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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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117話 現役高位神官の真価

 ぞわり、とスピーの毛が逆立った。同様に近くにいたリンの様子も変わる。

 同時に視線を向けた先で、エレンツィアの海岸線沿いでギルベルト達と戦っていた大量のレイスが、高く空へと飛び上がっていた。

 その行く先は――


「スイ! レイスが来るぞ!」


 このエデン教会である。

 スピーが叫ぶ前にリンがいち早く伝え、応急処置の場から離れて迅速にスイの元へ駆け寄る。スピーも処置を終えるやすぐに駆け付け、指示を仰いだ。


「僕の【狐火】でいくらかレイスの霧散は可能です!」

「助かる! 聖水でない限り我の水魔法は相性が悪くてな……」


 エーテル体であるレイスの身体は、魔法攻撃で霧散する。だが、水魔法に限っていえば少し効果が違った。

 炎魔法や風魔法、雷魔法など、魔力を込めて発生させた超常現象に対し、水魔法はすでに「水」という創造をなされて完成したものを扱う魔法である。魔力のこもった物体と、魔力を込めて作られた物体による攻撃の違いだ。魔法攻撃というよりも物体攻撃と言うのが近い。同様の物を挙げると、木魔法もその類いだ。

 それを理解しているスピーは力強く頷くと、自分が前線に出るという気構えで足を踏み出しかけた――が、そんなスピーを止める者がいた。

 ――スイである。


「スピー君。リッシュさんと一緒に、眠っているチャドリーさんを連れてきてもらえますか」

「えっ!?」

「リンちゃんも。大急ぎでお願いします。私の後方三十度の間に二人を誘導してください。アレン君達には教会内に避難するように伝えて」

「おい、一体どういう」

「早く!」


 スイの怒鳴り声にピンと背筋を伸ばしたリンとスピーは、大慌てでリッシュ達の元に走った。目を白黒させるリッシュに手早く説明をこなし、三人で協力してチャドリーをスイの後ろに連れて来る。

 これで大丈夫だろうかと伺う二人に対し、スイは「スピー君もチャドリーさんに寄り添っていてください」と端的に指示を飛ばした。

 血のついた医療用手袋を外し、スイが血晶石のタリスマンを握りしめる。それを目に留めたヴィオラが、慌てて止めに入った。


「オーウェン高位神官! まさかレイスを祓う奇跡を――!?」

「そのまさかです。この場で有効な攻撃手段を持っているのは私しかいないので」

「待ってください! 【聖なる波動】も【聖浄なる波動】も、どれも円状に広がる奇跡ですよ!? そんなことをしたらスピー君達がどうなるか」

「分かっているから、私の後方にいるように指示したんです」


 あんぐりと口を開くヴィオラに、スイはすっと目を細める。


「私を誰だとお思いで?」


 息を呑んだ。その場にいる全員がだ。

 空を埋め尽くすほどのレイスの集団がやってくるのを目に留めながら、スイは一切引かない。異様とも思える自信の程が、如実に表れていた。

 その中で、リンだけが「うわ……スイがカガイと同じ事を……」と小さな声で呟いていたが。


 そんな最中に、エデン教会の敷地内に駆けこんで来る者達がいた。馬蹄を響かせやってきた、フェルマンとその部下達だ。

「スイ様!」と声を上げるフェルマンに、スイは「最前線で盾を構えて下さい!」と目もくれずに指示を飛ばす。

 稀に魔法を使ってくるレイスもいるからだ。それを分かっているフェルマンは、すぐに馬から飛び降りると部下達に指示を飛ばし、自分はスイの前に盾を構えて立った。


「よく駆けつけて下さいました」

「アンバー将軍閣下に壁になれと申し付けられまして」

「……それは、」

「名誉ある任務です」


 声に笑みを含ませながら、フェルマンがその身に力を込める。

 ぐっと上がる肩を視界に入れながら、スイは真剣な表情を浮かべてタリスマンを両手で握り込んだ。




 ***




 ――狙いはエデン教会だ。軍を率いる筆頭のレイスはそう判断した。


 生命力を刈り取れば刈り取るほどレイスは強くなる。ある程度の量を刈ると生前に使っていた魔法も使用可能となるのだ。ギルベルト達の奮戦でなかなかに厳しい戦いを強いられたが、目視でも分かる程相手方の戦力は減って来ていた。


 怪我で後方に回されているのに目をつけたのは、必然的な思考でもあった。戦線復帰される前に潰し、あわよくば生命力を刈り取って力に変えようと考えていた。

 教会というだけあって神官も多数いるのは見受けられたが、これだけの量の浄化は不可能だろうと口角を上げる。隊列を為し、自分でも嫌らしいなと思う程に少しずつ距離を開けるやり方で全数の浄化を防ぐように指示をした。

 第一波が浄化されても、第二波で確実に殺す。魔法とは違い、神の力を借りる奇跡は()()()()()()()()()()と知っていての作戦だった。


「かかれ!」


 号令に従って最前に並んだレイス達が飛び出した。続くように、ずらりと後方に並んだレイスが勢いよく空を駆ける。合わせて、魔法が使えるようになった面々が次から次へとにエデン教会に向かって魔法攻撃を放った。

 殿(しんがり)を務めた筆頭レイスは、遠い視線の先でエーテルを輝かせる神官が奇跡を唱えたことに気づく。


 ――阿呆め、まだ距離があるのに唱えやがった。戦いの素人だな。


 レイスの軍団後方と神官の間には百ミール以上の開きがある。

 ぎりぎりまで引き付けて打つのが定石だというのに、自身の前にいる怪我人を思って功を急いたなと筆頭レイスは内心笑った。

 ――が。


「え……」


 ほんの一瞬の出来事だった。はっと意識をやった時には、もう目前に真っ白な壁が迫っていた。


「馬鹿な!」


 信じられない思いで叫んだ言葉は、最後まで続かなかった。


 ――エデン教会上空に集った千を越えるレイスの軍団は、たった一発の奇跡ですべてが浄化した。




 ***




「来ます!」


 レイスから飛んでくる魔法攻撃を、フェルマン達が盾で受ける。

 魔法返しもない盾だ。受け切れるはずもなく、雷魔法の感電に倒れ、風魔法で胴を切り裂かれる者や炎魔法に巻かれる騎士が多数出た。それでも渾身の力で立ち続け、後方にいる怪我人をその身を盾にして守る。ギルベルトが頼んだ通り、まさしく壁となってだ。

 フェルマンの方にも魔法は多数飛んできていた。炎魔法はリンが水魔法で対処したが、雷魔法はそうはいかない。


「ぐぅっ!」

「フェルマン様!」


 思わずスピーが上げた声に、フェルマンは亜人に心配されるとは、と内心苦笑する。

 それでも、それが不快に思わない程には心持ちが変わり始めていた。

 痺れのせいでままならない口を動かして、フェルマンは後ろにいるスイに話しかける。


「どうぞ、われわれのことは、きにせず。よく、ひきつけて、き、きせき、を」

「いいえ、大丈夫です」


「もう、範囲内ですから」


 スイの手の中にあったタリスマンが光り輝く。目を見開くフェルマンの後ろで、スイは奇跡を発動させた。


「【聖浄なる波動】!」


 瞬間、スイの手から真っ白な光の波動が広がった。

 ――その範囲、直径にして三百ミール。

 加えて恐ろしいのは、その正確さだ。宣言していた後方三十度は、綺麗に奇跡の発生を無くしていた。おかげでチャドリーもスピーも浄化に巻き込まれず、まったくの無傷で生還する。

 それを目の当たりにした面々は、己の考えが間違っていたことに気が付いた。


 ――スイ・オーウェン高位神官は、治癒の要ではない。実際はこの防衛戦における、攻撃方の最大の要であることを。


 レイスの浄化と共にハーデスの黄泉送りが発動したのを視界に入れながら、スイが嘆息する。予備の医療用手袋を再び装着しながら、茫然とするフェルマンに端的に指示を飛ばした。


「怪我人が出たので、至急診察に入ります。完全回復には至りませんが、治療は約束します」

「スイ様……」

「すみません、痛いのを我慢させて。ですが、必ず皆さんを助けますから」


 スイは安心させるようににこりと笑って、皆に行動を促す。


「エレンツィア防衛戦の、最後の砦として。――さぁ、急いで! 早めの治療が肝心ですよ!」

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