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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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121話 悪童

 赤狼騎士団が獅子奮迅の活躍で派手に暴れているため、レイスやアンデッドの多くはそちらに釘付けとなっていた。その隙を狙う形で弓兵部隊と魔法使いの部隊が攻撃をしかけ、徐々に敵の数を減らす。

 だが、兵数の差が縮まる事はない。時間の経過とともに死傷者が増え、エデン教会へ後退する者も多くいたからだ。

 その中でも歯を食いしばって踏ん張り戦い続けていたキッドは、遠く彼方の方角から自分の名を呼ぶ声が聞こえて振り向いた。


「キッド! 【スキャンプ】のキッド・ロンドは存命か!」

「おう! まだしぶとく生きて――いやあんたらこそ大丈夫か!」


 名を呼びながら馬に乗ってやってきたのはフェルマンだった。フェルマンの前にはスピーが、後ろにはヴィオラ神官が相乗りしている。

 キッドが心配したのも当然のことだった。フェルマンは包帯でぐるぐる巻きの上に、スピーは額から血を流して顔が真っ赤に染まっている。思わず眉根を寄せながら駆け寄ると、二人は苦笑しながらも頷いた。


「風の魔法使いの力が必要なんだ。すまないが一緒に来てくれるか!」

「そりゃ構わねぇっすけど……」

「多くいればいる程いい! 他に誰か風の魔法使いは」

「いや、もう俺しかいねぇ」


 その言葉に、フェルマンは目を瞠る。

 端的に「星に還ったので」とだけ口にして、キッドは自身に【飛翔(フライ)】をかけた。


「後方だからって安全なわけじゃないですし。……で? 何をするんです?」


 馬上の方に近づいて来たキッドに、フェルマンが声を潜めて手短にアレンとスピーの作戦を伝える。

 それを聞いたキッドは少し悩むように顎に手を当てると、「光の魔法使い! いるか!」と声を張った。


「いるぜ! こっちに三人!」

「まだ魔力に余裕はあるか!」

「多少はな!」

「よし! じゃあ俺達に着いてきてくれ!」


 その声に応じるように、男二人、女一人の光の魔法使い達が駆け付ける。どうしてこの作戦に彼らが必要なのか分からなかったスピーが素直に問いかけると、キッドはにっと口角を上げた。


「クソでっけぇ水球をあの竜の姫さんが作るんだろ? だが途中で邪魔されちゃあ元も子もねぇ」

「なるほど? 俺らは【投影(プロジェクション)】で偽物の映像を流して隠すわけだ」

「そういうこった! 馬鹿でけぇの頼むぜ!」


 キッドの意図する所をすぐに読み取り頷いた魔法使い達に、ヴィオラは目を瞬かせる。


「よくそんな騙し討ち作戦をこの短時間で……!」

「そりゃあそうだろ」


 だが、その問いに当たり前のようにフンと鼻息を漏らし、【スキャンプ】のリーダーであるキッド・ロンドは歯を見せて子供のように笑った。


「小僧共の悪戯をより完璧に! 悪戯小僧(スキャンプ)の腕の見せ所よォ!」




 ***




 ――魂の合成のやり方が間違っている。

 そんな話を、エルミナは聞いたことがなかった。否、魂の合成について言及されたのはこれで()()()だ。

 一人はこの術を教えた人。そしてもう一人が――目の前の男、ハーデスである。


「苦痛って、なんの話よ。肉体もない魂に痛みなんて」

「あるんだ。ただお前が知らないだけだ」


 むっと眉根を寄せるエルミナに、諭すようにハーデスは告げる。


「例えを出すのが難しいが……そうだな。好意を抱いている相手から、全ての手柄を取られるような手酷い裏切りを受けたとしよう。その時に耐え難いほどの苦しみと強い痛みを負うだろう?」

「それは精神につられて起こった肉体の変化でしょう」

「それもあるが、それだけじゃない。魂も痛みを負っている」


 思わず、息を呑む。


「心と魂は密接な関係にある。魂の合成を知っているなら、お前はハイリオーレの事も知っているのだろう」

「……そうね」

「好意、感謝、尊敬、憧憬――。他者から向けられた思いが力となり、魂の装いを強く固めていずれ核と変わる。それを失う事は即ち、己を己と為した物を失う事と同義だ」

「…………」

「つまり、お前の魂の合成は見知らぬ第三者に自らが受けた好意や感謝の全てを譲渡し、己の価値ごと無くして塗り替える事に他ならない。肉体があれば肉体に表れる痛みも、魂だけの場合一層強く痛みを負う事になる。……死よりも辛い苦しみだと言っているのは、そういうことだ」


 鋭い声で言い切られ、エルミナはひどく動揺した。魂の合成を教えた師は、そんな話は一つもしてくれなかったからだ。

 個は全に、全は個に。統一された思いこそが真の『和』であり、そうして強く在ることで星の運命(さだめ)を抜けられるのだと。輪廻転生をしない生き方こそが正しいのだと教えられていた。

 輪廻転生をすればいずれ必ずハイリオーレを奪われる。なればこそ、魂の合成をして『個』となり強く生き続けることで、それまで得た思いも()()()()()()()()()()()()()と聞いていたのだ。

 それがまさか、あの魂の合成で塗り替えられているとは知らなかった。あの瞬間に核となれなかった者達の全てが奪われていたなど、思いもしなかったのだ。

 己のやってきた事を思い返し身を震わせたエルミナに、ハーデスは深く嘆息する。


「……魂の合成は、そもそも砕けた魂を繋ぎ合わせるための技だ」

「砕けた魂を……」

「稀に、己の魂をかけて事を成そうと無茶をする者がいる。その結果砕けてしまった魂を、我々が繋ぎ合わせて再度魂の海(リオランテ)に送るために使う技がそれだ」

「…………」

「一人の魂を繋ぎ合わせるための技を、複数の魂に使うなど言語道断。私が怒っている理由が、理解できたか?」


 エルミナは拳を震わせて俯いた。もしハーデスの言う事が正しければ、自分が救いだと思ってやってきたすべてが間違っていたことになる。

 継がれてきた思いを失わせないように。輪廻転生の果てに魔石に代わって、エネルギーとして使われる未来になど繋げないように。

 世界の真実を教えてくれた優しい師の言葉が嘘だったなど、思いたくもなかった。エルミナは眦を赤く染めながら、「でも!」と認めたくない心と共に声を張る。


「ハル(ねえ)は言ったわ! そうでもしないと全てが無駄になるのだと! 私のこの力で皆を転生させないこと。それが思いを繋ぐただ一つの道だって!」

「ハル……!?」


 彼女のその言葉に、ハーデスが目を見開いた。


「それはまさか、ハイネリア・ルルの事を言っているのか――!?」

「な、なんであんたがハル姉の名前を……!」


 驚くエルミナに、ハーデスは動揺を隠さないまま言葉を紡ぐ。




「この星、惑星マーレの元担当官。ハルの上官が……私だからだ」


 

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