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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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幕間4-4 今日を越えた明日の君へ

【増血薬】というものは、本当に血を増やす薬であるらしい。

 エデン教会内で寝台に横たわり身体を休めていた十兵衛は、シグレ高位神官とヴィオラ元神官からそのような説明を施された。


「ものすごーく簡単に言うと、めちゃくちゃ栄養のある薬なんだよ」

「それを糧に奇跡を施すことで、失った血が補填されるわけです」


 奇跡とは、神の力を部分的に賜る事で欠損も治せる破格の治癒術である。ハーデスの使う時間魔法にも近いなと思っていた十兵衛だったが、奇跡の効能は時間魔法とは違い、完全に元に戻すというわけではないようだった。

 患者に備わる自己治癒力を高め、それを超える物を神の力で補填する。その過程においてごっそりと失われた体力や血というのは、人が生きる最低限の範囲は保障されても元気に飛び回れる程に戻るわけではないのだという。


「教会や神殿に療養所が併設されているのもそのためです。栄養のあるお薬やご飯を摂取してもらって、その上で追加の奇跡をかけて、本調子になるまで診ています」

「なるほど……」

「体内に増血薬の栄養素が回るのが、服用から大体一時間前後だからね。その頃合いを見計らってまた奇跡をかけるわけだ。それでどうだい? さっきよりはさらにマシになったんじゃないかな?」


 シグレにそう問われ、十兵衛は簡素な寝間着に着替えていた自分の身体を見下ろす。何度か手を握り、足先を伸ばしたりして、底冷えするように震えていた感覚がなくなった事を実感した。


「確かに、だいぶと調子は戻ったように思う」

「だろう? ま、それでも三日は安静にすることだね。増血薬の服用は朝晩の二回だ。あ、そうそう。服用してから小用に行きたくなったら、先に神官に伝えてね」

「……? 何故だ?」

「栄養が全部下から出ちゃうから。過剰と分かっている量をあえて服用させてるからね、尿に出ちゃうんだよ。それだったらその前に奇跡をかけて余すことなく利用するってわけ」


「ま、そこら辺はスイがうまくやるだろうけど」と告げられ、十兵衛は複雑な表情になった。

 薬を服用した後にもよおして、「おしっこに行きたいので先に奇跡をかけて下さい」と素直に申し出るのはなんとも気恥ずかしいものがある。難しい顔をして黙り込んだ十兵衛をシグレとヴィオラは不思議そうに見つめていたが、やがて顔を見合わせて笑った。


「プライドたっかい騎士にも恥ずかしがる奴がいるけどさ、ちゃんと言うんだよ十兵衛君」

「そうですよ。変に我慢なんてして身体に異変が出たら、オーウェン高位神官は尿瓶(しびん)を持って登場しますよ」

「……善処する……」


 スイ殿なら絶対やる、という確信を持っていた十兵衛は、項垂れるようにして頷くのだった。





 チャドリーを無事に皆で送り出した後、エデン教会は再び慌ただしくなった。

 避難していた民の出迎えと、避難中に怪我を負った人がいないか診るという神官達の準備で忙しくなったのだ。

 十分に休んだので「自分も手伝いをする」と申し出た十兵衛だったが、全員から「寝てろ」と指示されすごすごと寝台に戻ることしばし。うつらうつらと浅い睡眠を幾度か繰り返していた十兵衛は、閉じた瞼の向こうに眩しさを感じ、ふっと目を開いた。

 天井に空いた穴から、眩い程の月光が差し込んでいる。

 程良く絞られた光源は主祭壇の方まで光の帯を伸ばし、十兵衛はその先に見慣れた人影を見た。――スイとハーデスだ。

 コートを脱いだハーデスが主祭壇に寄り掛かるようにして目を閉じて座っており、そんな彼の右足を枕にして、コートをかけられたスイが眠っていた。

 きょろりと辺りを見回すと、先ほどまで並べられた寝台に寝ていた騎士達も居なくなっており、どうやらこの教会内には十兵衛を含めた三人しかいないらしい。

 何をどうしてそんな所に、と不思議そうに目を瞬かせた十兵衛だったが、ふと目を開けたハーデスがちょいちょいと手招いた。

 誘いに乗るように移動し、彼の前にしゃがみ込む。すると、あいている左隣に座れと言わんばかりにぽんぽんと床を叩かれたので、素直にそちらに座った。

 なんでわざわざ並んで座るんだ、と思ったのも束の間。ハーデスが隣に座るよう指示した意味を十兵衛は知る。


「……月が見えるのか」

「あぁ」


 朝方、裁きの(いかづち)騒動で空いた天井の穴から、満月が覗き込んでいた。

「いい月見だ」と称した十兵衛に、ハーデスも同意するように口角を上げて空を眺める。

 

「ところで、二人はどうしてここに?」


 声を潜めて問うた十兵衛に、ハーデスがゆっくりと語る。

 転移門の開通を終えたハーデスは、ギルベルトと共にしばし民の移動を見た後、エレンツィアに戻ってきたという。そこでオーバーワーク気味だったスイがまだ働こうとしていたのを、クロエ達が止めている所に遭遇した。


「で、寝かせろ、連れてけと言われてな。スイはスイで言う事を聞かないし、じゃあ十兵衛の面倒でも診てろという話になってここに来た」

「そ、そうか……」

「結局、クロエ達が判断した通り限界だったようでな。眠そうだったから寝台で寝ろと言ったらこれは患者用のだと言って断るから、じゃあここならいいだろうと譲歩して今に至る」


「主祭壇周辺は絨毯でふかふかだからな」と満足げに頷くハーデスに、十兵衛は白い目を向ける。スイが寝た後でこっそり寝台に寝かせればいいだろうにとは思ったものの、今更過ぎて口には出さなかった。西に傾いた月が、間もなく夜明けが来る事を示していたからだ。

 ぼんやりとハーデスと共に月を見ていた十兵衛だったが、眠りが浅かったせいも相俟って抗いがたい眠気に襲われる。

 その内ハーデスの肩に凭れかかり、ずるずると力を抜いてスイと同じように遠慮なく足を枕にした。

 困ったのはハーデスである。まさか二人ともにそう来られるとは思わなかったため、「おい、」と苦言を呈したが、やがて諦めたように指を鳴らして十兵衛の身体に転移魔法で運んだ毛布をかけた。

 その暖かさに夢うつつになりながら、十兵衛がぼんやりと呟く。


「……以前、ほんの少しは感謝もしてるって、言った事があったろ」


 その言葉に、ハーデスは目を丸くする。それはリンドブルムの地下水路で、十兵衛に懺悔した時の話だった。

 思わず顔を強張らせたハーデスだったが、気付いているのかいないのか、十兵衛は目を細めて唇に笑みを乗せた。


「今は、感謝してる」

「……十兵衛……」

「ずっと欲しかった言葉を、スイ殿から貰えたんだ」

「…………」

「生きていたから、貰う事が出来た。お前が命を繋いでくれたからだ」



「だから、ありがとう。――ハーデス」



 やがて聞こえてきた静かな寝息に、ハーデスは万感の思いを胸に瞼を閉じる。

 スイと十兵衛、二人の頭を慈しみを込めるように優しく撫で、やがてゆっくりと空を望んだ。

 ――夜明けが近い。白み始めた空の暖かな色合いに、ハーデスは二人の生の祝福を願う。



 ――どうか今日を越えた明日の先も、二人が善き生を歩めますように、と。

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