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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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幕間4-1 君に届く日

「さテ。僕もそろそろお(いとま)しようかネ」


【死の律】の黄泉送りを見届けたトキノが、一つ嘆息してそう告げる。了承するように頷いたハーデスが、「しかしお前が来るとは思わなかったぞ」と言うと、トキノはにっこりと笑ってみせた。


「言ったロ? お代はすでに頂いてるっテ。貰ったからには返さないト」

「串焼きの話か? アレはお前に頼みごとをした時点で……」

「【死の】じゃなくて十兵衛くンにサ。十兵衛くンからのお裾分け……いや、立場的にお福分けだナ。横流ししてくれた君にも感謝はしてるけど、元を辿れば十兵衛くンからのものだろウ? お返しをするのは当然サ」


 ガラドルフの治療を受けていた十兵衛と、トキノの視線が合う。泣き腫らして真っ赤になっている目でぱちぱちと瞬く十兵衛に、トキノが宙を飛んで近づいた。


「トキノ……」

「ハイリオーレの(えにし)は繋がっタ。きっと再び会う事もあるだろウ。だから別れの言葉は『またネ』、ダ。分かったかイ? 十兵衛くン」


 カロブの串焼きだけではない。「ありがとう」と述べた感謝の言葉で、十兵衛とトキノのハイリオーレは稀なる(えにし)で繋がった。

 双方ともに向けられた思いが、ハイリオーレの輝きをより一層強くする。それを目視したハーデスは、慈しむように目を細めた。


「あぁ。また会おう、トキノ」

「うン。ちなみに、美味しい食べ物がある時には遠慮なく僕の名を呼んでくれて構わないヨ? カロブの串焼きも美味しかったけど、君の食べてた海鮮リゾットとかあのキッシュってやつもすごい興味あるしそれからそれかラ」

「【時の】。またな」

「あっコイツ!」


 ハーデスが指を鳴らしたことで、トキノの姿がかき消える。

 転移魔法で強制的に【時の律】の領域まで送り届けたハーデスは、ようやく腹の傷が塞がった十兵衛を見下ろし、彼の前に背を向けて跪いた。


「え……」

「乗れ。傷が塞がろうが血は足りてない。歩けないだろう」

「ハーデスの言う通りだ。遠慮なく乗せてもらえ」


 治療を終えたガラドルフが、口角を上げて促す。「いや、でも」とまごつく十兵衛に、「我が輩は大盾と大斧を背負っておるからな。それともだいじ~に姫抱っこでもしてやろうか?」と意地悪く言い、それを嫌がった十兵衛はそのままハーデスの背にその身を寄せた。


「姫抱っことやらは嫌がられるものなのか」

「大概の男は嫌がるのう。姫というぐらいだから、やられるよりやる方がいいんだろう」

「ほーう。ではこれから十兵衛が無謀に首を突っ込む度に、姫抱っこを強制しよう」

「オイ!」

 

「ふざけるな! 絶対にお断りだ!」とギャイギャイ怒る十兵衛に笑いながら、ハーデスはガラドルフを含めた三人でエデン教会へと転移するのだった。





 転移先のエデン教会では、ぼろぼろで血まみれの装備を身に纏った者達が元気に走り回っていた。

 ぽかんと口を開けるハーデス達の前で、「アンデッドとうちんとこのを間違えるなよー」だの「道具の貸し出しは向こうだぜ」だの、やいのやいのと言葉を交わし合っている。

「なんの話だ?」と首を傾げたハーデスだったが、その後ろから「先生! ハーデスに十兵衛も!」と声をかけた男がいた。ギルベルトである。


「はー良かった無事だったんだな! ……いや、無事とは言い難いか。大丈夫か十兵衛」


 ブラックレザー装備が大きく欠け、下半身がぐっしょりと血で濡れている十兵衛にギルベルトが眉を顰める。ハーデスに背負われながら、十兵衛は「なんとかな」と手を上げ、へらりと笑った。


「エルミナはどうなった」

「逃げられた。ヴァルメロが来てな」

「えっ!?」


 七閃将を二人も相手にしていたのか! とギルベルトが驚く。逃げられたことを謝る十兵衛に、「アホ。責めるもんかよ」と深く嘆息した。

 ギルベルトの話によると、アレンとスピーの作戦でアンデッドとレイスを一網打尽で浄化を施し、今は高位化前に浄化されて死んだアンデッドの遺体の片付けと、少なからず出たこちら側の死人の埋葬にてんてこ舞いだという。


「遺体の放置は病気の元にもなるからな。ただ、エレンツィアの埋葬方法が散骨だっていうから、どうしたもんかと悩み中」

「ふむ、私が還そうか」

「そんな事も出来るのか!? ってあ、そうか、時間魔法……」

「そういうことだ。ガラドルフ、十兵衛を頼めるか」

「うむ」


 背から降ろされるのか、と足に力を入れようとした十兵衛は、そのままガラドルフにひょいと抱えられて目を丸くした。

「結局姫抱っこじゃないか!」と怒鳴る十兵衛に、ハーデスは「ハハハ」と笑いながら案内を買って出たギルベルトに着いて歩いて行く。

 ギリギリと歯軋りをしながらハーデスを睨みつけていた十兵衛だったが、その途中で見慣れた翡翠色の髪の少女と言葉を交わしているのを目にし、「あ、」と声を上げた。

 ハーデスと会話を終えたスイが、まっすぐにこちらを見る。近くにいた神官から何かを受け取ると、大急ぎで駆け寄ってきた。


「スイ殿! 無事で……!」

「ガラドルフ様、そちらで行った処置内容と怪我の詳細を教えて頂けますか」

「す、スイ殿?」

「右上腹部の欠損。背中に至るまで無くなっておった。それから肘から下の前腕部を両腕とも一時切断、血も大量に失っておる。【慈愛の息吹】で治療は施したが、念のため【女神の抱擁】での追加治療を願いたい所だな」

「ありがとうございます。十兵衛さん、これを噛んで服用してください」

「あ、あの」

「服用!」

「はいっ!」


 渡された丸薬を口に放り込み、がりがりと奥歯で噛み砕く。得も言われぬ苦みが口の中に広がり、思わず呻きそうになったのを必死に堪えた。

 ガラドルフがそっと十兵衛の身体を下ろし、座り込んだ彼の背を支えた状態でスイの診察を待つ。

 スイはというと、ぼろぼろになっている十兵衛の装備や衣服を容赦なく剝いでいき、上半身が裸になって「いや、ちょ、スイ殿、あのっ!」と慌てる十兵衛を無視して触診。真っ赤になって言葉を失った彼に【女神の抱擁】を施すと、下瞼を診たり腕を取って接合部分を確認したりと、実に細々と働いた。

 その内帰還の噂を耳にしたのか、リンとアレン、スピーが「十兵衛!」「十兵衛様!」と毛布を手に駆け寄ってくる。スイの診察を受けている十兵衛が無事なのを確認した三人は、彼の肩に毛布をかけてやりながら腹の底から安堵の息を吐いた。


「はー! もう、心配したんだからな!」

「海上で凄まじい爆発が起こったのを見た時は、さしもの我も血の気が引いたぞ」

「ご無事で良かったです……!」

「ありがとう、三人とも。というかスピーの方が無事じゃないな?」

「僕は奇跡を受けられないので……。でも、アレンに手当てをしてもらいましたよ!」


「包帯、とっても上手に巻いて貰いました!」と笑うスピーに、隣に立つアレンが照れ臭そうにしつつ肩を竦める。


「将来、薬師になった俺の一番最初の患者さんになって貰おうって話だったのにさ。なる前にこうなるんだもん、びっくりして胃が飛び出そうだったよ」

「えへ……ごめんねアレン」

「反省して次から気を付けてくれよな!」


 びしっと指を指されて、スピーが「約束するよ」と嬉しそうに微笑む。

 そんな二人のやり取りを、十兵衛は目を丸くして見つめていた。


 ――次。将来。……約束。


 どれも、未来を望まなければ出てこない言葉だ。

 それをすんなりと当たり前のように受け取ったスピーの姿に、十兵衛は瞳を震わせる。

 そんな彼の視線に気づいたのか、スピーは十兵衛の方に振り向くと、晴れやかな顔で笑った。


「十兵衛様。僕、ちょっと欲張りになりました」

「……スピー……」

「今日を越えた明日だけじゃなくて、その次の明日も、――もっと先の未来も。見てみたくなったんです」


 細い首に、彼を縛る(くさび)はない。心から自由になった彼を止めるものは、もう何もないのだ。

 そんなスピーに、遠くの方から「スピー! 手伝ってくれー!」とフェルマンの声が上がる。元気よく返事を返しながら駆けていくスピーに、アレンとリンも「じゃ、後でな!」と彼を手伝うべく着いて行った。


「なんともかしましいものだ」

「…………」

「……では、我が輩も力仕事に精を出してくるかな」

「え、」


 ゆっくりと立ち上がったガラドルフに、十兵衛がきょろきょろと視線をやる。大怪我を負った自分に、どうにも厳しく接してくるスイと二人きりにされるのが気まずかったのだ。

 だが、そんな十兵衛の気持ちを分かっているのかいないのか、ガラドルフはふっと目を細めて「ま、気張れい」と声をかけて去って行った。

 困ったのは十兵衛である。

 あれから腕を取ったまま顔を上げないスイが、目の前にいた。自分としては油断をしたつもりもなかったのだが、結果として神官の彼女の手を煩わせる事態になった事には反省していた。

 それを思い、「あの、スイ殿。すまない……」と謝った十兵衛だったが、そこでようやく気付いた。


 ――スイが、泣いていた。


 診察をするために取っていた十兵衛の腕に、いくつもの涙の粒を落として、顔を伏せたまま泣いていたのだ。

 言葉を失った十兵衛に、スイが震える声で「何に、謝ってるんですか」と問いかける。


「そ、その……スイ殿に、手間をかけさせて……」

「違うでしょう。違うでしょう! そこは心配をかけてって言うんですよ!」


 怒ったように顔を上げたスイの頬に、大粒の涙が幾筋も零れた。

 それを目の当たりにした十兵衛が、思わず肩を震わせる。


「治療の手間!? 私は神官です! 怪我人を治癒して当たり前です! それを謝られる謂れは一切ない!」

「スイ殿……」

「謝るなら、心配をかけた事にでしょう!? それともなんですか! 心配もされないと思ってたんですか!」

「だ、だって俺には次元優位が」

「だからなんだっていうんですか!」


 スイの拳が、十兵衛の胸を叩いた。どうして分かってくれないんだと、遣る瀬無さに身を震わせて何度も何度も叩いてみせる。


「死なないから心配しないんですか。違うでしょう! こんなに血で真っ赤になって! ぼろぼろになって! 十兵衛さんの負った痛みを考えたら、心配するに決まってるでしょう!」

「あ……」


 それは、自分がハーデスに向けた思いと同じものだった。真っ直ぐにぶつけられた思いに、十兵衛は唇を戦慄かせる。

 そんな彼に、スイは縋りつくように腕を伸ばす。背中に手を回し、引き寄せるように抱きしめ、力を込めて実感する。

 ――十兵衛がここにいる事を。彼がまだ、生きている事を。


「貴方が私の無事を思ってくれたように、私だって無事を祈ってるんです。それをどうか、忘れないで」

「…………!」

「十兵衛さんが、生きていて良かった……!」


 掠れた声で呟かれた言葉に、十兵衛の目から涙が零れた。それは、彼がずっと欲しかった言葉でもあったのだ。

 死を望まれ、自らも死を望んでいた。けれど、望み、願い、求め、失望し、その上でなお諦めきれなかった、何よりも眩しい言葉を、ついに十兵衛は与えられた。

 震える手を伸ばし、抱きしめてくれるスイを、今自分が持てる力の全てを込めて抱きしめ返す。



 ――この世にたった一人でも、お前を大切に思う者がいることを。

 ――零の善き生を望む者が、ここにいるってことを。どうか、忘れないでね。



 兄に送られたかの日の言葉は、溢れんばかりの祝福と共に、確かに十兵衛に届いたのだった。

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