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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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112話 爆炎の騎士

「ハーデスといい十兵衛といい! なんなんだお前ら!」


 眼前に広がる海上で起きた未曽有の事態に、エレンツィア防衛戦の面々は大きく目を瞠って驚愕に叫んでいた。

 十兵衛が魔法使いではないことを皆知っている。打刀と呼ばれる得物に魔法がかかってないことも、魔道具ではないことも承知済みだ。

 だが、彼はカルナヴァーンの【身体硬化(プロテクション)】も無効化し、神の(さば)きの(いかづち)を斬り、一人の神官を救った。それだけでも破格の所業なのに、今度は大型帆船を一撃で二隻ぶった切るという離れ業を目の前でやってのけたのだ。

 ギルベルトの疑問も尤もで、上空に浮いているハーデスに向かって心からの問いを叫んでいた。

 問われたハーデスはというと、ちらりと横目でギルベルトを見て「なんか凄い奴だ」とだけ口にする。


「それ! さっきも聞いたけど『なんか』ですまねぇだろ!」

「私は『なんか凄い奴』だ。十兵衛は『凄い奴』だ」

「違い分かんねぇから!」


 なおもやいのやいのと言い募るギルベルトをハーデスは無視して、ガラドルフの奇跡の発動を視界に留める。浄化によるレイス達の【死の定義】が決定したのを確認した瞬間、即座に手を打ち鳴らした。

 死の律による、即時執行の黄泉送りだ。かつてトルメリア平野で見た光景が目の前で再現された事に、ギルベルト含む赤狼騎士団はごくりと生唾を飲み込んだ。スイから言質は取れていたものの、実際に見て納得するのとはわけが違う。

「――よい旅を」と星に還る魂達を真摯な目で見送るハーデスに、ギルベルト達はそれ以上の言葉を飲み込んで沈黙に徹するのだった。




 消滅したレイスは、約二千に及んだ。

 開戦後一瞬でそれだけの手勢を屠られてしまったことに、エルミナは歯噛みする。ガラドルフから「十兵衛」と名を呼ばれた剣士の存在を視界に入れながら、エルミナはヴァルメロとの会話を思い出していた。


 ――八剣十兵衛。それは、カルナヴァーンを討った長物の剣を扱う剣士の名だった。


 だが、つい先日ヴァルメロから「十兵衛という男は重力魔法で叩き落した」という報告を貰い、死ぬか、死んでなくても再起は不能だろうという情報を得ていたのだ。

 ヴァルメロの重力魔法は規格外の力だ。大地に押し付けられればその身は潰れ、死体は原型を止めない。地下水路に落としたという話から、運よく水面に叩きつけられても四肢の霧散は免れないだろうという見立てだった。

 神官の奇跡があったとしても、即時でない限り助かるはずがない。だから、ヨルムンガンドでもヴァルメロがカルナヴァーンの仇を討ったという話でもちきりだったのだ。

 ――だというのに、とエルミナは憎悪のこもった目で十兵衛を睨みつける。

 魔法も魔道具も使わない、破格の剣士。エーテル体である()()()()()()()()()()()その所業に、エルミナは警戒する。

 相手の詳細な情報が分からない上に、死者を即時で黄泉送りしてくる存在も厄介だ。エレンツィアを目の前にして口惜しいが、ここは引くべきかと考えた所で偵察に行かせていたレイスから報告が入った。


「エレンツィアの一般市民が避難しているのを確認しました。パルメア大運河沿いにリンドブルム方面へ向かっております」

「速度は?」

「数万人規模の移動となるため、遅々とした歩みのようです。防衛に残った騎士及び冒険者は千から二千程と見受けられます」


 それを受けて、エルミナは考えを巡らせる。

 黄泉送りの即時執行は、浄化の後に行われた。つまり、死を与えるのではなく死を迎えてから為されたものだ。導きの祈りより早いとはいえその内容は変わらない。だとすれば、エレンツィアとパルメア大運河で同時に死者が発生すればどうなる、という結論に至ってはっと目を見開いた。いつどこで死者が発生したかなんて、神でもない限り分からない。エルミナは思わず口角を上げた。

 レイスからの報告内容と手勢の数、そしてうてる手段を天秤にかける。その上で、彼女はアンデッド徴兵戦の続行を選んだ。


「兵を分けるわ。帆船はこのまま進軍! レイス二千、アンデッド千は船尾より隠密で海中に潜り、パルメア大運河を目指しなさい。エレンツィアには六千向かわせるわ。アンデッドと半数のレイスは海底を、もう半数のレイスは注意を引きながらガラドルフの奇跡が届かない高空域を飛んで行きなさい!」

「承知しました」

「残りの千は私と共闘して貰うわよ。ガラドルフと八剣十兵衛を引き付ける事に重きをおいて頂戴」

「光栄の極みです」

「はっ!」

「……あの忌々しい黄泉送り、どこのどいつだか知らないけれど、私に喧嘩を売るなんていい度胸ね。死者の扱いに関して、死霊術師として負けるわけにいかないわ!」


「行動を開始せよ!」というエルミナの号令に、一斉にレイスとアンデッドが動きだした。数の隠蔽のために各帆船からは二百ずつのレイスが飛び立ち、残りのレイスとアンデッドは船尾から秘密裏に海底を目指す。死した身故に呼吸すら必要のない彼らは、永続的な潜水を可能とした。


 エルミナの軍の唐突な動きに、十兵衛もガラドルフも目を瞠った。だが、すぐに己を取り戻して攻撃に備える。


「残り十隻、まずはそれの殲滅といこう」

「うむ。加えて狙うは大将首だ!」




 ***




「レイスの出撃を確認!」

「帆船より飛び立っております! その数二千!」


 報告を受けたギルベルトは、その情報だけを鵜呑みにすることなく上空を飛ぶハーデスを振り仰ぐ。


「ハーデス! 先ほどの黄泉送り、総勢で何人だ!」

「約二千だ」

「だったら一隻につき千はいるはず。お前ら、見える分だけで判断するな!」

「はっ!」


 側に控える赤狼騎士団から、波状の様に情報が拡散する。

 フェルマン率いるオデット騎士団が千、冒険者が四百、赤狼騎士団が百の構成だ。

 数だけでいえば先駆けのレイス達にも劣り、およそ一万の軍勢であるエルミナの幽霊船団に敵うはずもない。だが、ここで引けばエルミナ達アンデッドの軍勢にウェルリアード大陸への上陸を許す事になり、エレンツィアに大規模(ヒュージ)転移門(ゲート)を作るきっかけを与えてしまう。そうなれば守る場所がトルメリア平野とエレンツィアの二点に変わり、大きく情勢が変わってしまう事が見込まれた。

 だから絶対に引けないのだという事を、ギルベルトも赤狼騎士団も知っている。オデット騎士団も、冒険者達もだ。死地に立つことを覚悟の上で、彼らはここに残っていた。

 リンドブルムには郵便大鷲(ポスグル)を最速で飛ばしている。死霊術師の軍団に相対して勝てるのは、ルナマリア神殿クラスの規模が必要だと分かっていたからだ。早くて明後日、遅くて三日後と見込んでいるが、果たして耐えられるか、という懸念があった。


 基本的に自領内に他領の軍を招き入れるには手続きが必要となる。オーウェン公爵がオデット伯爵夫人をリンドブルムに迎え入れ、手続きを済ませてカガイ神官長と軍の編成を考えて出撃させ、早馬で駆けても想像以上に時間はかかる。

 ハーデスの転移魔法が使えない事による時間の差が痛かった。だが、公爵令嬢であるスイが止めた通り、あの利用の仕方では例え緊急事態とはいえ領土侵犯を含む領土問題に至ってしまう。受け入れ準備も無い状態での難民の受け入れも、手続きを踏まない勝手な軍の要請も何もかもが悪手だ。

 カガイ神官長に話を通すなら領主であるオーウェン公爵に許可を貰うこと。その大前提を飛ばすことは出来ないのだった。

 今できる最善を尽くすしかない。ここに残る戦闘員全員の思いは一致していた。最前線で戦う十兵衛とガラドルフが最速でエルミナを仕留めるか、アンデッドとレイスの軍勢を寡兵でなお殲滅しうるか。「トルメリア平野での戦いより厳しいな」と内心苦笑しながらも、諦めることなくギルベルトは魔剣【バルカン】を抜いた。


「総員! 構え!」


 ギルベルトの声に合わせて、赤狼騎士団が抜剣する。港にずらりと並んだ百人の精鋭は、海を前にして大きく剣を振りかぶった。

 と、そこに合わせるようにエデン教会の方から竜の叫喚がエレンツィア全域に響き渡る。――竜姫リンの咆哮だ。

 彼女の号令に合わせるかのごとく、赤狼騎士団の眼前に広がる海が割れ、両サイドへと開いていく。



 ――海底を進軍していたアンデッド達を、まるで迎え入れるかのように。



「【広域拡大(エクステッドエリア)】 ・ 【最大出力(オーバーパワー)】!」

「天に突き上げろ! 【爆炎波動(フレアリックバースト)】!」



 ――それはまるで天に届かんばかりの巨大な剣だった。



 業火に燃える大剣が、竜姫によってつくられた海の谷へと叩き落すようにその刃を沈める。瞬間、耳をつんざくような轟音を立てて業火の大剣が爆発した。

 大地が震え、爆破の衝撃で海がお椀型に凹む。発生したソニックブームは街中にある家という家の窓を破壊し、大量の屋根が吹き飛んだ。


「……お噂はかねがね聞いておりましたが」


 側に控えていたフェルマンが、耳鳴りを堪えながら半笑いになる。


「閣下率いる赤狼騎士……いえ、()()()()()()がトルメリア平野で活躍する理由がよく分かりました」

「そうだろうそうだろう」


「市街地戦なんて迷惑でしかないんだよ俺達」


 ワハハと声を上げて笑いながらも、ギルベルトはハーデスに向かって「本当に時間魔法で直るんだよな!? な!?」と自分の懐事情を心配しつつ後始末のお願いを必死に頼み込むのだった。

 

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