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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第一章:冥王と侍
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12話 鞘から抜かない剣士

 ――この時の気持ちを、スイはどう表現していいか分からなかった。


 自身の確認不足への憤りか、黙っていたハーデスへの憎しみか。様々な激情が胸の内で沸き起こり、そのどれもが今発現するべきでないという理性で押し止められていた。


「見上げた考えを持っておるな」


 そんな中、宙に浮くハーデスにカルナヴァーンが煽るように拍手した。


「人の身でありながら絶対安置の奇跡にも逃げ込まず、ましてや人と魔物は同じ命だと宣うとは。なんとも愉快だ」

「人ではないからな。必要と感じないだけだ」

「世迷言を。只人特有のエーテルの無さが、『人で在る』と告げておるわ」


 その言葉を聞いて、魔物はエーテルが見える、という特徴があるのをスイは思い出した。


 ――エーテルとは、魂を構成する要素の通称である。


 女神の奇跡を賜った神官や深淵を覗いて魔力を得た魔法使いなど、魔物を討つために強化された人間は、エーテルが燃えるように身体に纏って見えるという。

 そうでない只人は、その身に隠れてエーテルは見えない。

 そんなエーテルを魔物はその目で見る事が出来、己を討ち滅ぼす者から逃げて活動するため、神官や魔法使いが傍にいると魔物と出会わないとは世に知られた常識であった。


 その目を持ったカルナヴァーンが言うのだ。ハーデスの「魔法使いではない」という言葉が偽りではないことを、スイは改めて認識することとなった。

 しかし、当のハーデスはカルナヴァーンの断定を疑問に思ったのか、不思議そうに首を傾げる。


「エーテル……この世界のエネルギー論の話か。だとすれば、お前の見解は間違っている」

「何?」


 根底から否定された事へ、苛立たしげにカルナヴァーンが唸る。ハーデスは宙に浮きながら器用に座って足を組むと、頬杖をついてスイ達を睥睨した。


「例えるなら……そう。空気がお前達に見えるのか?」

「……なんだと?」

「この世界、上下の世界、そして律の管理する全ての次元において、遍く律は『在る』からな。内に生きる者が外周を見られぬのは、仕方のない話だ」


 ハーデスの言葉が、上手く呑み込めない。けれども、カルナヴァーンを前にして微塵も警戒しない様子が、その存在が七閃将よりもよほど高位の存在であると暗に告げるようなものだった。

 こめかみに汗を滲ませたスイは、ハーデスとカルナヴァーンに注意を払いながら事の成り行きを見つめる。


「なかなかに苛立たせてくれるわ。まぁ、手出しせぬと言うならそれで良い。黙ってみておれ」

「何をだ」

「ここにいるのは、神官が守っている村人だけではないのだろう?」

「まさか……!」


 カルナヴァーンの言う通り、アイルーク他、患者を屠る現場に居なかった村人が、まだ多く村の中に存在した。

 一刻も早くこの奇跡の中へ連れて来なければと思うも、ライラへと向けるカルナヴァーンの命令が早かった。


「ここは良い。お前の愛した村へと向かい、仲間を増やしてこい」


 カルナヴァーンの手から多くの虫が巻き起こり、ライラの側へと集う。命令を受けたライラは障壁から離れると、村の方へと身体を向けた。


「ママ……駄目……!」

「ライラさん! 駄目だ! やめてくれ!」


 娘の声も、村人の声も聞こえないかのように、ライラは歩き始める。


 もはや打つ手がない。余りの事態にスイはあえぐように息をしながら、祈るような気持ちで十兵衛のいると思われる方へ視線を向けた。


 崩れ落ちた家屋と瓦礫の先。木材が折れ、屋根の藁が地に散らばり濛々と煙っている。


 それが、ふいの風から土煙が流され、おもむろに晴れた向こう側に。




 ――十兵衛の姿は、無かった。




「っ! おい!」


 咄嗟に声を上げたカルナヴァーンより早く、ライラの首に衝撃が走る。物陰から飛び上がった十兵衛が、ライラの首へ向かって手刀を決めた。


「十兵衛さん!」


 喜ぶように声を上げたスイに、障壁の向こう側で土で頬を汚した十兵衛が軽く頷いた。


「申し訳ない。みっともない所を見せました」

「そんな事……! そんな事ないです!」


 その言葉に小さく微笑んだ十兵衛は、意識を失いふらついたライラを肩で支えると、そのままゆっくりと地に横たわらせた。

 そうして膝をつき頭を垂れ、手刀を当てた首へ労わるように手を添える。


「俺の迷いのせいで、いらぬ心痛を味わわせて申し訳ない。だが、ライラ殿の最期の願いは必ず守る故」


 瞬間、十兵衛の身に、側にいる者が皆総毛だつような殺気が纏われた。


 腰に差した剣の柄に手をやると、十兵衛は数多集う虫の向こう側、討つべき敵を、鋭く睨みつける。


「今しばし、現世にてお待ち頂きたく」







 刃を鞘に収めたまま構えた十兵衛に、カルナヴァーンは片眉を上げた。

 剣士とは皆往々にして鞘から剣を抜き、それぞれの剣技における構えをするものである。一瞬の躊躇なく打ち合えるように剣が抜かれるのは、当たり前のことだった。


 ――にも拘わらず、目の前の男は鞘から抜きもしない。


 かつ腰に差したままの姿に、「一丁前に殺気はあれども剣すら構えられぬ腰抜けか」と鼻で笑った。

 しかし、そんな嘲りも意に介さず、十兵衛は目をそらさないまま宙に浮くハーデスへ声をかける。


「ハーデス。あの呪いは本当に有効なんだな?」

「嘘はつかんと言っている。寄生、という点ではそうだな。種類は様々だが、病は小さき者の寄生から始まる事が多い。それを防ぐとなれば、此度も当てはまるだろうよ」

「分かった。なら、多少は無理もいけそうだ」


「というか祝福だ」と肩を竦めるハーデスに、十兵衛は「呪いだ!」と噛みつくように被せる。

 そんな二人の、七閃将を前にして微塵も畏怖さえ見えぬ姿に、カルナヴァーンは静かに怒りを燃え上がらせた。軍勢を増やすためにとった戦略のせいで、七閃将最弱と広まった。だからといって、これほどまでにコケにされる謂れもないのだ。

 カルナヴァーンはおもむろに背に手をやると、刃先が鋸のようになっている大曲剣を抜き、上段に構えた。


「この剣の傷はよう穴が開くからな。虫に住まわせ、すぐにお前も配下に加えてやるとしよう」

「生憎、俺は主を変えるつもりは毛頭ない」

「選べる立場と思うなよ!」


 大股で一歩踏み出し、大曲剣が宙を薙ぐ。すぐさま飛びつけるようにその軌跡を追った虫達は、しかし、依り代になるはずの姿を見失った。


 十兵衛は、足元にいた。限界まで身を低くし、打刀を鞘に収めたまま肉薄する。大曲剣の一撃を避けるやカルナヴァーンの足を通り過ぎ、一閃。


「な……!」



 ――巨体を、大きく傾かせた。

 ――カルナヴァーンの左足を落としたのだ。



 ほう、と目を瞠るハーデスの視線の先で、十兵衛は返す刀で右足をも次いで落とした。


「ちっ!」


 が、カルナヴァーンも伊達ではない。即座に大地に両手をつけ、距離を取る様に飛び上がる。膝下から失った足より血が吹き出たが、そこにしがみつく物があった。


「あれは……!」


 あまりの光景に、スイが思わず声を上げた。

 カルナヴァーンの身体に巣食う虫が、その身を伸ばして切り落とされた足を拾ったのだ。

 やがて虫同士で手を繋ぐように傷口を塞ぎ、宙を飛んでいた小さな羽虫達がまるで瘡蓋のように傷を覆う。


「……一撃で決めんといかんようだな」


 未だ打刀を鞘にしまったままの十兵衛が、独り言ちる。

 手傷を負わされたカルナヴァーンもまた、目の前に立つ剣士の卓越した剣技に、対応を考え直すこととなった。


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