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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第五章:星と王
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132話 すくうもの

 おそるおそる、という風にアレンは右足を出しかけ、引っ込める。

 下ってきたクリスタルの回廊とは違い、アビスの星壇と呼ばれるこのドーナツ型の円環の場は確かな物体が存在しない。近づいてみてようやく全貌が明らかになったそこは魔法陣のような幾何学模様の白文字しかなく、見た目にはとてもじゃないが人が立てるようなものではなかったのだ。

 それが遥か彼方まで円を描くようにして広がり、別のバブイルの塔から儀式を行っていると思われる人々も戸惑ったように回廊に留まっているのが遠くに見えた。空を飛べる魔法使いならまだしも、まだ魔法使いにもなれていない()()()には相当に勇気がいる足場である。

 だが、そんな怖がるアレンより先に踏み出してアビスの星壇に降り立ったハーデスは、無事に文字の上に立てている事を自らで示して手を差し伸べた。


「大丈夫だアレン。私も立てているだろう」

「う、うん。でも……」

「例え魔法が封じられても、我には翼がある。万が一の時は竜の姿に戻って助けるから案ずるな」


 後ろに立っていたリンにもそう促されたアレンは、息を整えてハーデスの手を取り、アビスの星壇の上に一歩踏み出した。

 足を乗せた先の文字がほのかに光り輝き、確かな地の感触を伝える。無事に立てた事にほっと嘆息し、アレンは笑顔で振り向いた。

「大丈夫だった!」と告げる声にリンとギルベルトは頷くと、自らもその場に立とうと進みかけた――所を、ハーデスが止めた。


「待て」

「どうしたハーデス」

「ギルベルト。お前はリンに背負ってもらえ」

「……は?」


 その言葉に、ギルベルトは思わずリンを見た。リンも同様にギルベルトを見やる。

 いくらリンが竜であるとはいえ、人の姿ではあまりにも体格差がありすぎる状態にも関わらず、ハーデスはそれが当然のように命じてくる。


「いや、ハーデスあのな。俺はこれでもお偉い方の将軍なんだよ。リンは竜だけど傍から見れば少女だろ? こんなちっちゃい女の子に背負われる将軍ってどうなのって話で」

「リン、出来るな?」

「分かった分かった」


 有無を言わせないハーデスにのっぴきならない理由を感じたのか、リンは肩を竦めて承諾した。

 困り果てるギルベルトの股下に勝手に入り込み、背負うというよりも肩車をする要領で大の男を担ぎ上げる。


「どわっ! 待て待て待て!」

「ギルベルト、恥ずかしかろうがここは大人しくハーデスの言う事を聞いておけ。奴は無駄な事は言わん」

「だとしても! もっと他の方法があるだろ!」

「無いからそう言ったんだろう。バランスが取りづらいなら我の角でも掴んでろ」


「ひどい……」と言われるがままに角を掴み、己の情けない様にべそをかく王国最強の剣士の姿に、アレンは乾いた笑いを零した。

 ギルベルトに憧れているニノ達には絶対に内緒にしておこうと、子供心ながらに相手を慮り、固く誓う。

 未だ手を繋いだままのハーデスを見上げると、その赤の双眸はアビスの星壇の中央に向けられていた。真剣な表情で見つめている横顔を見ながら、アレンも同様にそちらへと目を向ける。

 ギルベルトによると、ここから先の儀式はただ中央の眼下に広がる深淵を覗き込むだけらしい。そこで祝福を賜れば、魔法使いの魔法の基礎となる【星の原盤】を授かることが出来るという。

 アレンは生唾を飲みこみ、ハーデスの手を引くようにアビスの星壇の中央へと向かった。穴を覗き込めるぎりぎりの縁に立ち、大きく深呼吸する。


「いい? ハーデス様。覗き込むよ?」

「あぁ」


 手汗の滲む手を、白手袋をはめているハーデスの手がしっかりと握ってくれている事にひどく安心した。例え何が起こっても、この手がきっと助けてくれると心から信頼出来る。

 ――だからアレンは、惑うことなく真っ直ぐに深淵を覗き込んだ。

 アビスの星壇から眼下に広がる深い闇。光も受け付けないかのような吸い込まれそうな深淵の奥深く。そこにどうしてか、アレンは色を見つけた。

 否、色、というよりも温度といった方が近い。闇の中に温度の濃淡がある。どこか暖かく、抗いがたい魅力だ。

 こちらが見ているから、あちらも見てくれている。互いに名を呼ぶ事で互いを知るような、そんな感覚だった。


 ――ようこそ、バブイルの塔へ。私を見つけてくれてありがとう。どうか、私に君の事を教えてくれないか――?


 声も何も聞こえないはずなのに、どうしてかそんな風に言われたように感じた。戸惑う心とは裏腹に胸の内は歓喜に溢れ、幸福感に満たされたアレンは両腕を広げて大きく頷く。


「うん、いいよ! 俺は――!」


 その時だった。

 広げたと思っていた腕の先、手を握っていたハーデスが、ぐん、とアレンを強く引いた。後ろにではない、上にだ。

 持ち上げるように引き、そのまま抱き上げたハーデスはやおら右足を上げてアビスの星壇を踏みつける。

 瞬間、アレンは自我を取り戻した。同時に、ハーデスの足の先でうねるようにもがく何かを見つける。


「えっ……」

「アレン、そのまましがみついておけ」


 言うやいなや、ハーデスは屈みこんで足で捕まえた何かを手にとった。それは、白色で赤い目の、小さな小さな蛇だった。

 目を瞠る面々の前で、ハーデスは怒気も露わに蛇を握りしめ、その手で縊り殺した。

 驚いたのはギルベルトだ。時間魔法においても命に関わる物には手を出せないといっていたあのハーデスが、躊躇なく殺してみせたからだ。

 だが、模倣生物(フェイカー)の事例を知っているアレンはこの結果に息を呑む。


「生き物じゃ、ない……?」

「あぁ。作られたものだ」


 手の中で塵と消えた蛇の残骸を見つめながら、ハーデスが忌々しそうに眉根を寄せる。


「在るに蛇を示したか。……フン、皮肉なものだな」

「ハーデス様……」

「命の再生、良縁、心身清浄に立身出世。――ギルベルト、確かにこれはお前達のいう星の祝福に違わぬものだろう」


「だがな、」と言い置いて、ハーデスはアビスの星壇から深淵を鋭い目つきで見下ろした。



「魔法の力を使い、我欲の先に得たハイリオーレであっても、救われた者にとってそれは【善】なのだ。貴様に【偽善】と称される謂れは断じて無いぞ、マーレ!」

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