13話 常識の存在、非常識を知る
魔物は須らく人の上位種として生まれてくる。最弱と称されるスライムとてそうだ。
枝より零れ落ちるように人の頭へと垂れるスライムは、瞬く間に人を窒息死させ、その身をゆっくりと溶かして喰らう。それは、スライムが生まれ落ちたその時より持ち得ている特徴だ。生身の人間が武術を極め、己の身を守る術を手に入れるとしても一朝一夕ではならずとても長い時間がかかるのに対し、スライムは初めから持ち得ている。そういった意味でも、魔物は須らく人の上位種であると言われていた。
カルナヴァーンとて、その認識に相違はない。ましてや長き時を魔将として生きたカルナヴァーンは数多の戦いからその身を鍛え、あらゆる魔法も身に着けていた。
――【身体硬化】もその一種だ。
外殻が最強の防御となるドラゴンと反して、カルナヴァーンの皮膚はいつも爛れ引きずられている。虫を身体に飼っている故の横着からだったが、だからといって防御をおろそかにはしなかった。身体に添わせるように、【身体硬化】と呼ばれる硬化魔法を常から発動させていたのだ。
魔法や物理といった外からの攻撃を易々とは通さないその魔法は、この世界で広く使われている。カルナヴァーンは己の魔力で補完し、さらに強力なものと変えて使用していた。
そんな身体を、十兵衛はあっさりと一刀両断したのである。
――なんの鉱石を使っている。
鞘に収められている剣を、カルナヴァーンは目を眇めて見つめる。
気づかれぬよう【看破】の魔法を使って素材を見極め、内容を知り。
カルナヴァーンは、
「はぁ!?」
と腹の底から大声を上げた。
「なんだその剣は!」
わなわなと震える指で十兵衛の剣を指さし、憤るように眉根を寄せる。
「打刀だが」
「名称はいらん! 素材だ! 魔法すら感じぬというのに一体どういうことだ!」
「ただの鉄ではないか!!」
その指摘に、十兵衛は「何を当たり前の事を」と片眉を上げ。
スイは、カルナヴァーンの意味する所を知りあんぐりと口を開け。
ハーデスは、訳知り顔で目を細めた。
***
カルナヴァーンの指摘に目を細めたハーデスは、「然もありなん」と胸の内で独り言ちた。
次元を超えたのは十兵衛だけではない。十兵衛が身に着けていた衣服や武器、全てが高次元領域から低次元領域へ移動したのだ。
アレンが「そのままじゃどう見ても山賊だ」と言っていたあのぼろぼろの布の衣服さえ、この世界においては最高峰の硬度を誇る防具となる。
――故に、次元優位は、刀にさえ有効だった。
とはいえ、十兵衛から「優位性を無くしてくれ」と頼まれたのは身体に限った話で、刀や衣服については言及されなかったので、ハーデスはそのままにしている。
言及されない、というよりも、『知らない』という方が正しかったが。
***
「我が国が誇る究極の刀剣だ。ただの鉄と侮ってくれるなよ」
鉄呼ばわりでむっとした十兵衛が抗議する。「いやそうじゃなくて」と突っ込んだ声はスイとカルナヴァーン共に同時で、自身の言葉が微塵も理解されない事に苛ついたカルナヴァーンは、「もうよいわ」と十兵衛に向けて手を翳した。
「業腹だが切れ味が良いのはよう分かった。であれば近づけさせんまで」
「……!」
「我が子らよ、疾く喰らいつくせ。一匹とは言わず、皆で仲良う分けて喰うといい」
瞬間、極小の虫達が十兵衛に向かう。村人達を魔物へ変化させた、寄生虫の群れだった。
一時の間もなく、虫の群れが十兵衛を襲う。体の穴という穴から虫が入り、十兵衛が魔物化してしまう、とスイ達は最悪の事態に息を呑んだ。
――ところが。
「お前の言葉通り無事なわけだが」
凄まじい量の虫にたかられた姿のままで、十兵衛が憮然とした声で呟く。
「いくら防がれるとはいえ目や耳の側でたかられたら気が狂いそうだ。なんとかならんのかハーデス」
「文句が多いなお前。私は手を出さんと言っただろう」
「寿命を妨げないということだろう? これらにあるのか、それが」
問われたハーデスはきょとんと目を瞬かせる。
促されて十兵衛の身体にたかる虫を見つめると、「無いな」と手を叩いた。
その音を合図に、十兵衛を覆っていた虫の一切が跡形もなく消滅する。
「模倣生物、といったか。なるほどな。魂が込められれば寿命も生まれようが……」
「そうでない限りはお前の協力も望める、と」
「嬉しそうに言うな。過度な期待は無用だぞ」
言葉を失ったカルナヴァーンの前に、ハーデスがゆっくりと空から降りてくる。十兵衛と並ぶように立ったハーデスは、なんの感情も抱かないような目で眼前の生物を睥睨した。