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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第一章:冥王と侍
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11話 七閃将、カルナヴァーン

 スイは一切の油断をせず、黄金に光り輝く半円の障壁の維持に努める。


 ライラの娘を呼ぶ声は、魔物が人をおびき寄せるためによく使う手だった。

 マリーという言葉を聞いて、使えると踏んだのだろう。魔物の知識に疎い者達を責めることなど出来るはずもないが、万が一のために張った障壁が今は功を奏していた。


 ――七閃将、カルナヴァーン。


 魔王麾下の名立たる猛将、七人の内の一人だ。自身の魔力を体内に住ませている虫に食わせ、寄生虫として発現。人に寄生させることで魔物化させ、配下を増やす悪辣な魔将である。

 引きずるように伸びた爛れた皮膚は、体内の虫が外に飛び出る度食い破られるのを治癒するのが面倒だと放置した故のもので、その姿形はアンデッドにも近い相貌になっていた。


「神官がまだおったか」


 剥き出しの歯を鳴らしながら、カルナヴァーンは嗤った。その最中、完全に魔物と化したライラが障壁を破ろうと何度も拳を叩きつけてくる。

 奇跡、【断絶の障壁】は、魔物を通さない。自身はその場から一切動けないが、女神の権能と力の証明であるそれは、今この場において最強の防御障壁でもあった。


「ライラさん……!」

「ま、ママ……!」

「落ち着いてください! この奇跡は魔物をけして通しません!」


 身を震わせる村人を鎮め、スイはハーデスに叫ぶように告げた。


「ハーデスさんも! その人と一緒にこちらへ!」


 その言葉を聞き、ハーデスがライラの義姉の背を押した。途端に義姉がスイの隣に現れ、二人揃って目を白黒とさせる。


「あ、あれ……」

「い、一体何が……」


 かくいうハーデスはまだ障壁の外におり、空中に飛び上がるや辺りを見回すように視線を巡らせた。


「……なるほど。よくもまぁ揃えたものだ」

「ハーデスさん……?」

「ライラと同じ魔物が五百。こちらに向かってきている」


 スイの顔がざっと青ざめた。


 何故、という言葉が喉の奥で渦巻く。


 神官達は、もはや手の打ちようがないと帰って来ていた。討伐隊の面々は、カルナヴァーンを追い払ったと口を揃えて声高に言っていた。

 そこでようやく、スイは違和感に気が付いた。



 ――追い払ったって、なんだ。

 ――倒すべき魔物を討滅出来ず、逃がしたの間違いじゃないのか。



 相手は七閃将だ。生半可な実力では太刀打ち出来ないのは理解出来るが、それでも声高に言えるような結果じゃないはずだ。それでもなお彼らがそう言ったのだとすれば。


 ――カルナヴァーンが、敗走を演じたからに他ならない。


 唇を震わせながら、スイはカルナヴァーンを睨みつけた。魔物が五百ともなれば、この近隣に生きていた人々の、殆どの人口だ。


「察したようだな、若き神官よ」


 カルナヴァーンは、使役している虫を赤黒い指の先に止まらせながら憫笑した。


「一か月程前、先行隊として虫達を方々散らせ寄生させた。慌てて神官どもが来たが、虫達の食の速さの方が勝ったようだ。結果、我を倒そうと目論む輩どもがやってきたので、軽く遊んでやった」

「……それで、惨めに逃げ帰る姿でも見せましたか」

「そうとも。大層喜んでおったぞ。七閃将を追い払ったとな」


 喰いしばった奥歯から、ギリ、と鈍い音が鳴る。


「そうして貴方は身を隠し、機が来るのを待っていたのですね」

「よくやる手よ。おかげで七閃将で最弱等と人間どもの間でいらぬ風評もついたが。そも、我が軍の魔物は殆ど儂の手によって作られたものだというのにな」

「なんて卑劣な……!」


 魔物の生殖能力が低いのは広く知られている。故に世界で一番数の多い人間種を浚い、子種や寄生虫を植え付けて魔物化させたり、墓を荒らしてアンデッドとして使役させたりする事例が多かった。

 それの最たる者がこの魔物だという事実に、スイは腹の底から嫌悪を覚える。


「災いは去ったと安心している所に再度虫を放ってしばし。とりあえずの数は揃ったので一度城へ送るかと思っていたのだが、ここにも虫の反応があるのにてんで命令を聞かぬ者がいるから何事かと思ったわ。麻痺毒とは、小賢しい真似をしてくれる」

「……!」

「まぁ、元より丸ごと頂こうと思っていた所よ。果たしてお前の奇跡がいつまで持つか、見ものだな」


 その言葉に、ごくりと生唾を飲んだ。維持だけなら半日は可能だが、その間に五百もの魔物達がここに集まってしまう。そうなれば村人達を逃がす事も出来ず、ただ食い荒らされるのを待つだけだ。

 十兵衛は家屋の瓦礫に埋もれてから反応が無く、ここで一手打てるのはもうハーデスしかいない。


「ハーデスさん!」


 ハーデスの実力がどれ程のものかスイは知らない。けれど、彼の在り様から相当の力の持ち主であることは察する事が出来る。どうかそれに賭けさせて欲しいと願い声を上げ、名を呼ばれたハーデスはスイへと目を向けた。


「なんだ」

「私は奇跡の維持で動けません! 無茶なお願いだとは重々承知です! どうか、ライラさんとカルナヴァーンを貴方の魔法で……!」

「無理だ」

「……へ?」


 スイの目が丸く見開かれる。同様に、村人達も信じられないと言わんばかりにあんぐりと口を開いた。


「ど、ど、どうして」

「そもそも私は魔法使いじゃない」

「そ、そんな! 言ってくれなかったじゃないですか!」


 聞いてない! とスイは駄々をこねる子供のように抗議した。


「そうだとも、言ってない。聞かれなかったからな」

「だとしても! 今みたいに飛んだり、人を急に移動させたり出来てるじゃないですか! その技を使えばどうとでも……!」

「私の前において、命は皆平等だ」


 静謐さを湛えるような声色で、事も無げにハーデスは告げる。




「魔物だろうが人だろうが関係ない。特殊な事情が絡まぬ限り、死の律が寿命を妨げる事はない」


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