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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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110話 最前線

「フェルマン殿! こいつだ、遊覧船を跳ね橋にぶつけた犯人は!」

「まことですか十兵衛様! おい貴様ァ! 神妙にお縄につけぇ!」

「ギャアアアほんっとすみませんでした! 命だけはお助けをーー!」

「おい、落ち着けお前ら」


 先ほどまで冷静に作戦会議に参加していたはずの十兵衛が急に怒り出し、土下座をする【スキャンプ】の三人と手錠を持って飛び掛かろうとするフェルマンに呆気に取られつつもギルベルトが場を制す。


「一体何の話か分からんが、今は一人でも協力者が欲しい。十兵衛もフェルマンもここは怒りを堪えてくれ」

「……畏まりました。おい貴様ら、後で逃げたら承知しないぞ!」

「ハーデスに転移で追って貰うからな!」

「ヒエ~……」


 急に話を振られたハーデスは、冒険者ギルドの魔法使い達との会議資料から顔を上げて目を瞬かせる。

 十兵衛が怒った顔で指さした三人を視界に入れて、「ああ、あいつらが」と納得したように頷いた。


「覚えておこう。どこに逃げても無駄だと知れ」

「ヒ、ヒエ……」

「怖……」


 さらっと当然のように言って視線を資料に戻したハーデスに、傍で聞いていたギルベルトまで悪寒に身を震わせた。なにせクロイス・オーウェン公爵と同等か、それ以上と噂される転移魔法使いの言葉だ。脅しが強すぎると半笑いになりながら、怯えるキッド達を促して作戦会議の場に着かせる。


「もう目視できる所まで幽霊船が近づいてきているからな。手短に説明するぞ」




 エルミナ率いる幽霊船団は、大型帆船が十二隻確認されている。そこにどれ程のレイスやアンデッドが乗っているかは分からないが、第一陣としてそれの殲滅を十兵衛とガラドルフが担当することになっていた。

 エレンツィアにいる神官は、スイや資格が剥奪となったヴィオラを除くと十五名しかいない。その多くが高位神官に遠く及ばない者達だったので、彼らには前線に出るよりも後方支援として怪我人の救助に専念させることとなった。つまり、対アンデッドに特化した者がガラドルフしかいない戦いが想定されるのだ。


「そ、それやばくないですか!?」

「非常にまずい。救援要請は近隣の街に飛ばしているが、それまでもたせるのがこの戦いの(キモ)になると思ってくれ」

「我が輩も出来得る限り浄化はする。そこから漏れたアンデッド共は、冒険者ギルドが保有している冒険者のお守りと、エデン教会が蓄えてあった【聖水(せいすい)】で対応して貰う予定だ」

「聖水に関しては、リンの協力の元、神官達が出来得る範囲で数を増やしてくれている」


【聖水】とは、不純物を限りなく少なくした水に神官が祈りを捧げる事で出来るアイテムだ。

 本来の使用用途は魔除けであり、聖水を郊外の農地や放牧地周辺に撒くことで魔物を遠ざける事が出来る。だが、うまく使えばアンデッド達の浄化にも使えるアイテムだった。

 冒険者のお守り程の力はないものの、適量以上の聖水を振りかけるか、聖水のかかった武器でアンデッドの脳やレイスの核を的確に貫けば浄化が施せる。浄化された彼らは再び死人に戻り、死体からアンデッドになる時間経過を待たない限りは復活しないのだった。


「だが、今回は死霊術師のエルミナがいる。お前達の話が正しければ、浄化したアンデッドの即時復活も可能だろう」

「こっちに死人が出ても同様だ。だからこの防衛戦では、浄化後すぐに導きの祈りを捧げる事と死人を出さない事が重要で……」

「ま、まって下さい。神官は後方支援って言いましたよね」

「誰が導きの祈りをするんですか!?」

「私だ」


 キッドの後ろに、上背のあるハーデスが立つ。気配もなく立たれた事に驚いて飛び上がったキッドだったが、「なんでハーデスさんが!?」と至極当然の質問をした。


「俺と同じ魔法使いでしょ!?」

「そう……だが、そういうのも出来る」

「そういうのって……」

「驚くのも無理はないが、その件に関しては現場に居合わせた高位神官から事実確認済みだ。キッド君達は先日の大流星群は見たか?」


 大流星群、と言われてキッドはバンビ達と顔を見合わせて頷く。まるで流星が地上から空へ向かって飛び立つような珍しい光景に、ずっと目を奪われていた事は記憶に新しい。

 しかし何故今その話が? と首を傾げた三人に、ギルベルトは遠い目をしながら静かに答えた。


「アレな。カルナヴァーンが死んだことによって時を同じくして死んだ、元人間の魔物達の黄泉送りなんだと」

「あ、そうか。模倣生物(フェイカー)の寄生によって生きてたからカルナヴァーンが死んだから同じように死んで……」

「……いや、まって」

「まってまってまっておかしいですって」

「おかしいと思うよなぁ!? 俺もだよ!」


「なぁ!」と同意を求めるようにギルベルトに凄まれたキッド達は、小刻みに頭を縦に振る。


「でも真実なんだよ……」

「あの星の数どんだけあったと思ってるんすか!?」

「はぁ!? アレ全部魂!?」

「うっそでしょサイン下さいハーデスさん!」

「そんなものはない」


 ニノに手帳とペンを差し出されたハーデスは、嫌そうな顔で押し返した。


「何者なんですかハーデスさん……」

「なんか凄い奴だ」

「な、なんかって……」

「ま、まぁ浄化後についてはハーデスに任せて貰って大丈夫ってことだ。そこだけ理解してくれ」


 深く突っ込まれる前に、十兵衛が場を取りなしてなんとか収める。そうして話題を変えるようにそのまま言葉をつづけた。

 

「第二陣はフェルマン殿率いるオデット騎士団とギルベルト率いる赤狼騎士団だ。アンデッドと出来得る限りのレイスを担当してもらう」

「そして第三陣を、君達冒険者にお願いする予定だ。レイスは空中を浮遊するからな。空域を担当出来る魔法使いと、補助出来る遠距離攻撃部隊、地上を近接攻撃部隊で構成する」

「魔法で出来得る限り霧散させて核を露出させる、と」

「それを聖水のかかった武器で仕留めりゃいいんですね?」

「そういうこった。言うは易いが行うのは難しいぞ? 出来るか?」

「出来ないって言った冒険者いました?」

「まったくいなかったなァ!」


 バンビの答えにギルベルトはゲラゲラ笑った。

 苦戦が強いられるこの防衛戦において、腰の引けた冒険者は一人もいなかった。対魔物の専門家として彼らには自負があるのだ。何より、この場にその最たるガラドルフがいるのが何よりの支えとなっていた。


「ガラドルフ様の前で情けねぇ(ツラ)見せる冒険者はいないっすよ」

「分かるわ~。先生の前で敵を背に尻尾撒いて逃げるとか、俺絶対出来ねぇもん」

「ワッハッハ! 心強いことだ! お前達の活躍を期待しておるぞ!」


 大きな手でキッドとギルベルトの頭を撫でまわしながら、ガラドルフは闊達に笑うのだった。




 ***




「逃げなくて宜しかったんですか?」


 リンが保つ水球――スイが祈りをこめたことで聖水となっている――から小瓶に水を移し替えながら、スイは後ろで端切れを作り続けるマリベルを見やる。その姿は昨日のドレス姿とは打って変わって、地味な色合いの市民服だった。

 問われたマリベルは苦笑しながらスイを見る。


「お母様は逃がしました。父が捕まっている以上、母が仮とはいえ領主です。領民の避難や領主同士の交渉による政治的な判断においても、あの人には生きていて貰わねばなりません」

「では貴女がここに残ったのは、現場でオデット家の裁決が必要な時のため、と考えて良いのでしょうか」

「……ひどく好意的に解釈してくださるのですね、オーウェン公爵令嬢」

 

 マリベルがここに残ったのは、スイの言うことも一理あるがヴィオラに対しての償いの気持ちが大きかった。

 神官でなくなったヴィオラは、一般市民として逃げることを勧められたものの頑として頷かなかった。奇跡は使えずとも、人体に関する知識は彼の脳に刻まれている。だからこそ「応急処置でも手伝える」と自身に出来る最善を尽くすために残る事を決意したヴィオラに、マリベルは準じたのだ。

 同じエデン教会の敷地内の離れた所で、ヴィオラは救護施設を急ピッチで準備している。それを横目に、マリベルはあれから声もかけられない自分に深く嘆息した。

 そんなマリベルを見つめながら、スイはふっと目を細める。


「公爵令嬢ではなく、ここではスイとお呼びください」

「……ですが、」

「私も貴女の事はマリベルと呼びます。このエレンツィア防衛戦に参加する皆さんは地位も種族も関係なく、等しく私の戦友です! ね?」

「……スイ……」

「はい、マリベル!」


 心から嬉しそうに笑ってみせたスイに、マリベルは表情を緩めた。

 たった一つしか歳が変わらないこの少女は、防衛戦における治癒役の要である。その重責をものともせずに黙々と準備を続ける姿勢を、マリベルはただただ尊敬していた。


「ところで、……その。どうして包帯ではなく端切れがいるのでしょう」

「実は私も気になっておりました」


 隣で同じ様に裁ちばさみを使いながら作業をしていた服屋のヘンリーが、マリベルの言葉に同意した。

 ヘンリーは「頼まれた品がまだ出来てないのに、店を置いて逃げられません!」と言い張り残った、変わり者の一人である。宣言通り、作成途中と思われる作品を手に持ってきたヘンリーは、合間合間で裁縫作業を進めていたのだった。

 そんな彼の店から四色の大きな布を大量にスイが買い取り、全てを細長く切って欲しいと頼んできた。彼女のことだ、おそらく意味があるのだろうとは分かっていたものの、その内容が分からない。

 作業が落ち着いてきた頃合いを見計らって気になっていた事を口に出したマリベルに、スイは「これですか」と色ごとに仕分けられた端切れを指さした。


「傷病者の振り分けのためです」

「……え……」


 しれっと言ってみせたスイに、マリベルもヘンリーも息を呑む。


「今回の戦いにおいて重要なのは、死人を出来る限り出さない事です。怪我人が増えても、完治して戦場に復帰させる事は二の次です」

「…………」

「そのために、ここに運ばれてきた怪我人はこの色付きの端切れで怪我の具合ごとに振り分けます。重傷者、軽傷者……助けられない見込みの者」

「それは……」


 命の選別を行うことか、とは、口に出来なかった。

 目を瞠るマリベルに対し、スイは感情の読めないような表情で微笑む。


「ご安心を。私の最善を尽くしてすべてを救う所存です。――たとえそれが、どんな形であっても」

「……スイ・オーウェン高位神官……」

「ただ、覚悟してください」


「間もなくここは、貴女がたの想像を超える戦場へと変わります」


 ――太陽が陰る。エルミナの幽霊船団が近づいてきたからだ。


 暗雲が立ち込めるエレンツィアの空の下、崩れかけのエデン教会の真ん前で、年若き高位神官の双眸はその先の未来を見つめていた。


 

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