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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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99話 優しい約束

 夜のエレンツィアは、家々の玄関先に灯されるランプのおかげで随分明るい。

 港から繋がる広場の方では出店も多くあり、店の中に入らずとも好きな屋台で食べ物を買い求め空いた席で座って食べられるようにもなっていた。

 今のスピーは亜人の特徴的な狐耳を覆えるフードをかぶり、長いふさふさな尻尾もタータンチェックの腰巻で隠していた。どちらもヘンリーの店で買った物だ。

 ぱっと見では亜人とわからない服装のおかげで、スピー達は出店での夕食にさほどの問題もなくありつけていたのだった。


「アレンは船に乗るのが嫌なの?」


 ガラドルフが買ってくれた蒸かし饅頭を口にしながら、スピーが不思議そうに首を傾げる。

 ヘンリーの店からの帰り道で、エレンツィアから出港した船を見たアレンが「四日後にアレに乗るのか~」と苦々しい顔をしていたのだ。

 食事中の雑談で、ふと船の話題が出たついでにと疑問を口にしたスピーに、アレンは難しそうな顔をして腕を組んだ。


「嫌ってわけじゃないけどさぁ……」

「船酔いが嫌なのだろう?」

「そりゃ嫌でしょ誰だって」


 唇を尖らせるアレンに、可笑しそうにガラドルフは笑う。遊覧船の河下りで十兵衛と同様酷い船酔いに悩まされたため、船旅に苦手意識を持っていたのだ。

 その時の事を思い出し嫌そうに顔を歪めたアレンを、「辛い時は我が輩が奇跡をかけてやるとも」とガラドルフが励ました。


「大きな帆船だと揺れは少ないよ。小舟に乗ってた時は僕もたくさん吐いたけど……」

「そっか。船旅って意味じゃスピーの方が大先輩だもんな」

「せ、先輩かどうかは、その……」


 アレンの賛辞に、スピーはもじもじと恥ずかしそうに足をすり合わせる。


「で、でも経験則で言うと、船の中央にいる方が酔わなかったよ。船首とか船尾にいるよりも、ずっと大丈夫だった」

「その情報助かる~! ありがとうスピー!」

「う、ううん」

「薬師になったら、絶対酔い止め薬作る。帰りは自分の薬で酔いを防ぐんだ」

「ワッハッハ! なんとも現実的な目標だ!」


 呵々大笑するガラドルフに対し、アレンが「なんだよ! ガルのおっちゃんにはやんねーぞ!」と頬を膨らませてそっぽを向いた。そんな二人の様子を見ながらスピーが目を瞬かせる。


「アレンは……薬師になるの?」


 スピーとアレンはついさっき知り合ったばかりだ。お互いに簡易的な自己紹介しか済ませていない間柄だったため、アレンの旅の理由をまだ知らなかった。

 そんなスピーの問いに、「そうだよ」とアレンは頷く。そうして、自分がカルド村という田舎で父親のアイルークと薬草売りで生計を立てていたこと、ガラドルフの両親の元で薬師になるための修行を積むつもりであることを教えた。


「マルー大森林って、結構いい薬草が生息してるんだ。そこで地産地消出来たら、家計だけでなく近隣の村の人達の助けにもなるって思ってさ」

「すごく、素敵な心がけだね」

「へへ、ありがとな。でも俺、スピーと出会えたおかげでもっとやる気を貰ったんだよ」

「へ?」


 目を丸くするスピーに、アレンはにっと白い歯を見せて笑う。


「奇跡で助けられない人でも、薬だったら助けられる」

「――っ!」

「待っててな、スピー。お前が怪我を負ったって、俺が必ず助けてやるからさ!」


 むん! と細腕で力こぶを作ってみせたアレンに、スピーは大きな瞳を震わせた。

 

 昼間、スピーは日頃の折檻で負った傷をスイに診て貰った。だが、亜人であるスピーに奇跡はかけられず、応急的な処置しか出来なかったのだ。

 人の優しさを、魔物である身体は受け入れられない。その事をずっと負い目に感じていたスピーだからこそ、アレンがかけた言葉は眩しすぎるものだった。



 ――今日を越えた明日を、少しだけ望んでみないか?



 十兵衛の言葉が、スピーの脳裏に浮かぶ。

 十兵衛は、生きろとも死ぬなとも言わなかった。()()()()()()()()()()とも、()()()()()()()()()とも言わなかった。ただ、今日を越えた明日を望むこと。それは無為な時間を過ごす事と同義でもあったが、時が過ぎたからこそ分かった事がある。

 今知らない事を知る未来。知れたからこそ広がる可能性の芽が、スピーの目の前に在ったのだ。


「スピー……」


 大粒の涙を零すスピーを、心配するようにアレンが窺う。

 しゃくり上げるように泣きながら、スピーは下手くそに笑ってみせた。


「そしたら、僕が、アレンの一番最初の患者さんになりたいな……!」

「あ、ああ! 約束だ!」

「うん、約束……!」


「あ、だからって不用意に怪我は負うなよ!」と慌てるようにアレンが釘を差す。

 そんなアレンの優しさを一身に受け止めながら、スピーは幸せそうに目を細めた。

 



 二人の少年のやり取りを側で見ていたガラドルフはというと、目頭を押さえて涙を堪えていた。

「アイルークに見せてやりたい……」と友の息子の成長ぶりに感動を覚えていたガラドルフは、涙が零れる前にハンカチを取り出そうと尻ポケットに手をやる。

 そこでふと不穏な気配を感じ、はっと顔を上げた。同じものを感じたのか、アレンと談笑していたスピーも瞬時に黙り込み、瞳孔の開いた目で一点を凝視する。

「な、何……?」と二人の様子に不安がるアレンを置いて、ガラドルフとスピーは視線の先にいる一組の男女から一切目を離さなかった。


「まったく、心配したんだからね、あんた!」

「心配、した」

「そりゃしたとも! まぁ大事無くて本当に良かったよ。何食べる?」

「食べ、る」

「食べるのは分かってるって! お腹空いてるんだろ?」

「空いて、る」

「はいはい! じゃあいつものにしようかね」


 若いカップルというよりは、相応の年を経た夫婦といった感じの二人だった。鮮やかな赤いミディアムロングの髪の女性が、しな垂れかかるように深い緑色の髪の男と並んで歩いている。

 その二人を目にしたスピーが、顔を真っ青にして呆然と呟いた。


「チャドリー……さん……!?」

「え、何? 知り合い?」


 ただならぬスピーの様子に、アレンとガラドルフが瞠目する。知り合いだったら、と呼び止めようとしたアレンを制し、スピーはガラドルフに面向かった。


「ガラドルフ様。アンデッドは人を襲うんですよね」

「ああ。我が輩もその認識だ。そちらの常識でもそうだろう」

「そう、です。でも、だったら、アレはなんなんですか……!」



「チャドリーさんは、今朝死んだはずなのに――!」



 人を襲わないアンデッドはいない。その常識を覆した存在が目の前にいることに、ガラドルフもスピーも驚きを隠せないのだった。




 ***




「ウロボロスの奴らはなんて?」

「こちらに手引きをしたのはエデン教会のグスタフ主教だと」


 部下からの報告を受けたギルベルトは、難しい顔をして黙り込む。

 オデット伯爵邸をくまなく探し、フェルマンだけではなく伯爵夫人やマリベル、捕縛中のオデット伯爵からも情報を引き出し探したが、結局亜人の首輪はどこにも見つからなかった。

 そうなると、外部へと持ち出した者の存在が浮上する。捕まえているウロボロス達から上がったのは、グスタフの名だった。


「港を閉鎖しろ。リンドブルム方面へもだ。一切この町から人を出すな」

「畏まりました」

「港……」


 側で話を聞いていた十兵衛が、はっと顔を上げる。


「待ってくれギルベルト。確か、夕方に船が一隻出港しているはずだ」

「何?」

「今朝がた遊覧船の事件で出会った冒険者が言っていたんだ。夕方発の船に乗ると――!」

「クソッ! 奴を逃がした可能性があるってか!」


 苛立ち紛れに拳を壁に叩きつけたギルベルトに、スイが苦虫を噛み締めたような顔で俯く。


「申し訳ございません。先んじて私の方で身柄の確保を進めていればこんなことには……」

「……いいえ。あの時点ではまだ不明な点も多かった。オーウェン高位神官のせいではありませんとも」

「しかしどうするスイ。このままではヴィオラという神官の身が危ないんだろう?」


 リンの問いに、スイが重々しく頷く。

 万が一グスタフが逃亡先で亜人の首輪を売買し、冒険者のお守りの意図しない使い方をした場合、神罰はヴィオラに下る。予備として置いていた亜人の首輪だけではなく、今朝受領したばかりの冒険者のお守りも無くなっていた自体からその可能性は飛躍的に上がっていた。

 いつ、どのタイミングで神罰が下るか分からない。神による(さば)きの(いかづち)は、本当に存在するのだ。

 スイはぐっと眉根を寄せると、覚悟を決めたように顔を上げる。


「アンバー将軍閣下」

「はっ!」

「ヴィオラ・ヴィオーレ神官の身柄の確保をお願いします。必ず、家屋の中で。加えて、これより一切の外出も禁じて下さい」

「承知致しました」

「建物の中にいる限り、裁きの雷は落ちませんから」

「……スイ……」


 淡々と命令を飛ばすスイを心配して、リンがそっと手を握る。黒いイブニンググローブで覆われたその手は、少し震えているようだった。


「明日、彼に私から申し伝えます」


 リンの思いやりを支えに、スイが固い声色で宣言する。



 ――ヴィオラ・ヴィオーレ神官の資格を、剥奪することを。

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