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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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113話 魂の結び

「衝撃波の強さが規格外だ馬鹿者がーーー!」


 赤狼騎士団による渾身の【爆炎波動(フレアリックバースト)】が生んだ高潮を、リンが【流水(アクアリック)操作(オペレーション)】でなんとか抑え込んでいた。

 一歩間違えれば港に詰めている騎士団を丸ごと流しかねない大技だ。敵味方入り乱れる市街地戦では彼らの得意とする爆炎魔法の真価を発揮できない事から、初手で出来る限り数を減らすという作戦をリンも肯定していたものの、「さすがに限度があるだろうが!」と彼らの尻拭いの大変さにブチ切れていた。


「リン様! 準備整いました!」


 海水の操作に四苦八苦していたリンに、冒険者ギルドから参戦している十名程の水の魔法使い達が声をかける。その報告を聞いて、リンはある程度の所で操作を中断すると上空に掲げていた()()()に意識を向けた。


「よし、皆の者! 巧く我に合わせろ!」

「はい!」


 リンの魔法によって保たれていた水球が、魔力を解かれた事で流れ落ちるようにその形を崩す。だが、大地に落ちる寸前で宙へ留まり、水魔法を行使する魔法使い達の眼前へと再び浮かび上がった。

 一纏めになっていた水はみるみるうちにその姿を変え、小さな水の粒が複数発生する。

 水の散弾――否、神官の祈りがこもった()()()()()の出来上がりだ。


「【聖なる弾丸(ホーリーバレット)】!」


水の弾丸(アクアバレット)】を言い換えて放ったリンの掛け声に合わせて、数え切れないほどの散弾が発射された。標的は、爆炎により空中へと打ちあがったアンデッドやエーテル体が霧散し核が露出しているレイスである。

 攻城戦における矢嵐に相当する飽和攻撃は、確かな戦果を叩き出した。ハーデスの黄泉送りが再び発動したからだ。

 目を奪われる程の数の魂が、一斉に飛び立ち星に還っていく。その一つ一つが、エルミナにアンデッドとして変えられた人間やレムリア海で志半ばで死んだ亜人の魂であることを心に刻みながら、リンは空から飛来するレイスを睨みつけた。

 接敵されれば、もう大技は使えない。ここからは個々の戦闘力にかかった白兵戦だ。

 この場での役目を果たして戦場へと【飛翔(フライ)】で戻る魔法使い達を見送りながら、戦う全ての者達の無事をひたに願った。




「迎撃態勢! 構えーー!」

「放てーーーー!」


 レイスの身体を霧散させるために、魔法使い達による波状攻撃が空へと放たれる。露出した核に向かって射手による聖水のかかった矢が飛び、少なからず仕留めてみせた。

 だが、数は相手の方が上回る。波状攻撃を潜り抜けたレイス達が、エーテル体で作られた鎌を振り上げて迫った。

 それを目に留めたギルベルトが、「抜剣! かかれーー!」と声を張り上げ、いの一番に家屋を足掛かりに空中へ跳んで、爆炎魔法を乗せた回転切りを繰り出した。

 炎の軌跡を残しながら、円状に衝撃波が大きく広がる。巻き込まれたレイス達が霧散し、核が露出したのをフェルマン達は見逃さない。

 オデット騎士団は即座に自身の剣に聖水を振りかけると、雄叫びと共に核を切り裂き押し砕いた。

 だが、その猛攻をも抜けたレイスが鎌を大きく振るう。


「ぐうっ!」

「ぎゃあ!」


 レイスの身から作られるエーテル体の鎌は、直接的な傷は負わせない。代わりに生命力を吸い取るのだ。

 その鎌が通った箇所は神経が傷つけられたように動きが鈍くなり、やがて身体機能の低下から死に至る。胴体に近い程危険となるそれは、普通の剣で切られるのと同じく厄介な代物だった。

 いくらかの負傷者を出しながらも、騎士と冒険者達は奮戦する。


「神よ! 為すべきを為し、果たすべきを果たした我らに、どうかその慈悲を!」


 レイスに囲まれた絶体絶命のタイミングで、数少ない冒険者のお守りが発動した。放たれた【聖なる波動】は彼らの命を奪わんと迫った者達を一瞬で浄化し、即時執行の黄泉送りで星に還る。

 飛来した第一波のレイスを半数以下まで減らした所で、「団長! アンデッドがあがってくるぞ!」と副団長のレッキスが声を上げた。

 はっと目を向けたギルベルトの視線の先で、アンデッドの集団がそれぞれ武器を手に海から這い上がってきていた。最初の一撃を逃れた者達が、海底の進軍を経てついにエレンツィアに辿り着いたのだ。


「フェルマン! アンデッド達の止めはお前らに任せる!」

「お任せを!」

「野郎ども! 奴らを再起不能なまでにぶっ飛ばせ!」

「合点承知!」


 例え明確な死を与えられずとも、四肢を吹き飛ばせばアンデッドは戦えない。レイスよりはまだマシだとは思いつつ、相手に魔法使いがいないことをただ祈った。 

 ハーデスに「命の宿るものを除き、時間魔法による街の修復は約束しよう」と確約を貰っているギルベルト達に、もはや遠慮はない。

 赤狼騎士団精鋭百名の全員が、その瞬間、破壊の限りを尽くす兵器へと変わっていったのだった。




 ***




「弓を持って来なかった事をこうも後悔するとはな!」


 炎魔法を連続して打ち込んで来るアンデッドから距離を取って回避しつつ、十兵衛は苦々しく顔を歪める。

 十兵衛の回避行動と共に大盾サーフィンで引きずられているガラドルフは、「十兵衛は弓も使えるのか!」と驚きながらも迫るレイスを浄化していた。


「弓術、槍術、馬術、組討ち――なんでも出来んと戦場では生き残れん!」

「そりゃあそうだが、普通はどれかに絞るもんだ!」

「じゃあ普通じゃないんだろう!」


「侍は!」と大声を上げて、九隻目の帆船を次元優位のかかった【夜天】で斬り飛ばした。

 船上からアンデッド達が転がり落ちていくのを視界に入れつつ、ガラドルフの奇跡の範囲圏内まで滑り込む。


「ガラドルフ!」

「【聖浄なる波動】!」


 名を呼ばれた意味を寸分違わず理解しているガラドルフが、高位の浄化の奇跡を惜しげなく発動させる。

 もう一度死を与えられた死者達が奇跡を浴びた瞬間に星に還る様を見つめながら、ハーデスの権能の凄まじさに十兵衛は生唾を飲み込んだ。

 ハーデスが今いるのはエレンツィアだ。そこから数キロ離れたこの海上での戦いを確実に見ているとしか言いようがない結果に、畏敬の念を抱く。

 ――だが、と、初撃で与えた時よりも少ない魂の数を目にして思わず眉根を寄せた。

 明らかに敵の数が少ないのだ。ガラドルフの奇跡を見てそれぞれの船ごとに二百近いレイスが飛び出して行ったが、だからといって残りがこれだけだとは思えなかった。


「……どう思う」


 残りの一隻となった帆船を睨みつけながら問う十兵衛に、ガラドルフは肩を竦める。


「十兵衛、我が輩達は知っておるはずだぞ? 偉業を成した海の男の事を」

「チャドリー殿……っ! そうか、海底を行ったのか!」

「アンデッドは呼吸もいらんからな。つまり、なるたけ多くのアンデッド達を還すことよりも、」

「最速で大将首を落とす作戦に切り替える、と」

「そういうことだ」


 二人の言葉が聞こえていたのか、目指すべき大将首――七閃将、死霊術師のエルミナが、帆船の船首に姿を見せる。

 褐色の肌に映える腰元まで伸びた白銀の髪に、宝石のような輝きを放つ藤色の瞳。人よりも横に長く伸びた耳には金のチェーンイヤリングが揺れ、同じ意匠のブレスレットも右手首に嵌められていた。

 豊満な胸を隠そうともしない大胆かつ布地の少ないドレスからは、長い足が太腿から丸見えの状態だ。

 そんなエルミナの姿を目にした十兵衛は、呆気に取られてぽかんと口を開けた。


「たい、しょう……くび……」

「お求めかしら? 八剣十兵衛、そしてクソッたれ聖騎士のガラドルフ・クレム」

「大枚はたいても買いたいな、度し難い貴様の首は!」


 憤怒の形相で吠えるガラドルフに対して、十兵衛は大した反応も出来ずに固まる。

 十兵衛にとっては七閃将との戦闘経験がカルナヴァーンしかない。そのため、魔将軍というものは全てああいう系統のものだという思い込みがあったのだ。

 それがまさか、見目麗しく、かつ彼の感性で言えば()()とも言える格好のエルミナが現れたため、混乱の極みに陥ったのだった。


「な、あ、えっ……お、女!?」

「なんだ十兵衛、知らんかったのか!」

「女だから何? まさか男女の違いで戦い方を変えるつもり?」


「とんだクズね」と鼻で笑ったエルミナに、むっと十兵衛が眉根を寄せる。


「俺の国では戦は男の領分だった。だから驚いただけだ」

「くっだらない」

「なんだと!?」


 祖国を馬鹿にされるのは我慢ならなかった。怒気をあらわにした十兵衛に、エルミナは冷たい目で睥睨する。


「守るべきものを守るための戦いに、女も男も関係ないわ。その傲慢な考え方、これを機に捨てたらどうかしら」

「――!」

「ま、捨てるのは考えじゃなくて命でしょうけど」


「トランジット!」とエルミナが声を上げる。すると、一人のアンデッドが十兵衛達の前に飛び降りた。

 短く刈り込んだ金の髪に、真っ黒の眼球に赤い瞳孔。左頬から鼻にかけて特徴的な傷があり、バスターソードを肩に担いだ剣士型のアンデッドがそこにはいた。

 その姿を目にした瞬間、ガラドルフが大きく目を見開く。


「トランジット……マロウなのか……!?」

「……? ガラドルフ……?」


 信じたくない光景を目にしたかのように、何度も首を横に振りながら眼前に立つアンデッドを見つめる。不思議そうに問いかけた十兵衛に、ガラドルフが掠れた声で「……我が輩の、弟子だ」とだけ口にした。


「――っ!」

「お久しぶりですね、師匠」


 左腕が動かないのか、だらりと垂らしたままのトランジットが、薄く笑う。


「お前、なぜ……!」

「最後にお会いした時に話した通り、あれから冒険者を止めて田舎の実家の手伝いに帰ったんですよ。そしたらみーんな、エルミナ……様の、配下になってましてね」

「っ!」


 驚愕に目を瞠ったガラドルフに、船首の上にいるエルミナが面白そうに笑う。


「強かったわァ。奇跡も魔法も使えないくせに、やったら剣術だけはすごいんだもの。だからその腕を買って、高位のアンデッドにしてあげたの」

「エルミナぁ!!」

「あら、どうして怒られないといけないのかしら。貴方の大切な弟子を救ってあげたのよ?」

「これのどこが! 救いだというんだ!」


 怒髪天を衝くように叫ぶガラドルフに、エルミナは哀れむような視線を向ける。


「何も知らないのね、可哀そうに。――生きて、死ぬ。そうして繰り返される輪廻転生こそが、間違いだというのに」

「……間違い……?」

「話はお終い。続きは配下になった後で教えてあげるわ」


 にっこり笑ったエルミナが、右手を天に向けた。その手に向かって、この場に残っていた全てのレイスが集結する。


「みんな一緒になりましょう? そうして強く在ることで、星の運命(さだめ)を抜けられるのだから」

「何をっ――!」

「【集い、繋ぎ、安らかに。個は全に、全は個に。統一された思いこそが、真の『和』なり】」


「【()()()()()()()()()】!」


 エルミナの手の先で紫色の光が輝いた。集っていたレイスが全て消え去り、まるでカルナヴァーンの魔石のような球体が発現する。発光するその球体は、まるで導かれるようにしてエルミナの手を離れ、海上に立つトランジットの身にぶつかった。

 ――瞬間、雄叫びと共に衝撃波が広がる。ガラドルフが咄嗟に盾に繋がった鎖を引き、十兵衛を自身と大盾の後ろに避難させた。


「一体、何が――!」

「……カルナヴァーンは、寄生虫を使って人を魔物に変えただろう」


 衝撃波を耐えながら、ガラドルフが憎々しげに低い声で呟く。


「死霊術師のエルミナも似たような事をやる」

「まさか……!」

「違う能力を持った人間の魂を組み合わせて、合成魔獣(キメラ)を作るのだ!」


 ガラドルフの視線の先で、血煙が濛々と立ち上がる。

 両頬に四つの目を配し、人のものとは思えない程の筋肉をつけ、その体格を大きく変えたトランジットが、そこにいた。

 信じられない光景を目にしつつ、十兵衛は焦燥感からこめかみに汗を滲ませる。

 合成魔獣の存在にではない。エルミナの呪文に、聞き覚えのある文言があったからだ。


 ――その()に善き結びを。

 ――その()に善き結びを。


 それは、ハーデスが十兵衛の自死を防いだ祝福の言葉だった。それとほぼ似通ったものがエルミナの口から出たことに、動揺が隠せない。


「――ハーデス……!」


 今ここにはいない死の律の名を、十兵衛は無意識に口に出していた。





 ――ギルベルトは、一瞬魔王でもやってきたのかと思った。

 それほどまでの怒気が、突如空から襲い掛かるように振ってきたのである。

 発生元は分かっていたため、迫りくるアンデッドの軍団を吹き飛ばし、ギルベルトは空中で静止しているハーデスの名を呼んだ。


「おいハーデス! どうした!」

「……ギルベルト」


 ただ名を呼ばれただけなのに、ギルベルトは背筋を震わせる。ただの魔法使いから発せられたとは思えない気迫が、そこにあった。


「しばし私はこの場を離れる」

「なっ……おい、困るぞ! お前の黄泉送りがないと――!」

「案ずるな。それは確実に遂行する。看過できない事態が発生したんだ」

「一体何が……!」


 瞬間、衝撃波が遠い海上で広がった。そこにいるのは十兵衛とガラドルフのはずだ。

 凄まじい規模の爆発に二人の安否が気にかかったギルベルトだったが、同時に何故今ハーデスがそんな事を言い出したのかという理由に気が付く。


「分かった、行ってこい!」

「恩に着る」


 端的にそれだけ言って、ハーデスは座標を定めた。

 向かうはエレンツィア海上三千ミール先、七閃将のエルミナの元だ。


 ――()()()()()の技を使ってみせた魔将軍に、死の律は怒りも隠さず即時転移したのだった。

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