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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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116話 伯爵令嬢と亜人の共通点

「軽傷者はあちらに! 担当の神官は診察後必要最低限の治療を施してください!」

「はい!」

「奇跡の使用可能上限を見誤らぬよう! 重傷者はこちらで診ます!」


 次から次へとやってくる怪我人を、スイが的確な指示で捌く。戦闘開始からしばらく、エデン教会の敷地は大勢の怪我人で埋まりつつあった。

 ヴィオラが大切に育てていたビオラの花畑の上に敷布が引かれ、怪我人の傷口から流れる血が花弁を濡らす。

 押しつぶされていく花々を苦しげに見やりながらも、マリベルは診察を担当する神官の指示に従って色付きの端切れを怪我人の腕に巻いていった。


「オーウェン高位神官! 右の上腕を切り落とされた患者が!」

「腕を繋ぐのは後回しです。まずはどちらの傷も出血を止めてください!」

「し、しかし……!」

「【女神の抱擁】で後ほど私が繋ぎます! いいから指示に従って!」

「は、はい!」


 苦しみ呻く怪我人に、本当に最小限の治癒だけを施して神官が次の患者へと向かう。それを目の当たりにしながら、マリベルはスイが想像を超える戦場になると言っていた意味を知った。

 神官の数が潤沢ではない現状、奇跡の使用は制限される。その上で死人を出さずに保つことの残酷さに背筋が震えた。苦しみ、痛みに呻く患者がいても完全な治癒を施せない。次から次へとくる怪我人の命を繋がなければならないからだ。それを見通し、そして冷静にこなしてみせるスイの在り方が、恐ろしかった。


 と、そんなマリベルの腕を掴む者がいた。診察をした神官から「手に負えない」と判断された患者だった。左足が切り落とされ、右肩から反対の脇腹まで大きく袈裟切りにされた深い傷を負っていた。アンデッドに嚙みつかれたのか皮膚の至る所に噛み痕があり、そこからも夥しい血が流れている。

 そんな血まみれの彼の手首にそっと端切れの布を巻いて去ろうとしたマリベルを、その男はぐっと掴む。


「ころ、してくれ」

「ひっ――!」

「剣が、こしに、ある。どうか、それで、おれを……」

「【癒しの風】!」


 驚き慄いたマリベルを救ったのは、スイだった。重傷者を診ていたスイが駆け付け、最小限の治療を男に施す。

 ただ、それでも完全治癒に至ったわけではない。消えぬ痛みに涙を流しながら「どう、して」と問う患者に、あとから追いついたヴィオラが鎮痛剤を服用させた。


「後ほど、必ず治します。だから今は、どうか辛抱なさってください」

「いやだ、もう、こんなに、痛いのは」

「薬が効けば少しはましになります。今しばらくのご辛抱を」

「嘘だ、うそだ……!」

「いいえ、本当ですとも」


 それだけ言って、スイはマリベルを掴んでいる男の手をそっと外すと、すぐさま別の患者の方へと向かった。

 それを見送りながら、マリベルは身を震わせつつ安堵のため息を吐く。薬の服用後の様子を診ていたヴィオラは、労わるようにマリベルの肩に手をやった。


「慣れぬ場でしょう。どうか無理はせず、教会の方に行って頂いても……」

「――いいえ、いいえ! 私に出来る事がこれだというのなら、必ずやり遂げてみせます」


 気丈に言い切ってみせたマリベルに、ヴィオラは苦笑する。鎮痛剤が効いたのか少し容体が落ち着いた男をしばらくは大丈夫だと判断し、次の患者に向かって歩き始めていたマリベルに駆け寄った。


「では、アレン君達の方に向かってください。そちらの作業は僕が引き継ぎます」

「何を仰って――!」

「腕に血がついております。そのままでいるのはよくないので、洗い流してきてください」


 そう言われて、はっとマリベルは自分の右腕に目をやった。先ほど男に掴まれたせいで、くっきりと血の手形がついていたのだ。もし自分が小さな怪我を負っていればそこから感染症にも繋がる。それを懸念するヴィオラに、マリベルは納得したように頷くと素直に端切れの布を渡した。


「すぐに戻ります。その間、お願いしますね」

「承知しました。でも、ご無理はなさらぬよう。もしかしたらあちらで助けを求められるかもしれませんので、その場合はそちらを優先してください」






「いい所に来てくれた~!」

「マリベル姉ちゃん手伝って!」


 リンとアレンがマリベルの登場に喜びの声を上げた。軽傷と判断され、最低限の治療を受けた者に追加で応急処置を施し、再び戦場へ送るための場にいた二人だった。

 そこでは、リンが水魔法で傷口を洗い流し、アレンが手早く軟膏を塗って、リッシュがガーゼと包帯を巻く役に徹していた。

 血を洗い流してもらったマリベルは、容赦なくアレンに軟膏を手渡されて応急処置の手順を説明される。


「おっきい傷口の人はスピーが【狐火】っていう火の魔法で焼いてくれてるんだ。で、ヘンリーさんが縫ってくれてて」

「人体を縫うのは初めてなんですがね!」

「いやほんとごめんって! で、その人には別の火傷用の軟膏も塗らなきゃなんだけど、それをマリベル姉ちゃんに担当してもらいたいんだ!」


「俺一人じゃ手が足りなくて!」と眉尻を下げるアレンに、マリベルはとりあえずといった風に頷く。


「どれぐらい塗ればいいんですの?」

「銅貨の半分くらいの量をとって伸ばしてもらえれば大丈夫だよ! ってことでそっちは宜しく!」


 言うだけ言って自分の持ち場に戻っていったアレンを見送って、マリベルは軟膏を手に傷の処置をしているスピーの近くに座った。

 忌避感が無かったわけではない。昨日の今日で亜人への対応を変えられることなど出来ようはずもなかった。それでも、公爵令嬢のスイが「この防衛戦に参加する全員が、地位も種族も関係なく等しく戦友だ」と言った言葉を覚えている。その言葉が、マリベルの亜人に対する嫌悪感を薄れさせていた。


「スピー」


 マリベルの声掛けに、スピーの肩がびくりと跳ね上がる。その様子に少し気まずい思いをしながらも、努めて優しい声色でマリベルは言葉を続けた。


「私はどのお方の手当てをすればよいのでしょう」

「は、はい! こちらに並んでいる方々はもう処置が終わってるので、その、」

「分かりました。ありがとうスピー」


 感謝の言葉が、自然と零れた。そんなマリベルに、スピーはびっくりしたように目を瞬かせる。

 それを見ていた患者――赤狼騎士団の副団長、レッキスは、目を細めてスピーの頭を撫でた。


「ありがとうだってよ、スピー! さっき俺が言った時に教えたろう? そういう時はどう言うんだ?」

「え! えと、あの……! ど、どういたしまして!」

「そうだ! ()()()()()()()君、よく言えたな!」


 褒めたたえながらレッキスがスピーの頭を撫でてやる様を、マリベルは信じられないような思いで見つめる。そのまま軟膏の処置を受けるために移動してきたレッキスに、小声で問いかけた。


「あ、あの、赤狼騎士団の方は、その……」

「差別はないのかって? そりゃあ戦場では容赦しないさ」


 亜人の扱いについて、レッキスはさらりとそう告げた。その答えに、マリベルはカッと顔が熱くなった。分別の無い自分の愚かさを思い知ったのだ。

 そんなマリベルをじっと見つめながら、レッキスは声を潜めて言う。


「出自の貴賤(きせん)(おの)が価値を定められたら、子はどうやって生きればいい」

「っ!」

「ガラドルフ様が、そう言ったんだと。それを聞いて俺も身を正した口だ。お嬢さんを笑えやしないさ」

「子は、親を選べない……」


 深く頷き、処置を受けたレッキスが去っていく。それを見送りながら、マリベルはガラドルフが送ったという言葉を胸に浮かべ、ぐっと唇を噛み締めた。

 自分にも、思い当たる言葉だったからだ。

 マリベルの価値は、父親のオデット伯爵によって定められていた。伯爵令嬢の娘だから、エレンツィアの領主の娘だから。そう言って(おもね)る人々に、自分の本質など見ようともしないくせにとずっと不満を募らせていた。もしこれが平民の自分なら、周囲はどう思っただろう。そう思うことが少なくなかった。

 ――生まれた時から価値を定められていたことが、心底疎ましかったのだ。

 

「同じではないですか、私と貴方は」


 価値を定められた者同士、同じ思いに苦しんだ人がそこにいた。それを胸に懺悔し、己の視野の狭さを恥じ、そして前を向いた。

 スピーとタッグを組んで人を助けられることが、誇らしかった。




 ***




「まずいな――!」


 前線で戦い続けているギルベルトは、戦場に残る者と戦線離脱している者が半々になり始めていることに危機感を覚えていた。

 随分アンデッドの数は減らせているが、一筋縄ではいかないレイスが問題だった。魔法使い達も魔力が尽き始めており、エーテルを霧散させられるような威力が出ない。聖水の量も心もとなくなってきており、このままジリ貧状態が続けば危ういと感じた。

 そんな時だ。上空を飛んでいたレイス達の視線が、現在の戦場から遠く違う方向へと向けられる。その視線の先を察したギルベルトは、「フェルマン!」とオデット騎士団団長の名を叫んだ。


「はっ! なんでしょう閣下!」


 即座に対応したフェルマンは、アンデッドを切り伏せてギルベルトの側に駆け寄る。


「レイス共がエデン教会に目をつけやがった!」

「なっ――!」

「ここでスイ様を失うのはやばい! ひどい命令だとは重々承知だが、フェルマン――!」

「五十を率い、壁となって参ります!」

「――っ頼む!」


「エデン教会の援護に回る! 着いてこい!」と声を上げて走り去っていくフェルマンに、ギルベルトは目礼する。団長同士、最善の手についてすぐに頭が回る状況が有難くもあり、苦しくもあった。

 

「十兵衛、ガラドルフ先生――!」


 この戦況を覆すには、二人がエルミナを最速で打つしかもう手段がない。

 ギルベルトは、歯噛みをしながら遠い海上戦の勝利を祈るのだった。

 

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