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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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124話 娘の忘れ物を届けに

 ルナマリア神殿にいたクロエは、思いもよらぬ所から空気の変化を感じた。近くで解呪という名の寄進をせびっていたカガイから、不穏な気配が立ち上っていたのである。

 おもむろに振り向いた先で、カガイは真っ直ぐにある一点を見つめていた。そこに釣られるように目を向けて、クロエは驚く。


「あ、あれ? 転移門、消えちゃったんすか?」


 オデット伯爵邸と繋がっているというそこから大勢の貴族達がやってきて、一日が経っていた。その間まったくブレることなく当然のように存在し続けていた転移門が、突如として消えていたのである。

 クロエの上げた声に、現場にいた神官や貴族達が一斉に視線を向ける。転移門の消失を確認するや、瞬く間にどよめきが走った。


「お、おい! 解呪が終わったらここから帰れるという話だっただろう!?」

「どうなってるんだ、カガイ神官長!」


 罵声と共に詰め寄ってきた貴族達の前に、シュバルツがカガイを庇うようにその身を滑り込ませる。

 だが、そんな彼らの言葉に反応すら示さず、カガイはしばらく呆然と転移門を見つめると険しい表情で立ち上がり、カンッ! と金と宝石で作られた杖で神殿の床を叩いた。

 その甲高い音に、それまでざわついていた空気がしん、と静まり返る。


「シュバルツ」

「はっ!」

「本日の営業は終了です。信徒の見送りを。重ねて神殿騎士を出来る限り集め、白石段(はくせきだん)にて戦闘準備を終えた状態で待機させなさい」

「畏まりました」

「カガイ神官長……!?」


 まるでこれからどこかに戦いに行くかのような指示である。戸惑うクロエ達に、カガイは続けて「シグレ、サンドラ、クロエ!」と三人の高位神官の名を呼んだ。


「は、はい!」

「療養所よりありったけの包帯と鎮痛薬、消毒液の準備を。今すぐに!」

「え、で、ですが」

「返事!」

「はいっ!」


 弾かれたように走り出したシグレとサンドラに、クロエも慌てて着いて行く。二人を追いかけながらもう一度振り向くと、カガイが杖と冠をシュバルツに預けて足早に神殿を出ていく姿が見えた。

 何かまずいことが起きたのだろうか。そう思いつつ、いらぬ疑念は捨ててまずはカガイからの命令を守るためにクロエは大急ぎで療養所へ向かった。



 ***



 オーウェン公爵邸の正門で、カガイは内心地団駄を踏みそうな気持ちを堪えながら、ロラントの迎えを待っていた。

 夜ならまだしも、日中のクロイスは公務で忙しい。そこを押して面会の約束も無しに謁見を願う事がどれ程非常識であるか分かっていても、彼は無茶を承知で押し通した。

 今回の作戦において、ハーデスが転移門を消すことはまずないと聞いていた。長距離だろうが長時間だろうが関係なく、こちらからあえて消さない限り維持することは可能だという話だったのだ。


 ――これは、スイの覚悟に譲歩したものだ。関係のない事象が発生した場合、その限りではないと知れ。


 ルナマリア神殿とオデット伯爵邸を繋ぐ転移門について語ったハーデスの言葉を、カガイは思い浮かべる。関係のない事象、つまり、オデット伯爵邸で予想される荒事以上のものについては責任を負わないという話だった。

「随分と薄情ですね」と述べたカガイに、ハーデスは「決まりだ」とだけ言っていた。何においての決まりなのかは分からなかったが、少なくともこの事件において協力が得られるのならばそれで良いと承諾した。――が、ここに来て転移門が消えた事にカガイは一抹の不安を覚える。

 あの会場にいた貴族達は全てこちらに連れてこられた。後は戻すだけという段階において消されたとなれば、あちらで何か問題があったことに他ならない。

 もし、こちらの予想以上にオデット伯爵家が腐敗していて、内乱でも起きていたら。もし、ウロボロスが更に兵力を増加させて、エレンツィアにやってきていたら。その矢先の戦闘で、ハーデスが転移魔法を保てなくなっていたとしたら――。

 孤児であったレティシアの親代わりを果たしていたカガイにとって、スイは手塩にかけて育てた部下であり、孫のようにも思っていた。彼女の安全を願い取った手が悪手になるなど、考えたくもない事態だった。


 ――私の落ち度だ。


 唇を噛み締めて、カガイは固く目を閉じ俯く。

 そんな彼に、転移魔法を使ってやってきたロラントが気遣うように優しく声をかけた。


「お待たせしました、カガイ神官長」

「っロラント!」

「どうぞこちらへ。公務中のためすぐというわけにはいきませんが、出来る限り早めに時間は作るとの仰せです」

「頼みます」


 転移魔法でオーウェン公爵邸の前に辿り着き、案内された応接室でカガイはじっと待っていた。

 差し出された茶にも手を付けず、膝の上に置いた拳を見つめる。

 静まり返った部屋で、時計の針がコチコチと鳴り続ける音だけを聞いていた。そちらを見る事は出来なかった。時間の経過を知る事が恐ろしかったのだ。

 一体どれ程待ったのだろうか。カガイの耳に、初めて時計以外の音が届いた。短いノックの後、目を向けた先で応接室の扉が開かれる。

 謁見を願い待ち続けた男が、そこに立っていた。


「クロイス……!」

「待たせたね。来客関連は一通り繰り上げて終わらせた。だがまだ書類仕事の途中なんだ。執務室で業務の傍ら聞いても?」

「構いません」


 了承を得るや、即座にクロイスが【転移(テレポ)】を使って自分とカガイを執務室に飛ばす。

 執務机に山と積まれた書類にクロイスが嘆息しつつ席につく。カガイは一呼吸おいた後に呼び立てた目的について話し始めた。

 クロイスの部下の件やスイが狙われていた事柄は伏せ、高位神官の任として与えた関連のものだけを手短に伝える。そうして現在、ハーデスが転移魔法を解かねばならない程の事態に陥っているという言葉を最後に、カガイは沈黙した。


「…………」


 クロイスは無言だった。カガイに目を向ける事も無く、ただ羽ペンを走らせてサインを施し、判を捺す作業を続ける。

 その沈黙が、怖ろしかった。彼のスイに向ける愛情の深さを、カガイは知っているからだ。


「……クロイス、」

「公務中だ」

「オーウェン公爵閣下」


 もどかしい思いを堪えながら言い換え、カガイは願う。


「エレンツィアへ、転移魔法を使った兵の即時派遣をお願い出来ませんか」

「領土侵犯を行えと? 無理だね」

「閣下!」


「娘の危機なんですよ!」という言葉は飲み込んだ。この話の内容で、彼が分かっていないはずがなかったからだ。

 分かっていてなお「無理だ」と断言した公爵としての判断に、カガイは何も言えない。言えないが、食い下がった。


「どうか慈悲を!」

「あのな。慈悲も何も無理なものは無理だ。そもそも本当に兵の派遣が必要なのか? もし違った場合、私はオデット領を奪いにやってきた悪徳領主になるんだぞ」

「無駄であればそれでいいんです。何もなければ何もないと分かれば……!」

「何も無かったから何もせずに兵を引き上げましたって? 馬鹿馬鹿しい。そんな理由が通るとでも? 君らしくないぞカガイ」

「っ~~~!」


 ここに自分が来た意味を。恥知らずと誹られようと、無理矢理面会を取り付けた意味を理解しているだろうにとカガイは歯噛みする。

 滲む憎悪から顔を歪めるカガイをクロイスは冷静な目で見つめ、小さく嘆息して背凭れにもたれかかった。


「そもそも、だ。君は一つ勘違いをしている」

「勘違い……?」

「おかしいと思わないか? 私が今の話を聞いて()()()()()()()()()()()ことを」


 はっ、と息を呑んだ。同時に、背に冷たい汗が流れる。

 スイを危険な場所に追いやったと自白した者を、クロイスが許すはずがない。即座に刑に処し、兵の派遣の前に自分が転移で飛んで助けに行くのも辞さない男だ。

 そんな彼が冷静に書類作業を続けているという意味を、カガイは気づけていなかったのだ。

 言葉を失ったカガイに、クロイスは肩を竦める。


「君がスイに任を与えた時、私もハーデス君に約束していてね」

「約束……?」

「私よりも先に死なせるな、と」


「危ない時はリンドブルムに連れ帰れとも告げたんだがね」と溜息を吐きながら、クロイスは笑った。


 ハーデスは寿命が見える。それをカガイは知らない。この世界でクロイスとスイ、十兵衛の三人だけが知る事実だ。

 クロイスはスイ達が旅立つ寸前に、ハーデスに問うた。自分の寿命よりもスイの寿命は長いのか、と。隠すことなく頷いたハーデスに、ひどく安堵したのを覚えている。

 自分とスイの持つ命数が、どれ程の長さかは分からない。それでも、スイが親より先に死ぬことはないと知る事が出来た。

 それがどれ程大切で親孝行な事か、と心から安心したクロイスは、重ねてハーデスに願った。「どうかその寿命が変わらないように、天寿を全う出来るように守ってやって欲しい」と。それはつまり、彼女が自死を選ぶような時がくれば、止めてくれと願ったことと同義だった。

 酷く難しい注文だったのか、ハーデスは戸惑うように眉根を寄せていた。だが、十兵衛にも同様の事を強いている事を思い、渋々ながらも受け入れたのだ。


 だから、クロイスは冷静でいられる。スイが自分よりも先に死なないと知っているから、カガイの話を聞いても怒りはしない。否、本当は少し、……ちょっとだけ、怒ってはいたが。


 クロイスからハーデスとの約束の話を聞き、カガイは黙り込む。

「それは、そんなにも信頼出来る約束(もの)なのですか」という問いに、クロイスは深く頷いた。


「ハーデス君は破らないよ」

「……何者なんですか、アレは」

「なんか凄い奴」


 ハーデスにも告げられた言葉と同じものをクロイスが言い放つ。その滑稽さに、カガイは肩の力を抜いて大きく嘆息し、力無く笑ってみせた。

 その時だ。二人の前に、魔力の青白い糸が通る。

 クロイスは先んじて察知していたのか、当然のようにその糸に触れて意識を集中させた。


「おー……これはこれは……」

「なんです? 魔力の糸?」

「ハーデス君の【賢者の兵棋(へいぎ)】だね。えー……なんか魔物の感知があるな。アンデッドとレイスが……いやもう数えるの無理だ。数千はくだらないね」

「はっ!?」


「なんでそんなことに!?」と驚くカガイに、「私の台詞だが」とクロイスが溜息を吐く。

【賢者の兵棋】に魔力を通す事で座標とおおよその現状を特定したクロイスは立ち上がってベルを鳴らし、ロラントを呼んだ。

 即座に駆け付けたロラントが、深々と頭を下げる。


「ロラント、外套の準備を。少しだけ外に出る」

「畏まりました」

「ど、どこに……」

「どこにって、()()()()()()。君が願ったんだよ?」


 その言葉に、カガイは目を見開いた。

 クロイスはロラントから外套を受け取り袖を通すや、にっと口角を上げる。


「まったく。スイったら高位神官のくせに()殿()()()()()()()()()なんて。お父さんが届けてあげなきゃいけないねぇ」

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