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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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118話 少年二人の悪知恵

 エレンツィアには、パルメア大運河から支流を街中へと引いた水路がある。海に続くその水路は遊覧船が通れるだけの幅が取られており、仕事を終えた船が海側にある船渠(せんきょ)に入るための通路にもなっていた。

 エルミナに別口で指示を受けたアンデッドとレイスの軍団は、パルメア大運河方面の海底を進軍している。その中で、一人のアンデッドが隊列から離れて街中に入る水路の水底を歩いていた。

 ――グスタフ・モルドーである。

 エルミナから直接死を賜ったことで高位とはいかずとも中位のアンデッドとなれていたグスタフは、ほんの少しだけ理性が残っていた。

 脳内の大半は人間への憎悪と酷薄な感情で支配されていたが、僅かに残った理性をかき集めて一つの目的のためにひたすらに歩く。

 懐に隠した短剣に手をやり、この刃を抜き放つ瞬間を何度も妄想しては、恍惚とした笑みを浮かべて――。




 ***




 レイスによるエデン教会襲撃で怪我人が増えたことで、応急処置組のアレンの方も大わらわになっていた。

 アレンが育ったカルド村には、大した医療施設がない。そのため、ちょっとした応急処置はアイルークやアレンが請け負っていた。

 薬草売りの仕事柄、商人や薬師に薬草を売りにいったついでにお得意様価格で薬を買わせてもらい、それを村で共有していたのだ。その際の応急処置を承っていたのがアレン達だったのである。

 その経験を踏まえて腕を買われたのはいいものの、アレンにとってキャパオーバーであることに変わりはない。ショックな現場からは配慮して遠ざけられていたのはいいが、それでも血臭は嫌と言う程漂っていた。

 開戦後しばらく経った今でこれである。この状態で二日も三日も持つはずがないと子どもながらに考えていたアレンは、限られた資源の中でなんとか出来ないかと必死に脳みそを働かせていた。


「なぁ! スピーの【狐火】ってどれぐらいレイスを倒せるんだ!?」

「えっ!?」


 応急処置を続けながら問われた言葉に、スピーが驚くように声を上げる。雑談ではない真剣な声色だったので、スピーは処置を続けながら己の実力を鑑みて正しい情報を口にした。


「倒すのは出来ないよ! 霧散は……頑張って三人かも!」

「少ないな!」

「ええ……」


 アレンからの真っ直ぐかつ非情な言葉に、スピーは情けない顔で項垂れた。


「奇跡は治療のためもあって使用を制限してるんだよな……。ヴィオラ兄ちゃん!」

「な、なんだい!?」


 療養所から追加で包帯や布を持ってきていたヴィオラは、アレンの問いかけにぎょっと肩を跳ね上げる。


「アンデッドに有効な神官の技のなかで、一番お手頃なのって何!?」

「お、お手頃……!?」


 それはつまり、一番精神力の使用が少ない奇跡のことか、とヴィオラは考える。


「直接的なものだと【癒しの風】か【聖なる波動】だけど、アイテムを使うって点だったら聖水を作るための祈りが一番お手頃かな」

「じゃあリン! もう一回――」

「馬鹿者。【聖なる弾丸(ホーリーバレット)】はあの時だから出来たんだ。敵味方入り乱れる戦場で撃ってみろ! 全員ハチの巣になるぞ」

「うっ……! じゃ、じゃあこう、ウィル兄ちゃんが言ってた大技の【大海嘯(だいかいしょう)】を全部聖水でやって、全員海に流しちゃうとか」

「水の質量に対して祈りが間に合わないよ」


「でも、真剣に考えてくれてありがとうね」と苦笑して、ヴィオラが荷物を抱えたまま走り去っていく。

 それを頬を膨らませて見送ったアレンは、残念そうに肩を落とした。

 いくら脳内に便利な辞書があった所で、こういう時には力になれない。悔しそうに歯噛みをしながら、それでも諦めたくなくて今話した内容に出てきた言葉をいくつか【脳内辞書(レキシコン)】で引き始めた――その時だ。


「……水蒸気……」


【水】という単語を引いてみたアレンは、茫然とした風に呟いた。

 そして、その呟きを同様に耳にしていた高い聴力を持つスピーが、思わず目を見開く。


「アレン、それ……!」

「ま、まって! 俺も今いい考えかもって思ったけど! 街一体を囲むほどの質量の水を、そもそもどうやって沸かせるんだって話で」

「違うんだ!」


 スピーは首を横に振ってアレンの答えを否定する。

 

 ――濡れた服をそのまま着て出ると、リンが蒸発させてくれるから便利なんだ。


 かの日、スピーは十兵衛に風呂で綺麗に洗って貰った。その時に、彼が言っていた言葉を思い出したのだ。

 水を操る水竜は、()()()()()()()()()()()

 実際に、リンから「我を便利に使うなよ!」と怒られながらも服を乾かして貰った経験がスピーにはあった。それはまさしく、アレンが今思い描いた作戦を実行出来ると確信するに足る思い出だったのだ。

 そんな話を共有し、頬を紅潮させて顔を見合わせた悪ガキ二人は、希望を込めた声色で「リン!」「リン様!」とその名を呼ぶ。

 とうに二人の話が聞こえていた竜姫――否、水を自在に操る()()()()()()()()は、仕方なさそうに肩を竦めて笑った。


「よくもそんな馬鹿げた作戦が思いつくな、お前達は!」

「じゃ、じゃあ!」

「スイ達に話を通せ。起死回生の一撃だ!」


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