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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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120話 君に望む明日を

 戦禍の広がるエレンツィアを駿馬が駆ける。

 時折心配そうに主の方へと目線をやりながらも、彼の向かう先へと一刻も早く辿り着くために最速で駆け抜けていた。


 馬の主――フェルマンは、厳しい眼差しで前方を睨む。

 大した治療を受けられずとも、雷撃やられで引き攣る火傷痕を応急処置で何とかごまかし、包帯だらけの身体のままでフェルマンは先を急いでいた。

 あの場ではまだ動くことも出来なかった自分には、スピーとヴィオラを止められなかった。だが、心配でならなかったのだ。

 オデット伯爵を諫められなかった自分のせいで奴隷に身をやつし、神官の職すらも失った彼らの命さえ失くす結果になったら、一生自分を許せそうにない。これ以上自分を嫌いになりたくないから、フェルマンはアレンやスイの止める声も振り切って二人の後を追っていた。


 その時だ。水路を挟んだ向かい側で、神官服の男に首を掴まれて宙づりにされているスピーが視界に入った。

 カッと怒りで血の気が上る。手綱を引き馬の進行を変え、フェルマンは抜刀した。

 あの場であんなことが出来る、黒髪短髪の神官服の男。口に出したくもない男の名を吐き捨てるように叫びながら、川幅のある水路に向かって人馬一体となって猛スピードで駆ける。


「グスタフーーーーっ!!」


 主の意図をしっかりと分かっている駿馬は、勢いよく馬蹄を高鳴らせて跳んだ。未だかつてない、水路越えの大跳躍だ。

 だが、駿馬は主の期待に応えてみせる。見事に水路を飛び越え目的地まで主を届けるや、そのまま憎き敵の横をすり抜けるようにして駆けた。







 はっと目を見開き眼前を見やれば、遠く聞こえていた馬蹄がその身と共に目前にまで迫っていた。



「グスタフーーーーっ!!」



 ――水路を馬で跳び越えてきたフェルマンだった。


 雷撃をくらったせいで体中に包帯を巻かれながらも、その傷をものともしない渾身の力でロングソードを振り抜く。

 グスタフの横を馬で駆け抜けながら見事に左腕を一刀両断したフェルマンは、そのままスピーを抱えて離脱した。


「フェルマン様!」

「なんだと!?」


 驚くように声を上げるスピーを制し、フェルマンは懐から取り出した小さな鍵で亜人の首輪を外した。

 あまりの事態に目を瞠ったスピーに、フェルマンは苦虫を噛み潰したような顔で頭を下げる。


「すまん。もっと早くにこうしてやるべきだった」


 それだけ言って、フェルマンはヴィオラに向かって亜人の首輪を放り投げる。その意図するところを正確に理解したヴィオラは、力強く頷いて「二十ミールです!」とだけ口にした。

 それがヴィオラの込めた奇跡の効果範囲だと分かっていたフェルマンは、スピーを乗せたまま馬を適切な距離まで後退させた。

 フェルマンに抱えられながら戦線を離脱したスピーは、額の血をぬぐいながら「ど、ど、どうして」と解放された意図が分からずにおどおどと問いかける。

 それを痛ましそうに見つめながら、フェルマンは眉尻を下げた。


「どうしても何も、お前は人を害さないじゃないか」

「で、でも僕は亜人で――!」

「亜人だけれど、アレンの友人だろう?」

「……!」

「そしてエレンツィア防衛戦の戦友だ」


 目を見開くスピーに、フェルマンは優しく微笑んでみせる。


「私のせいで、お前にもヴィオラ神官にも辛い選択を迫らせた。本当にすまない」

「フェルマン、様……」

「望んでいいんだ、スピー。明日も、未来も」



「お前の真摯な行動が、お前を自由にしたんだ」



 スピーの緑色の目に、たくさんの光彩が映る。――視界が滲むほどの水分があったせいだ。

 両目いっぱいに涙を湛えて、スピーは鼻の頭もほっぺも真っ赤にして縋るように抱き着いた。


「……こんな私に、鼻を鳴らすなよ……」


 震える声で言いながら、応えるようにフェルマンがぎゅっと抱きしめてやる。

 それにどうしようもなく胸が震えてスピスピと鼻が鳴ってしまうのを、スピーは恥ずかしがることなく素直に喜んでみせたのだった。




 ***




 フェルマンに切り落とされた左腕を押さえながら、グスタフが後ずさる。それはそうだろう、とヴィオラは怒りに震えながらも冷静な脳内でそう思った。自分の手にあるのが、奇跡を発動させる冒険者のお守りだからだ。

 アイテムとしてすでに成立しているこれは、ヴィオラが神官でなくなっても使用が可能となっている。

 何より、一般人の身でも使えるということはすなわち、今のヴィオラでも奇跡の発現が出来ることに繋がる。その意味を嫌というほど理解しているグスタフが焦ったように後ずさるのも、当然のことだと受け止めていた。


「ヴィ、ヴィオラ……!」


 狐火の効果が切れたのか、グスタフの頭から炎が消える。火傷のせいで先ほどよりもひどい爛れた顔で引き攣るように笑いながら、グスタフは弟子の神官を罵った。


「わ、私は中位アンデッドだぞ! 貴様ごときの低級な奇跡では浄化されん!」

「ええ、そうでしょうね」


 首輪から冒険者のお守りを丁寧に外し、ヴィオラは手で握り込みながら前に出る。


「貴方が無傷のままだったら僕もこんな強気にはなれなかった」

「な、なにを……!」

「スピー君の狐火。そしてフェルマン様の一撃。浄化の肝となる脳に近い所に、すでに大きな傷がある」

「っ!」

「だから()()()()でも、貴方を()()()()()


 それを聞いた瞬間、弾かれるようにグスタフがヴィオラに飛びかかった。奇跡の発動はすぐには出来ないのを分かっているからだ。

 発動される前に冒険者のお守りを奪う。即座にそう判断し、行動に移した結果はしかし、実を結ばなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()が、グスタフの右肩を掌底で脱臼させたのである。


「ば、馬鹿なっ!」

「馬鹿な? 何を仰るんですグスタフ主教。人体の知識を神より賜りし僕らが、()()()()()()()()()()のは貴方もご存じでしょう?」

「っ!」

「ましてや片腕で手負いの貴方なら、僕ごときだってなんとか出来る」

「ヴィオラーーーっ!!」


 グスタフの放った蹴りを当たる寸前で躱し、間接の部位にリズム良くヴィオラの掌底が決まる。

 途端に右足があらぬ方向へと曲がり、バランスを崩したグスタフの残った左足にも、ヴィオラは掌底を叩き込んだ。


「ぐあっ!」


 四肢を一切動かせなくなったグスタフは、くず折れるように大地に跪く。ともすれば天に許しを請うように膝立ちとなり、その真ん前にヴィオラが立った。


「……ヴィオラ、待て、ヴィオラ――!」

「――神よ、」

「神官で無くなったのだろう!? どう生きるつもりだ!」

「為すべきを為し、」

「私と共にアンデッドはどうだ!? なぁ!」

「果たすべきを果たした我に、」

「エルミナ様に私から願い出て、お前だけでも永遠の命を賜る高位のアンデッドにさせてやるから――!」




「――どうか、その慈悲を」


 


 ――瞬間、ヴィオラの握りしめた冒険者のお守りから、真っ白な閃光が放たれる。

 半円を描く真っ白な白亜の壁は、周囲にいるすべてを浄化せしめんと眩い光を放ちながら広がった。


「――レ、な、様……」


 ヴィオラの放った【聖なる波動】が、グスタフの身体を覆いつくす。

 傷口から奇跡が入り込み、脳髄を焼き切るように隅から隅まで浄化の光が伝わった。

 二度目の死を賜り、グスタフの体が倒れる。

 その身から即座に魂が離れ、星に還っていくのを見送りながら、ヴィオラは最早意味がないのだと分かっていれど、丁寧に導きの祈りを捧げた。


「お世話になりました。……僕の、最初で最後の先生――」


 万感の思いを込めながら、ヴィオラは神官らしい慈悲の心で師の魂の行く末を祈るのだった。

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