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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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123話 赤狼と白狼

 エルミナの宣言を耳にするや、ハーデスは即座に両手の指を合わせた。

 手の平の間で絶大なエネルギーが渦巻き、彼の意志に沿うように魔力の糸へと姿を変える。

 

「【賢者の兵棋(へいぎ)】!」


 解き放たれたのは、膨大な量の魔力の糸だった。目を瞠る十兵衛の前で、空を覆わんばかりに広がる青白い魔力の糸が、凄まじい速度で海上からエレンツィア方面へと張り巡らされる。

 だが、ハーデスの【賢者の兵棋】はこのエレンツィアだけに限らなかった。パルメア大運河を遡り、果てはリンドブルムにまで届く広さで展開したのである。


「クロイスのっ――!? でも、これは転移魔法の基準に使うもののはず……!」

「私の転移に、座標の基準など必要ない」


 大規模の魔法の行使に眉根を寄せるエルミナに、ハーデスは間違いを正すように告げる。


「この範囲における黄泉送りを制限した。導きの祈りも、私の黄泉送りも同様だ」

「……はっ! なんのつもり? 魂がこの戦場に残るなら、私は永遠に蘇生し続けるだけよ? 馬鹿な事をしたものね」

「いいや、させるものか」


 言うや否や、ハーデスが右手をおもむろに上げ、顔の前で人差し指と中指だけを立てる。

 瞬間、彼の背後にこの世界の言語とは思えない複雑な言語と数式で描かれた魔法陣が出現した。

 紫色の光を放ち、数百、数千の歯車がかみ合い回り続けるようなその魔法陣は、ハーデスの背後から空に向けて昇り詰めるように伸び続ける。

 その様相は、まるで天にまで届く巨大な扉のようだった。


「命への冒涜を、私は許さない。魂の持ち主に向けられた大切な思いを、無下にすることなど絶対にさせない」

「……ハーデス……」


 ハーデスの言葉に、十兵衛は思わず胸を震わせた。

 それはかの日、自分が語った思いと同じものだった。意志を継ぐように真っ直ぐ言い放った彼の在り方に、無意識に拳を握りしめる。


「貴様の魂の合成(冒涜)を、私は――【死の律】は、断じて認めない!」


 ――鐘が鳴った。深く、遠くに響き渡る梵鐘の音のようなそれが、ハーデスが創造した扉の奥から聞こえる。

 残響を大気に残しながらも、重ねるようにもう一度その大いなる音が聞こえたその時、魔法陣で作られた扉がゆっくりと開いた。


「【――案ずるな、正しく在れ。牢乎たるハイリオーレに嘘は無い。過ぎたるも及ばざる事もなく、己として在る今を誇るといい】!」



「【善き生を、生き抜いた君に祝福を】!」



 大きく開いた扉から放たれたのは、青白い光の尾を引く流星群だった。

 それは十兵衛やエルミナの上空を通り過ぎ、一気にエレンツィア方面へと向かう。その中でも一つの星だけが、ガラドルフがいる方角へと飛んで行った。

 膨大な魔法陣を使った魔法にも関わらず、攻撃魔法ではなかったことにエルミナは怪訝そうに眉を顰める。だが、そんな彼女の前で未だに隙無く右手を構えたままだったハーデスは、「十兵衛、」と隣に立つ()()()()()()()()に声をかけた。


「これより、強制的に合成させられた魂を、一つ一つもとに戻す」

「なっ――!」


 一体どれだけあると、と言葉を失う十兵衛に、ハーデスは事も無げに目を細める。


「私は死の律だぞ? 容易に出来る。だが、彼らの負担が無いようにここのルールに則したやり方を取ったからな。しばらくそちらに専念したい」

「……つまり、その間お前を守れと?」

「頼っても?」


「――上等!」


 心内で名も知らぬ老婆に謝罪を込めて、再度次元優位を全身に取り戻す。ハーデスの前に庇うように立つと、腰に差した【夜天】を抜き放った。

 打刀の柄を左手を引く事で少し右側に移し、霞の構えでエルミナに相対する。これより来る上空からの攻撃を、全て捌き切るという気概の表れだった。

 冥王は侍の意志を継ぎ、侍は冥王の思いに応える。

 ――そう在る事が、まるで必然であるかのように。




 ***




 突如としてエレンツィア上空を覆った紫色の光に、ギルベルトは目を瞠った。エルミナの魔法はいくらか戦場で見た事はあるが、今回のこれに限っては初めて見る物だった。

 一体何が、と思った矢先に、鍔迫り合いをしていたアンデッドの様子が変わる。


「ぐ、ぎ……」

「っ……こいつっ……!」


 ぼこり、ぼこりと身体の中に何かを飼っているかのような不可思議な動きが起こり、骨の折れるような音が多数響き渡る。

 呆気に取られるも、目の前でアンデッドの身が大きく変化していくのを目の当たりにしたギルベルトは、即座に後ろに振り向いた。


「退避ーーーっ!!」


 高位アンデッドだ。戦闘経験のあるギルベルトはそう判断した。

 自分や赤狼騎士団の面々なら対処出来ても、こんな高位の魔物と戦い慣れていないオデット騎士団や冒険者には手に余る存在である。

 ハーデスの黄泉送りがあるとはいえ、死人は出来る限り減らさねばならない。万が一にでもハーデスが死んだら、今までの味方が敵に変わるからだ。


「アンバー将軍閣下! しかし!」

「邪魔だって言ってるのが分からねぇのか!」


 フェルマンに現場を任されていたオデット騎士団の騎士が、ギルベルトの歯に衣を着せぬ物言いにぐっと言葉を飲み込む。

 それでも、ギルベルトの目に宿る真摯な思いを受け取った騎士はすぐに頷くと、「退避だ! 退避しろ!」と大声を上げて命令を伝えに走った。


「団長!」


 治療から戻ってきたレッキスがギルベルトに駆け寄る。高位のアンデッドに変じかけている敵を斬り飛ばし、上空で同様に姿を変え始めるレイスを睨みつけながら彼の命令を乞うた。


「レッキス! いい所に!」

「どうなさいます!」

「エデン教会を囲むように陣を敷け! スイ様が守ってくれる!」

「なっ……!」


 高位アンデッドに対抗出来るのは、高位神官しかいない。もはや彼女に頼るしか出来なくなった現状に、レッキスは言葉を失った。

 分かっているが、受け入れがたい命令を歯噛みしながら頷く。「団長はっ……!」と先に出る言葉を予想しながらも問うたレッキスに、ギルベルトは歯を見せて笑った。


殿(しんがり)を務める。さぁ行け!」

「なら自分もっ――!」

「俺に仲間を斬らせる気か?」


 冷静に告げられた言葉に、レッキスは今度こそそれ以上の言葉を飲み込んだ。諾を示し、戦場に残る赤狼騎士団の面々を引き連れ後退するレッキスを見送りながら、ギルベルトは細く、長く息を吸う。

 ――そして。


「【照準(ロック)】!」


 広範囲魔法を発動した。瞬間、この戦場にいる全てのレイスとアンデッドの視線がギルベルトに向く。

 それは、敵意を持つすべての者を釘付けにする、精神汚染の魔法だった。

 世界最強の剣士という肩書きの一つの理由が、これである。彼に強制的に定められた照準は一切外せず、無理矢理にでも攻撃の先を変えられる。例え逃げたくても、最期まで戦場に立たせられるのだ。

 そしてこれを発動した彼は、今まで一度も()()()()()()()


「色々あってよ、綺麗なお姉ちゃん達と踊り損ねたんだよ」


 低い声で呟き、魔剣バルカンを緩慢な動作で大地と水平に構える。

 再び上空を飛び交う青白い魔力の糸を視界に入れながらも、数千を超える視線を一身に浴びてなお薄っすらと笑みを浮かべて。


「せっかくだ。ここで俺と派手に踊ろうぜ!」


 ギルベルトの豪快な誘いに、アンデッドとレイスの軍団が大いに乗った。咆哮を上げ、猛進し、たった一人の騎士を押しつぶすべくまるで腐敗の波のように押し寄せる。

 その軍勢に向かい、一片の迷いもなくギルベルトは突貫した。


 ギルベルトを含めた赤狼騎士団は、爆炎魔法を得意とする。制圧、及び殲滅に重きを置く軍団だ。遠距離戦、もしくは最前線での前方突破を目的に構成されている。

 団長であるギルベルトは、中でも練度が桁違いだった。爆炎魔法は大規模な爆発と衝撃波でもって攻撃する、敵味方共に吹き飛ばす可能性を秘めた破壊力のある魔法である。それを、ギルベルトは自身を中心として放つのだ。

 半径二ミール。それが、彼の爆炎魔法の非行使範囲だった。魔法伝導率の高い魔剣バルカンと彼の剣術があるからこそ成しえた技術であり、精密な魔法の行使は不可能さえも可能にした。

 ――つまり彼自身が、爆炎魔法の爆心地となるのである。


「円天! 【爆炎波動(フレアリックバースト)】!」


 風切り音と共に、真円を描いて魔剣が空を切る。否、ギルベルトの攻撃範囲内にいたアンデッドの胴が、下半身を残して見事に真っ二つになった。

 ――次いで起こる、絶大な衝撃。


「っ――!!」


 空気が圧縮する耳障りな音が聞こえるや、視界が真っ赤に染まった。そして、暗転。

 瞬撃の大規模爆発が、アンデッド達の意識を身体ごと奪う。


「まだまだァーーーっ!」


 ギルベルトは止まらない。味方のいないこの戦場が、彼の真価を発揮できる場所だった。

 円を描き、空を切り裂いて、ソニックブームを重ねるように爆炎魔法を放ち続ける。

 アンデッドの四肢を奪い、レイスを霧散させる。それが、彼が今出来る唯一かつ最善の手だった。

 高位アンデッドは、低位や中位のアンデッドよりも復活が早い。自分が倒れればレッキスが。その次は赤狼騎士団の誰かが。何度でも何度でも破壊して、彼らを星に還せる浄化を待つ。不毛で非道な戦いを、歯を食いしばって耐え抜いた。


「うおっ!」


 と、爆炎魔法の一瞬の隙を狙ってレイスから雷撃が放たれた。身をよじって躱した所で、先ほどのような波状攻撃に続けられなくなったギルベルトに上空から雨あられのように魔法が飛んでくる。


「上から撃つなよ卑怯者!」


 こういう時は通常建物を頼りに逃げるが、自分で爆破して回ったため辺り一面焼け野原である。バルカンをふるって爆炎魔法で相殺させつつ、再度態勢を整えて攻撃に移ろうとまだ建物の残っている広場に向かって後退しかけた――その時だ。

 目の前に、見上げる程の大きな転移門が開く。


「はっ……!?」


 ギルベルトは戦闘中なのも忘れて思わず呆気にとられた。

 ここには転移魔法の基点となる結節点など存在しない。それが無い状態での転移魔法の行使は、クロイス・オーウェンの使う【賢者の兵棋】のような座標特定魔法が必須だった。だが、そこでギルベルトはあることに気が付く。先ほど魔力の糸が大量に飛んでいたことを思い出したのだ。

 まさか、と息を呑んだその後ろで、油断しているギルベルトに向かってアンデッドが錆びついた剣を振り下ろす。

 ――が、その一撃は届かなかった。それよりも先に発動した()()が、アンデッドを浄化せしめたのである。


「【聖なる波動】」


 転移門より放たれた奇跡が、ギルベルトを取り囲むアンデッドを一瞬で浄化する。使っているのは低位の奇跡なのに、威力が段違いだ。

 そう。()()()()()()()()()殿()()()でないと、あり得ない攻撃力である。


「な、な、なんっ……!」


 ギルベルトはあんぐりと口を開けた。彼に視線を釘付けにされているアンデッドやレイス達も同様に動きが止まっていた。

 転移門から、豪奢な装飾の白い甲冑を着た神殿騎士達が次から次へと軍靴の音も高々にエレンツィアに降り立つ。

 その最前に立つ高身長の神殿騎士が、目を丸くして固まるギルベルトに顔を向け、魔法返しのかかった盾と剣を携えながら小さく目礼した。


「ルナマリア神殿、神殿騎士団団長、シュバルツ・D・ウルフ。只今参上致しました」

「な、あ……えっ!? ルナマリア神殿!?」


「ということはこの転移魔法はハーデスが!? いやむしろオーウェン公爵が!?」と混乱するギルベルトに、シュバルツは演技がかったように肩を竦める。


「閣下とカガイ神官長からです。うちの高位神官が忘れ物をしておりまして」

「へっ?」

「高位神官の任務に神殿騎士の同行は必須。それを忘れて任に着くなど言語道断。――故に、」


 シュバルツが剣を構えるのに合わせ、一斉に神殿騎士団が同様の構えを取る。




()()()()()殿()()()、総勢一千。これより加勢致します」 

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