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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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96話 スイのエゴ

 組討ち、というものがある。

 敵将を倒し組み伏せて首を取る、それが戦場の習いであり誉れでもあった。

 故に、侍は刀剣を使った剣術のみならず徒手空拳での戦いにも秀でている。合戦場における多数の敵を想定した戦いなど、最早日常茶飯事だった。

 ――だが、ここにいる者達は侍の事を知らない。

 だからこそ、()()の十兵衛が素手のまま凄まじいスピードで敵を無力化させていく信じられない光景に、全員呆気に取られてしまうのだった。




「おいおいどうなってんだ……」


 十兵衛が手練れであるのはギルベルトも分かっている。

 七閃将カルナヴァーンをその類い稀な剣術で討滅した英雄だ。長物の剣を扱うという十兵衛の事を、同じ剣士として一度手合わせ願いたいものだと思っていたギルベルトだったが、目の前で繰り広げられる戦い方に開いた口が塞がらなかった。剣士どころか格闘家さながらの動きだったからだ。

 相手の動きに合わせて最小限の動作で身を躱し、首に手刀を入れたり顎に掌底を叩きこんで昏倒させ、時には足払いや投げ技を使って同様に気絶させる。多対一の状態でだ。更に恐ろしいのは、そうして意識を失った敵から武器を奪わない事だった。

 ショートソードやククリ、ダガーやレイピアなど、室内戦に特化した武器を容易に手にできる状態になっているのにも関わらず、十兵衛はずっと徒手空拳のまま戦い続けている。

「手甲が無いと手が痛いんだが」と、なんとなく十兵衛に合わせて武器を拾わずネクタイを拳に巻いて殴りつけていたギルベルトは、一時的に戦法を蹴りに集中させて十兵衛の側に躍り出た。


「十兵衛君、なんでそこいらに落ちてる武器を使わないんだ?」


 戦局を優位にするためになんとしても人質を取ろうとするウロボロス達の攻勢は、まだおさまらない。部下達が上手に人の流れを作り、避難先に繋がっていると思われる転移門へ誘導させているのを見ながら、ギルベルトは背中合わせで戦う十兵衛に素朴な疑問を投げかけた。


「まだ避難出来てない姫様方がいる。流血沙汰は出来る限り避けてやりたい」

「……し、紳士~~~! この状況下でそここだわる!?」


 呆れていいのか尊敬した方がいいのか、よく分からない感情を持て余してギルベルトは脱力する。十兵衛は「紳士?」と聞きなれない言葉を耳にしたように少し首を傾げたが、飛んできたボウガンの矢にはっと目線をやり素手で止めた。矢じりの先にスイがいたのだ。

 ギルベルトと十兵衛は同時に射手に目をやり、睨みをきかせる。射手は素手でボウガンの矢を止めてみせた十兵衛の殺気に、ぶるりとその身を震わせていた。


「スイ様はなんで逃げない? あの方こそ転移門でさっさと移動するべきだろうに!」

「こちらにも事情があるんだ!」


 手近にあった椅子を全力で射手に向かって投擲した十兵衛は、数時間前のスイの宣言を思い返して眉根を寄せた。




 ***




「十中八九、伯爵邸で何者かの接触はあると思います」


 オーウェン公爵邸で着替えを終えた時の事だ。スイから私室に呼び出された十兵衛とハーデスは、彼女の言葉に同意するように頷いた。

 オデット伯爵の手の者か、はたまた違う者かは現時点では分からない。だが、遊覧船での事件、亜人の首輪に関する任務、そしてカガイの懸念。そのどれもがこの先荒事に繋がりそうな可能性ばかりを秘めていた。

 招かれたパーティーでは、公爵邸に入る時と同様に奇跡も魔法も封じられ、武器も持ち込めない。前者についてはフェルマンが手を回してくれるという話だったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で何も起こらないわけがない、というのがスイの見解だった。


「万が一戦闘になった場合、ハーデスさんの協力はどこまで望めますか」


 その言葉に、十兵衛ははっとした。ハーデスは死の律として寿命を妨げられない。それを知っているスイだからこその質問だった。

 もし不審者がスイを狙って襲ってきたとして、ハーデスの転移魔法があれば無関係の者達を逃がす事は出来る。だが、その場で死が決まっている者がいる場合、転移を受けられる者と受けられない者の差が出てきてしまうのだ。

 それは他者の目からすれば見捨てたと同義の状態になるだろう。その懸念を示したスイに、ハーデスは難しい顔で俯いた。


「……現地に赴かねば分からんが、最適解は私が手を出さない事だろう。だが、招待を受けた以上向かわないわけにもいかない」

「全員を転移魔法で助けて欲しい、という願いは聞けないという事ですね」

「あぁ」


 重々しく頷いたハーデスに、十兵衛とスイは沈黙する。

 それ以上の無茶は言えなかった。どれだけ親しくあろうと、ハーデスと十兵衛達は違う(ことわり)で生きる者だ。


「その場で寿命を迎える方がいた場合、助けられない……」

「運命を変えられればまた別だがな」

「……ん?」


「その話は初耳です」と首を傾げるスイに、ハーデスは十兵衛に話した時と同様に己の強い意志で運命を変えるか自死でのみ寿命が変わる事を告げる。


「己の強い意志で運命を変える……。例えばなんですが、もしすごく死にそうな傷を負った人がいたとして、生きられるかもしれないという希望が見えた時に奮起した場合ってどうなります?」

「変わるだろうな。よくある話だ。死にそうだった者が懸命な延命治療を受けて希望を持ったり、悔いの残る言葉を投げかけられて死ねるものかと思いとどまったり……」

「第三者からの行為を受けて変わる事もあるんですね!?」


 ハーデスの答えに、スイが身を乗り出して声を明るくする。

 その言葉を受けて、ハーデスは一つ嘆息すると真摯な目でスイを見つめた。


「スイ。お前は神官だから、人の生死に関わる瞬間に立ち会う事も多いのだろう。だからこそ告げておく」

「……なんでしょう」

「自惚れるな。他人がどう接したとて、最後に決めるのは()()()()()()だ」

「…………」

「他人を変えられるなどと努々(ゆめゆめ)思わぬことだ。もし変わったとすれば、それはその者の意志に起因する。自分は自分でしか変えられない、それだけは理解しろ」

「……肝に銘じます」


 唇を引き結んで静かに頷いたスイに、十兵衛も目を伏せる。重く、けれど聞いた者の背を正すようなそんな言葉だった。

 例え変化のきっかけが第三者からのものだったとして、その者が「俺のおかげだ」と口にするのはおかしな話だ。結果的に動いたのは変わることを決意した自分だからだ。

 運命を変えるという点においても同様だと告げたハーデスに、十兵衛も了承するように頷いた。

 だが、その上でスイは決意を秘めた瞳でハーデスを見上げる。


「肝に銘じます、が、諦めません」

「……何?」

「私は神官です。人のために生きる者です。だから、もし死に行く人がいたとしても私だけは最後まで諦めない」

「…………」

「最期のその瞬間まで、私の言葉が、行為が、誰かの運命を変える助けになれると信じて諦めません」

「スイ……」

「私のおかげなんて思って貰わなくていい。これは高位神官としての義務であり、エゴであり、信念です!」


 凛とした声色で言い切ってみせたスイに、ハーデスは瞠目する。しばし言葉を失ったが、やがてくつくつと喉の奥で笑ってスイの頭を優しく撫でた。


「わ! は、ハーデスさん!?」

「なるほど、お前のハイリオーレが輝いているわけだ。……いいだろう。その生き方を私は尊重する」


「転移門を用意しよう」とハーデスが事も無げに言った。


「転移先は後で決めるとして、私から【可視化の転移門(ヴィジブルゲート)】を提供する。そこに逃げ込めるかどうかはその者次第、という所でどうだ」

「ハーデスさん……!」

 

 ハーデスの提示した折衷案に、スイが胸を震わせる。

 感極まって涙が出そうになったのを懸命に堪えて、礼を述べながら頭を下げた。




 ***



 

 スイが危険を承知で戦場に残る意味を、十兵衛はよく理解している。

 だからこそ、苛立ち紛れにギルベルトが「事情って、そんな事言ってる場合か!」と隙をついてスイの元に行こうとしたのを、渾身の力で引き留めた。


「スイ殿は大丈夫だ。リンもハーデスもついてる」

「分かってないな! 要人がいの一番に退避するのが常識だろうが!」

「分かってないのは貴殿だギルベルト! 彼女はオーウェン公爵令嬢としているんじゃない!」


「スイ・オーウェン高位神官としてここにいるんだ!」


「だからこそ殺さなきゃいけないんだってーの」


 十兵衛の言葉を受けて、後方で指揮をとっていたエドガーが目を細める。


「人質作戦はもういい。殺せ」

「いいのかエドガー」

「人質取れれば色んな意味で美味しかっただけの話よ? 無理にやるもんでもないでしょ」


 その言葉に、十兵衛ははっと息を呑む。


「スイ様の悪手により、たくさ~ん死人が出ましたとさ。――これより魔法の使用を許可する! 全力でいけ!」

「~~~っ! 言わんこっちゃねぇ!」

「リン!」


 ギルベルトが騎士達にまだ逃げきれていない人々を守るよう指示したのと、十兵衛がリンに指示を飛ばしたのは同時だった。

 それを受けたリンが――否、そうなる前にすでに動いていたリンが、金色の目を見開いて凶悪に笑う。


「【流水(アクアリック)操作(オペレーション)】!」



 ――会場の中央に、真っ黒の水球が現出した。

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