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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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111話 破格の侍

 白亜のエレンツィア――その名の由来を、エルミナも知っている。

 白と青の色合いで統一された街は、日光を浴びると光を反射してまるで太陽のように輝くのだ。長い船旅から帰ってきた船乗り達はその輝きと神々しさを讃え、白亜の神殿と名高いステラ=フェリーチェ大神殿の二つ名をもじって白亜のエレンツィアと呼んだ。

 実際、かつてはその名に恥じない程度にはたくさんの神官がこの街を守っていたのだ。だが、カガイ・アノックによるルナマリア神殿の建立により、彼らの多くはそちらに流れた。


「結果、今はただ色のみを語る名となった――」


 過去、グスタフから彼の深い憎悪を聞かされた事のあるエルミナは呆れたように嘆息する。

 神官が減ったエレンツィアなら、信徒の分け前が増えてきっとすぐに高位神官になれる。そう思ったグスタフだったが、結果的に思惑は外れ、彼の迷走が始まったのだ。

 時流に乗れなかった彼の在り方に哀れみ半分、呆れ半分。後ろに配下として控えるグスタフをちらと横目で見たエルミナは、ハイリオーレの弱い輝きに彼の()()()()()を感じた。だが、もはやアンデッドとなった彼の半生に思いを馳せる時間はないのだ。

 カルナヴァーンの死によって失われた兵の補充。それがエルミナに与えられた使命だった。


 トルメリア平野では人間の軍も先の流星群の事件に慎重な姿勢を見せており、現在は停戦状態である。その間に魔王から兵の補充を命令され、エルミナはウェルリアード大陸に魔王軍が秘密裏に点在させてある結節点(けっせつてん)を利用して転移魔法で侵入し、じわじわと人間をアンデッドに変え、彷徨うレイスを結集させて兵の増強を図っていたのだった。

 レムリア海は死霊術師にとってまさしく兵の宝庫だ。ヨルムンガンドから逃げ出した亜人のなれの果てが、大量に彷徨(さまよ)っていたからである。

 アンデッドとなれるような肉体を保持した者は少なかったが、人の生命力を刈り取る事の出来るレイスも十分な戦力だ。着々とレムリア海で配下を揃えつつ、ウェルリアード大陸で小規模の狩りを行って十分な戦力を揃えたエルミナが最後の仕上げに選んだのが、このエレンツィアだった。

 エレンツィアには神官が少ない。それはグスタフから聞き及んでいる。ステラに匹敵する規模の神殿勢力が隣の領地であるリンドブルムに存在しているため占拠するのは難しいが、エレンツィアに在する神官ごときでは抑えきれない程の兵力差でエレンツィアを襲い、その住民全てをアンデッドに変えれば軽く三個師団は出来る計算だった。


「兵の輸送はヴァルメロにも手伝って貰わないといけないわね」


 結節点で広げられる転移門のサイズはたかが知れている。レイスは素早く送れるが大量のアンデッドとなると時間がかかるため、ヴァルメロの重力魔法の協力が必須だった。

 後程連絡を取る事を頭に刻みつつ、いよいよ近づきつつあるエレンツィアを目に留めたエルミナは、ふとそこで違和感に気が付いた。

 想像以上に、人の気配が少ないのだ。

 何より、エレンツィアの街の中央に見覚えのある旗が立っていた。


「赤狼の紋様……!? ギルベルトがいるっていうの!?」


 トルメリア平野で嫌という程見た旗だ。なんでここに、と歯噛みしたが、落ち着くように嘆息する。

 神殿騎士でもない限り、エルミナの幽霊船団は倒せない。それが例え名高い赤狼騎士団であっても、戦いが長引けば長引くほどこちらが有利になるからだ。

 死んだ味方が敵に変わる。死霊術師の戦いは、長期戦にこそ本領が発揮されるのだ。そして、それが叶う程の兵力が今ここにある。


「数で押し潰してやるわ。覚悟なさい」


 フン、とエルミナは鼻で笑って、十二隻ある内の二隻の帆船を前へ出るよう促した。亜人のレイス達が巣食う船だ。

 中でも強力な個体を集めたその二隻に先陣を切らせ、エレンツィアを守護する者達の生命力を一気に刈り取る。常駐の神官による浄化はあるかもしれないが、こちらには即時復活出来る手もあるのだ。のんびり導きの祈りを捧げた所で無駄なのだと知っているエルミナは、鏖殺(おうさつ)の未来を想像して微笑んだ。

 ――その時だ。

 エルミナの背筋に、嫌な悪寒が走る。ぞわり、とまるで己の命を確実に狙ってくるような鋭い視線を感じたのだ。


 戸惑う部下達を置いて船首に走ったエルミナは、遠い視線の先で海上に立つ二人の人間を見た。

 一人は、その身にハイリオーレの輝きと共に凄まじいエーテルを燃え上がらせる白い騎士。そしてもう一人は、エーテルもハイリオーレも見えない、何の変哲もない剣士だった。

 白い騎士には見覚えがある。聖騎士のガラドルフ・クレムだ。天敵の接近にエルミナは警戒したが、いくら聖騎士とはいえ奇跡を撃てる数には限界がある。兵の無限復活が可能であるこちらが有利だと確信しつつも、その横にいる剣士には疑問が残った。

 何か特別な武器でも持っているのかと【看破(ペネトレイト)】をかけて見たものの、彼の持つ武器はただの鉄で出来たものである。どうしてそんな男がここに、と【水上歩行(アクアウォーカー)】の魔法を身に纏う二人を目にしながらも、エルミナは油断することなく攻撃を命じた。


「あえて最前線に来たのなら、きっと理由があるはずよ。行きなさいお前達。手心は一切許さないわ!」


 先陣を切っていた二隻の船から、大量の亜人のレイスが飛び出した。交差するように猛スピードで空を駆けつつ、エーテル体の身から作り出した鎌を振り上げた彼らの前で、剣士がその身に淡い緑色の光を纏う。


「ガラドルフ。宣言通り、これからお前を振り回すぞ」

「遠慮なくやれい! お前と違って船酔いはせん!」

「言ってくれる! ――さぁ、真価を見せろ! 【夜天(やてん)】!」


 腰に差した長物の剣を抜き放った男が、渾身の力で一刀を放った。




 ――瞬間。





 ――大量のレイス達と共に、二隻の帆船が海ごと真っ二つに斬られた。



「は、――はぁああああ!?」


 

 とてつもない斬撃のせいで発生した波が、大きく船を揺らす。

 目の前の事態がまったくもって理解出来ず、エルミナは藤色の目を丸くしながら船べりに必死にしがみついた。

 同時期にエレンツィア方面から大気を震わせるように上がった「えーーーーーーーっ!?」というどよめきに、心の底から同意しながら。




 ***




 十兵衛が行ったのは、次元優位を身体に取り戻して放った全力の一撃だった。

 こんな所業が出来るとは本人も思っていない。ただ「やれる」という可能性だけは聞いていた。


 ――影の竜の首も、今回の裁きの雷も、その打刀の刀身では届かないはずの距離のものが斬れただろう。それがその打刀に宿る、次元優位の特徴の一つだ。


 いくら使いたくない理由があれど、今回ばかりは己の()を通すべきではないと十兵衛も分かっていた。

 そのために先んじて詳細を知るべく行ったハーデスとの会話を思い出しながら、十兵衛はもう一度打刀を振るう。


 ――だったら、全身に次元優位を取り戻して全力で振るったらどうなるんだ?

 ――さぁ。やってみればどうだ? 百聞は一見に如かずというだろう?


 振るった先で、船首から船尾まで斬れた帆船が、さらに縦に割れた。


「ハーデスめ……。こればっかりは先に百聞を聞かせてほしかったぞ!」


 己が成した信じられない結果に、頬を引きつらせながら十兵衛が吼える。

 その横で、ガラドルフはあんぐりと口を開けた後に腹を抱えて爆笑した。


「おいおいおい十兵衛! お前はどこまで我が輩の想像を超えていくんだ!」

「俺だって驚いてる! それはともかく行くぞ! 好機は今だ!」


 十兵衛の言葉を聞いたガラドルフが、手に持った大盾を海に置き、その上に飛び乗る。それを目視で確認した十兵衛は、斬撃のせいで散り散りに浮遊するレイスと轟音を立てて崩壊する船の間に向かって猛スピードで駆けだした。

 その速度に引きずられるように、大盾の持ち手に足をかけたガラドルフが上手にバランスを取って波間を行く。――さながらサーフボードに乗るサーファーだ。

 十兵衛の腰に巻かれた軽くて丈夫なミスライト合金製の鎖がガラドルフの大盾に繋がれており、加えてリンの手によって【水上歩行(アクアウォーカー)】の魔法をかけて貰っていたために出来た所業であった。

 混乱するレイス達のど真ん中に躍り出たガラドルフは、血晶石のタリスマンを握り込んで奇跡を唱える。


「【()()なる波動】!」


 一瞬、辺りから音が消えた。次いで耳鳴りのような不快な音と共に、真っ白な半円の波動がガラドルフを中心に巻き起こる。

 その範囲、直径にして百ミール。【聖なる波動】の上位互換である【聖浄なる波動】が、二人の周囲を漂っていたレイス達を跡形もなく消し去った。


「――っガラドルフ……!」


 目前でその結果を目の当たりにしたエルミナが、憎々しげに唸り声を上げる。レイスの中でも指折りの強さを誇る者達を揃えたチームを丸ごと消し飛ばされたのだ。その奇跡の強さと範囲の広さに、聖騎士の肩書きが伊達ではない事を知る。

 だが、そんな高火力の奇跡は何度も使えるものではない。それを知っていたエルミナはすぐにレイス達が消し飛んだ宙域へ手を翳すと、「【蘇生(リザレクション)】!」と叫んだ。

 その声に応じて、右腕に装備した金色のブレスレットが光を放つ。――が。


「なんですって!?」


 彼女の望んだ結果は訪れなかった。否、訪れる寸前に邪魔をされたと言ってもいい。


 ――目の前でレイス達の魂が一斉に空へ向かって飛び立ち、星に還ったのだ。


 それはかの日トルメリア平野で見た光景と等しく、エルミナは驚愕に目を見開く。

 まさかここにアレを成した者がいるのか、という考えに辿り着き、腹の底から沸き立つ怒りに身を震わせた。

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