133話 星の呪い
深淵に向けたハーデスの啖呵は、虚空に響き渡りやがて消えた。相も変わらず反応を示さないマーレに苛立ちを覚えつつも、アレン達をクリスタルの回廊へと追い出し、アビスの星壇に両手をつく。
「おいハーデス、一体何を……」
「ギルベルト。悪いがこの件が片付かない限り、お前の後輩は生まれないと知れ」
「えっ……」
「【死の律】の権限を持って、この星における魔法使いの誕生を禁ずる」
「えーっ!?」
「そりゃちょっと横暴じゃ!?」とギルベルトが止める間もなく、ハーデスの両手から光が放たれた。
アビスの星壇に刻まれている文字の床がハーデスを中心に別の言語に書き換えられていき、真っ白の色合いから紫の色合いに変わっていく。同時期に別の地から儀式を行っていた人々は何が起こっているのか分からずにどよめき、慌ててクリスタルの回廊へと駆け戻っていた。
星が創り上げた亜空間にあるとはいえ、この星を股にかけるアビスの星壇の規模はとてつもない。その全てに影響を及ぼさんと死の律の権限執行を続けるハーデスの背に、アレンは恐る恐る問いかけた。
「ハーデス様。どうして魔法使いが生まれちゃ駄目なの?」
「生まれるのは構わない。ただ、為り方が問題だ」
「為り方?」
「マーレの施す、星の祝福のことだ」
儀式に挑んだアレンとマーレの間に起こった事を、ハーデスはつぶさに観察していた。そこで、彼が予想していた通りハイリオーレに影響を及ぼす物をマーレがつけている事を知ったのである。
「星の祝福――もとい、魔法使いのいう所の【星の原盤】だな。魔法の成長の際、それを使って新たな技を得るか練度を上げるか選ぶと聞いた」
「間違いないか」と問われたギルベルトは、「あぁ」と首肯する。
「大事を成した後とかに、魔法使いはよく夢を見るんだ。このバブイルの塔のような空間に放り出された自分の前に、星の抜けた星座をたくさん目にする。火の魔法の星座、水の魔法の星座……種類は様々だが、一つの星を光らせると新たな魔法を覚えられ、すでにある星をより一層光らせると練度が上がる。それを俺達は【星の原盤】と呼んでいる」
「おそらくその瞬間、魔法使い達の魂がマーレの魔法記憶領域に呼ばれているのだろうな」
「……なんて?」
目を丸くするギルベルト達に、ハーデスは術をかけ続けながらもかいつまんで説明を始めた。
この星に生まれた命や次元を超えてこの星にやってきた魂は、惑星マーレを起点として輪廻転生を始める。まずその時点でこの星に生きる命の全てがマーレと縁を結ぶことになり、同時にハイリオーレの縁も結ばれる。
その縁を元に、夢の中で星と魔法使いが記憶領域を通じて一瞬繋がっているのだとハーデスは言った。
「ちなみに、この星における輪廻転生の最終到着点は、お前達人間だ」
「へ!? 人間なのか!? 竜とか神でなく!?」
「…………」
視線を向けられたリンは、黙り込んだままじっとハーデスの背を見つめた。
「間違いなく、人間だ」と再度告げたハーデスは、リンの視線に気づきながらも説明を続ける。
最終到着点である人間となっても、次の次元を超えるためにハイリオーレの成長が望まれた。まだまだ未熟な人間は、何度も生まれ変わって魂の海へ向かえるだけのハイリオーレを育てる。
「このアビスの星壇で、マーレはハイリオーレを測っている。魔法使いになれる者となれない者がいるのは、ハイリオーレの差だ。マーレの定めた基準を超えた者が、星の祝福を授かるわけだ」
「な、な……!」
「魔法使いの成長には知名度や人々からの感謝の積み重ねが大事だというだろう? ハイリオーレの成長も同様だ。そしてそうした誰かの役に立ちたいと強く思う者が魔法使いになれなかった時のために、誰でもなれるもう一つの道を星は残した」
「……それが、神官……」
ヴィオラの事を思い、呟いたリンに、ハーデスが肯定するように頷いた。
人の命を助ける職業である神官は、ハイリオーレが育ちやすい。心からの感謝を受ける事が多々あるからだ。腕の良い神官などはわざわざ自ら宣伝せずとも口コミで広く名が知られ、それだけでも尊敬や憧憬を集める事が出来た。
そうした神官の人生でハイリオーレを高めれば、次の人生でマーレの基準を超え、魔法使いになれる可能性もあがる。そこでいよいよ授けられる星の祝福をこの場で見たハーデスは、その禍々しさを思い眉根を寄せた。
「祝福とお前達は称するが、私から見ればこれは呪いだ」
「そ、そうなの?」
「あぁ。さきほど滅した白蛇は、アレンの魂に取り憑きかけたマーレからの呪いだ」
全てを書き換え終わったのか、白一色だったアビスの星壇を紫色の禍々しい色合いに変えたハーデスは、ゆっくりと立ち上がって足元を見降ろした。
このアビスの星壇は、基準を超えた人間の魂に自動的に楔を打ち込む、超巨大な高等魔法陣だった。
星の魔法記憶領域に干渉出来る僅かな権限を与えるのと同時に、術者の魂に楔という名の悪意の種を埋め込む。
魔法使いとして名を馳せ、人々からの感謝や尊敬を受け、十分に育ちきったハイリオーレと核である魂の間に、種はゆっくりと根を這わせる。
「『お前の力ではない力で得た、名声の味はどうだ?』と」
「……っ!」
「見返りを求めておこなった善行を偽善と称し、責め立てる。意識よりも深い、魂に根付いたそれを、本人は己の深層心理が語る声だと思い込む。そうして育ったハイリオーレを魂が信じきれなくなるように仕向け、不安定にさせるんだ。そんな状態で魂の海に旅立てるはずもなく、魂はもう一度この星で輪廻転生をする。……そこで生まれるのが――」
「魔物ってわけかよ!」
吐き捨てるように言ったギルベルトに、ハーデスは躊躇なく「そうだ」と断じた。
人を襲う魔物に対し、人間は憎悪を向け続ける。同様に、人間を憎む者として生まれた魔物も憎悪を向ける。
憎みあい、戦い、倒されたその果てで、魔物は最期の瞬間、己を殺した人間を見るのだ。
「その時、人間だった頃の事を強制的に思い起こされれば、どう思う?」
「…………」
「輝かしい時代の自分と、相反する現在の自分。……絶望するだろう。ハイリオーレを、信じ切れるはずもないだろう。そうして魂が自ら手放したハイリオーレが、この世界の文明に深く根付く魔石となるわけだ」