は、はい!」


 話の最中、ずっと静かにしていたスピーが話を向けられてびくりと肩を震わせた。

 クロイス・オーウェンの名はヨルムンガンドでも轟いている。稀代の大魔法使いであり、転移魔法の天才と名高いクロイスを目の当たりにして、スピーはずっと緊張でかちこちに固まっていたのだ。

 スイの父親であり害されることはないと分かっていれど、魔物や亜人の仲間達の噂を耳にしていたスピーはまだまだ先入観を捨てきれない。手汗を握りしめながら硬直するスピーに、クロイスは苦笑した。


「そう緊張しないでくれ、と言っても難しいかもしれないが。ところで、アレン君の御父君が大丈夫だったとしても村で受け入れられなかったらどうするんだ?」

「その場合はうちで面倒を見れないかな、と。せめてオデット領が落ち着くまでの間くらいは……」

「えっ!? ぼ、僕、その時はフェルマン様の元に戻るのだとてっきり……!」


 スピーの焦った声に、スイが落ち着くよう宥める。

 オーウェン領での亜人の立場は、オデット領に比べると寛容だ。領民の意識も、オデット領民のそれよりはまだ優しい。

 勿論、亜人を見つけた時は通報と決まっているが、身柄の確保の後オーウェン公爵直轄の森の資源が豊かな小さな村に男女を分けて移住させられる。交易などのない、自給自足の生活だ。

 ただ、奴隷のように人間に顎で使われる事は無いものの、富む事もなく飢える事もなく村を出る事の許されない生活が果たして幸せかと問われると少し疑問が残る。これまでの経験で亜人に対しての考えた方が変わったスイは、そんな風に思っていた。

 だからこそ、スピーを別の待遇で迎えたいとスイは考えた。エレンツィア防衛戦の戦友として万が一の場合は特別待遇でスピーを公爵邸で保護してもらいたいと願うスイに「えー……」と困り果てていたクロイスだったが、結局は押しの強さに負けた。

 無事に保険を手に入れたスイはほくほくとした顔で微笑み、スピーはスピーで伯爵邸より豪華なお屋敷に住まうかもしれない可能性に頬を引きつらせて慄くのだった。


「ま、それはそれとしてだ。ギルベルト君、転移魔法の魔道具を私に見せてくれるかい?」

「えっ」


 急な話の振りに、ギルベルトが驚いたように声を上げた。

 魔法封じの魔道具を身に着ける際、ギルベルトは魔剣も他の魔道具もすでにロラント達経由で手渡していた。その中で実はこっそり転移魔法の魔道具だけは隠し持っていたのだが、まさか見破られるとは思わず、脂汗を流しながら静かに懐から指輪を取り出してクロイスに差し出した。


「も、申し訳ありません。けして閣下を侮るわけでは――!」

「何、気にするな。陛下から下賜された物だものね、肌身離さず携帯した君は間違ってないよ」


「ましてや転移魔法の魔道具なら」と口にしつつ、クロイスは魔道具に手を翳して中の魔法術式を書き換えた。


「ど、どうしてそれをご存じで」

「何を言ってるんだい。私を誰だと? レヴィアルディア王国における転移魔法のかかった魔道具全般は、オーウェン家が関わってるんだよ?」


 はっと目を瞠ったギルベルトに、スイは唇を引き結ぶ。魔道具を更新したクロイスは、それをギルベルトに返すことなくスピーに歩み寄って差し出した。


「これは君が持っておきなさい」

「えっ……」

「えっ!? 閣下あのっ! それ使って俺今日帰還予定で……!」

「ギルベルト君は私が送ろう。私も王都に用事があるのでついでにね。この魔道具は王都からこの沈思の塔に君だけが飛べるように書き換えたから、万が一の時はそれを使って逃げるんだ」

「で、ですが……!」

「いいかいスピー君」


 スピーに言い聞かせるように、クロイスがしゃがみこんで目線を合わせた。


「この先、亜人と人の関係が変わる未来に、君の存在は必要不可欠だ」

「――っ!」

「だからこの先、君は何よりも自分の命を優先しなければならない。それをよく、理解しておいてくれ」

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