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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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125話 神の試練を受けし者

「――という経緯で、うちらがやってきたわけっす」

「クロエ先輩……!」


 エデン教会に突如として開いた転移門から、クロエとシグレ、サンドラがやってきた。三人はルナマリア神殿に勤める神官の中でも腕利きの高位神官である。そんなクロエ達が大量の医療物資と共に参上したとあって、エデン教会は一時大混乱に陥った。

 目を白黒させて戸惑う面々にクロエが手短に説明を施し、スイは感動に胸を震わせる。まさかクロイスとカガイからの助けが入るとは思いもしていなかったからだ。

 なんと言えばいいか分からず唇を戦慄かせるスイに、クロエが緑色の瞳を細めて優しく微笑んだ。


「それから、カガイ神官長からの伝言。『たった独りで、よく頑張りましたね』、だって」

「――っ!」


 スイの目にいっぱいの涙が浮かんだ。眦を真っ赤にして歯を食いしばり、零すまいと必死に耐える。

 ずっと不安だった。本当に自分の取る手段が、たくさんの命を繋げられているのかと。痛みを我慢させ、延命だけに重きを置くそのやり方に果たして救いはあるのかと。全力で怪我人を治しきって、以降はもう誰も助けられないのだと、そういう風に自分も患者も無理矢理納得させる道をとらなくてよかったのだろうかと。

 答えの出ない戦いの連続だった。だが、ついに彼女は辿り着いた。現場でたった一人の高位神官として最善を模索し続けたスイが、一番願っていた結末に辿り着けたのだ。

 この場にいる患者全員を治療し、痛みからも解放して死を遠いものとする。それが今や可能になったのだと分かった瞬間、スイの両目から涙が溢れかけた。

 そんな彼女をシグレとサンドラが苦笑しながら見つめ、安心させるように頭を撫でる。


「もう大丈夫。僕らもいるからね」

「お姉さん達に任せなさい」

「~~~ま、ま、任せませんもんっ!」


 肩口で両目を拭い、スイが涙声で強がる。


「まだまだ私も余力はあります! 先輩達が来たなら怪我人の完全回復に舵を切れますし、聖水球の効果の上昇も――!」

「分かった分かった! まったく、うちの姫さんは頑張り屋さんだなぁもう」

「自慢の後輩ちゃんだよねぇ」


 笑いながら言いつつ、シグレとサンドラがスイの元から離れた。

 重傷者が並べられている区画に赴き、大勢の怪我人の前に立つ。


「今回ばかりは範囲回復で一気に治すよ。人によってはちょっと陶酔状態になっちゃうかもだから、皆さん安静に目を閉じていてくださいね」

「スイ! そっちにいるアンデッドと亜人君は訳アリ?」

「は、はい!」


 サンドラの問いに、スイが頷く。「戦友です!」という答えに納得するように笑うと、「了解!」と告げて前に向き直った。


「ってことでシグレ。範囲回復の奇跡、角度は百八十度縛りね」

「……本気?」

「本気も本気。え、まさかカガイ神官長直下の高位神官の癖して、そんな事も出来ないの?」

「アホ。叩き上げ舐めんな」


「でもレナ様に注文つけるのほんと不敬~!」と情けない声を上げるシグレに、サンドラが軽く頭をはたいた。

 血晶石のタリスマンを握りしめ、シグレとサンドラが並んで跪く。

 深い祈りを捧げるように握り込んだ拳を額に当て、僅かなズレもなくぴったりと合わさったリズムで祝詞(のりと)を口にした。



 ――慈悲深き愛の女神よ、我が祈りに応えたまえ


 ――汝の愛する子らの嘆きを、疾く打ち払わんがため


 ――汝の愛する子らの痛みを、疾く打ち払わんがため


 ――我が眼前に広がる悲しみに、汝の与えたもうた力を顕現せしめん




「【大いなる福音(ふくいん)】!」



 シグレとサンドラの奇跡が、同時に発動した。

 暖かな風が彼らを中心として巻き起こるや、宣言した前方百八十度に向かって吹き渡り患者達を包み込む。暗雲の立ち込めていた空からは神々しい光が差し込み、不自然な程綺麗に割られた半円の光が、重傷者のいる区画一体を照らした。

 息を呑んで見守るフェルマン達の前で、彼らの負っていた怪我がみるみるうちに塞がり治癒が施されていく。出血を押さえるだけで止められていた切断された腕や足からは、神経や血管、骨が伸び、うっすらと肉の盛り上がった名残だけを残して繋がった。

 ――もはや、言葉も無い。元神官であるヴィオラは、高位神官の極意を目に出来た僥倖とその偉大さに思わず身を震わせた。


「よし、次行くよ!」

「四肢切断のあった人は後でもう一度診察に来ますから、その場で待っていてくださいね。他の方々も後程増血薬を出しますのでまだ……コラぁサンドラ! 説明を怠るな!」

「その場で待機! 動くな! 以上!」

「いやまぁそうなんだけど……もう!」


 次の区画へ向かうサンドラに、シグレが溜息を吐きながら足早に付き従う。それを見送りながら、フェルマンはあんぐりと口を開けたままスイを見やった。


「……あの。あの御業は、スイ様も……」

「【大いなる福音】ですか? 勿論使用出来ますよ」

「出来なきゃ高位神官名乗れないっす。でもすんごい精神力使うから、ここぞって時だけっす」


「そんな縛りを課してる中で、この人数をよく生かしたもんっすよ」と、クロエはスイとエデン教会の神官達を手放しに褒め讃えた。

 

「で? この頭上にあるどでかい水球を聖水にって作戦っすよね?」


 クロエ達が到着し、話していた最中でも神官の祈りは続いていた。リンの保つ特大の水球はエデン教会の前方上空に作られており、更にその前方を光の魔法使いの三人が【投影(プロジェクション)】で偽のエデン教会の映像を映して隠している。

 スイはクロエの質問に頷くと、「でもまだまだ時間がかかりそうで」と目を伏せた。

 そんなスイに、クロエは不思議そうに首を傾げる。


「奇跡をかけたらいいっす」

「……クロエ先輩。神罰が下ります」


 クロエの疑問は最もだった。それはスイも思ったことだったのだ。

 祈りを捧げて水を聖水に変えるよりも格段に速い方法が、奇跡を直接かけるというものだった。だが、その方法ではかつて人の為を思い大地の穢れを奇跡で祓って神罰を受けた神官と同じ末路を辿ってしまう。

 それを懸念するスイに、クロエは「もー、スイちゃんは頭固いっすねぇ」と笑った。


「水球に人を入れればいいっす」

「はい?」

「人に奇跡をかけるっす。うちらはそれを()()()()()()()()()()()()()()ってわけっす」

「……あ、」


 スイは目を丸くした。ヴィオラもだ。

 神の奇跡を自在に操る高位神官から出たとは思えない型破りな発言に、二人は絶句した。

 普通なら怒り、「不敬だ!」と罵られてもおかしくない。だが。

 ――だがスイは、不敵に笑って頷いた。


「……いいですね。いいですねー! さっすがクロエ先輩!」

「でっしょー。もっと讃えていいんすよ?」

「程々にしておきます。カガイ神官長からそう教わったので」

「ひどいっす!」


 当然のようにクロエの意見を受け入れ、準備に入るスイにヴィオラが瞠目する。看過できない作戦内容に、思わず「あの!」と声を張って二人の行動を止めた。


「だ、大丈夫なのですか! レナ様は、本当に……本当に我々を見ておられるんですよ!?」


 神罰を実際に受けた身だからこそ、ヴィオラは問う。不敬にあたらないのか、侮りが神の怒りを買いはしないのか。二人を案じるが故に止めに入ったヴィオラに、クロエとスイは安心させるように微笑んだ。


「私達はレナ様から奇跡を賜りましたよね?」

「でも、神はどの奇跡がどれくらいの怪我を治癒できるかなんて、教えてくださらなかったっす」

「そ、それは……!」


 確かにそうだ、とヴィオラは内心頷く。神から人体の知識と奇跡を賜っても、治癒とは明確に何を指すのかも、それぞれの出来る奇跡の限界値も分からないままだった。


「故に神官は、人を救う奇跡をより深く知るために、試行錯誤を続けます」

「だから、ちょっとオーバーな奇跡を使ったってお目こぼしをされるっす」


「だってそれこそが、人の為に生きる神官に、()()()()()()()()()()ですから」


 ――方便だ。

 ヴィオラは、そう感じた。しかし、それはきっと必要な方便だった。

 女神レナの愛は、遍く人の為に在る。その愛の奇跡を授かった神官もまた、女神の意思に沿い人の為に在る者だ。

 だが、果たして人の為とはいったいどこまでを指すのだろう。初めに神罰を受けた神官とて、正しく人の為に在った。それが間違っていたと罰したのは神であるが、人々は『彼女は確かに人の為に在ったのだ』と嘆き、悲しんだ。その先に生まれた護黒紋に対し、一体誰が文句を言えよう。

 神の愛は人の為に在り、神官もまた人の為に在る。その境目で()()()()()()()()()()()こそが、本当の人の守護者なのではないか――。

 その結論に思い至り、ヴィオラはグスタフや自分が高位神官になれなかった意味を知った。神の愛だけに重きを置いて生きてきた所で、その高みに到達できるはずもなかったのだ。

 ともすれば神に刃を向けるようなギリギリの境界で生きる者。それが彼女達、()()()()という存在なのである。


「水球に人を入れるというのは分かった。だが、この中に入れるとなると中心の渦で間違いなく死ぬから、人一人分の水球を新たに用意しよう」


 魔法を保ちながら、リンが提案を受け入れる。「この上で更に水球を!?」と驚く面々に対し、「竜を舐めてくれるなよ?」と悪そうな顔で笑った。

 大水球の下に小さな水球がリンの魔法で作られる。彼女曰く、この水球の周囲に大水球をベールのように被せる形で奇跡を受けるとのことだった。

 さてその中に誰が入るかという段階になったところで、アレンの手当てを受け終わったスピーがおずおずと手を上げた。


「あ、あの、僕……」

「ば、馬鹿者! お前が入ったら奇跡で死ぬだろうが!」


 スピーの挙手を、側にいたフェルマンが慌てて遮る。そんなフェルマンに擽ったそうに笑い、「そうじゃなくて」とスピーが首を横に振った。


「僕からの提案で、フェルマン様はどうかなって」

「……は? 私が?」

「はい。フェルマン様、雷魔法で火傷を負っておられるでしょう? 本当はもっと冷やさなきゃいけなかったのに、まだそのままでいらっしゃるから……」


「だから早く治して頂きたくて!」とスピーが言い募る。彼の慮る気持ちにぐっと涙を堪えたフェルマンは、礼を述べてスイ達の前に出た。


「私でよければ、是非協力させて頂きたく!」

「なるほど? じゃあ宜しく頼むっす。そこの神官君は――」

「あ、ヴィオラと申します!」

「うん、ヴィオラ。ここにバケツを用意しておくっす」

「バケツ? しょ、承知しました!」


 エデン教会に取りに走るヴィオラを見送り、フェルマンが息を止めて水球に入る。

 リンの権能でフェルマン入りの水球が宙に浮き、形を変えた大水球がベールのように覆い囲った。

 すでに魔法として完成させている物を【流水(アクアリック)操作(オペレーション)】で解き、組み直すという離れ業である。側で見守っていたキッドは魔法使いとして桁外れの技量を目の当たりにし、驚きに目を見開いていた。

 リンから準備完了の旨が示され、スイとクロエが大水球の下で跪き、拳に握り込んだ血晶石のタリスマンを掲げる。



 ――我、この力を用いて汝の愛する子らを救わんとす


 ――汝の愛する子らの嘆きを疾く打ち払い、汝の愛する子らの痛みを疾く打ち払い


 ――汝の愛する子らの健やかなる命を願い


 ――今ここに、汝の与えたもうた力を顕現せしめん




「【女神の抱擁】!」




 頬を撫でる暖かな風と同時に、その風がまるで宙で形作られるように姿を変えていく。

 淡い緑色のエネルギーの奔流が、女神の大きな手のように変化したのだ。スイとクロエ、二人から発せられたその奇跡は四つの手となり、大水球を抱きしめるように包み込む。

 中心にいたフェルマンは、引き攣るような痛みを負っていた傷が見る間に治っていくのを感じ、偉大なる神の奇跡を受けられた事に感動に胸を震わせながら――



 ――猛烈な吐き気に襲われた。



「~~~っ! ~~~~~っ!!」


 大急ぎで口を押さえ、苦しむように身をよじるフェルマンを見つけたスピーが、「フェルマン様が! フェルマン様の息が!」と大慌てで声を張る。

 無事に大水球が聖水球へと変じたことを確認したクロエから解放の許可が下り、リンが再び【流水(アクアリック)操作(オペレーション)】で形を変えてフェルマン入りの水球を地面に下ろす。

 小さな水球を解除したところで、丁度タイミング良く「バケツお持ちしましたー!」とヴィオラが駆け寄ってきたのを、フェルマンが驚異の速度で奪い取って顔を埋めた。


「オエーーーーーーー!!」

「フェ、フェ、フェルマン様ー!!」

「フェルマンのおっちゃん!」


 アレンとスピーが慌てて駆け寄り背を撫でさする。それを見ながら、クロエが「ま、そうなるわなぁ」と苦笑した。


「ど、どういうことですか! フェルマン様の怪我を治す話では……!」

「いや、治ったよ? でも過ぎたるは猶及ばざるが如しってね」

「やり過ぎた治癒は、患者を陶酔状態に陥らせる可能性があるんです。ましてや【女神の抱擁】なんて破格の奇跡を二人分受けたら……」

「そりゃ気持ち悪くなるっすわ。あっはっは」

「だ、だからバケツの準備をさせたんですね……」


 二人の高位神官の意図に気づいたヴィオラが、「神よ、彼に吐き気を緩和させるご慈悲を……」と思わず祈りを捧げる。

 全然収まらない吐き気にバケツから顔を離せないフェルマンを見守りながら、アレンは十兵衛と船で吐き続けていたことを思い出し、「ここに来てからこればっか!」と肩を落とすのだった。


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