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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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92話 ダンスのお誘い

 マリベルと談笑するスイを見つめながら、十兵衛はふっと目を細める。

 これまで神官や友人としての一面しか見て来なかったが、オーウェン公爵の娘らしく上に立つ者としての在り方を見事見せつけてくれたスイを、心から尊敬していた。その細い肩に背負わされた重責は筆舌に尽くしがたいものだろうに、それを感じさせない振る舞いが堂に入っている。洗練されたその姿勢に、彼女の努力が滲み出ているようだった。


「十兵衛、スイに釘付けだな」


 立食パーティー形式のため、取り皿にこんもりとおかずを盛っていたリンが、悪そうな顔で十兵衛を小突く。

 それに苦笑しつつも、「そりゃあ、釘付けだとも」と素直に認めた。

 伯爵令嬢の誕生日パーティーに来たのは、十兵衛とハーデス、スイとリンの四人だ。アレンが「美味しいごはんはいっぱい食べたからもういいや」と遠慮したため、ガラドルフとスピーが宿で留守番をする事になったのだった。


「おお、随分素直に言うじゃないか。ま、気持ちも分かるぞ?」


 うむうむ、と頷きながらリンがスイの美しさについてつらつらと述べてみせる。

 普段の純朴さに振り切った姿とは相反して、今のスイは公爵令嬢として一切の隙を見せない、ある種の妖艶ささえ見受けられるような服装だ。暗い色合いで統一されたドレスに、貴族の令嬢らしからぬ黒のイブニンググローブ。表情を見せないようにするためか、片目をあえて隠した髪型に、大人っぽい色気を醸し出すべく彩られた化粧。今のスイには、おいそれとは声をかけられないような雰囲気があった。

 それを踏まえて「うちの姫君はめちゃくちゃ美人だものな!」と友人を褒め讃えるリンに、「そうだな」と頷きつつもそれだけじゃないのだと十兵衛は半笑いになる。


「というより、そもそも俺はスイ殿しか見れん」

「お、おお……そりゃまた情熱的な……」

「そうではなく、周りのその、姫君が……」


 ちら、と視線を横にやって、伺うようにこちらを見ていた令嬢と視線があった十兵衛は、一瞬にしてぼんと頬を赤らめる。そのまますぐにリンに視線をやると、安堵するように息を吐いた。


「やっぱり絶対リンとスイ殿しか俺は見れん!」

「はぁ? なんで我もなんだ」

「いつもの姿だからだ! なんでここの姫君達はそ、その、肌を見せる服を着るんだ……!?」


「もっと着込んでくれ!」と泣き言を言う十兵衛を、リンはしらけた目で見るのだった。


 リンは知らないが、十兵衛にとってこの世界の女性は往々にして肌をよく見せる傾向にある。文化の違いが大きかったのだ。そのギャップに未だ慣れていない十兵衛には、婿探しで躍起になっている令嬢達の今日のドレス姿はいささか刺激的すぎるものだった。

 鎖骨を見せ、たわわな胸に加えその谷間さえ見せつけてくるようなドレスに、大きく背中が開いたものを着ている令嬢もいる。ボディラインに沿うような形は容易に彼女達の裸体を想像出来るようで、例えよこしまな気持ちがなくともそんな目になってしまいそうな自分に嫌悪した十兵衛は、一心にスイやリンしか視界にいれないようにしていたのだった。


 いつもの姿であるリンはともかく、スイも他の令嬢と比べると露出は非常に控えめだ。きゅっと腰元で絞られたマーメイドドレスはボディラインを強調するものではあったものの、羽織ったボレロが程々に隠してくれている。

 実はそれが彼女なりに十兵衛の事を慮った服装であることを、当の十兵衛は知らない。結果的に十兵衛の視界を救ってくれている事実を、この場にいる誰もが知る由も無いのだった。


 ともあれ、十兵衛のそんな姿に呆れ果てるように溜息を吐いたリンは、「せっかくお前も男前に仕上げて貰ったのになぁ」と苦笑する。

 リンの言う通り、オーウェン公爵邸で十兵衛もドレスアップに巻き込まれていたのだ。

 いつも総髪に纏めている髪の毛は緩く左肩下で結ばれ、前髪がいくらか下ろされている。襟先のボタンが特徴の白のボタンダウンに、翡翠のタイ・タックが施された青いグラデーションのネクタイを締めていた。スイと対になる様なデザインのそれは、ベストもジャケットも似たような色合いで構成されている。

 わざわざ語らずとも、スイの付添人は十兵衛であると周囲に知らしめるような姿だった。


 リンの目から見ても、十兵衛は十分に男前である。姿勢がよく、筋肉のつき方からして均整のとれた体は、その服の上からでもよく分かった。本人は童顔を厭っていたが、真剣な目でスイの身辺を警護する表情は乙女が憧れる騎士さながらのものであり、十兵衛は見ようとしないので気づいてないが色目を使ってくる令嬢も多く見受けられる。

 これはその内お声がかかるぞ、とリンが思った矢先、まさしくの事態がその場で発生した。


「あの、もし……」


 程々に各人の会話が落ち着き、ゆったりした談笑の間で緩やかに音楽が流れ始める。広間でのダンスパーティーの開催だ。社交におけるコミュニケーションの一部として利用されるそれは、伯爵令嬢の誕生日パーティーにおいても同様にあるようだった。

 そんな中で、一人の令嬢が十兵衛に歩み寄り声をかけた。否、後ろに三人ほど続いている。貴族ではない招かれた一般の男を、怖いもの見たさでやってきたという体だ。

 声に導かれるままに視線をそちらに向けた十兵衛は、ギッ、と身体を固める。多分に漏れず、令嬢達の露出度合いが彼の常識を上回っていたからだ。


「な、なん、なんでしょう……」


 出来る限り平静を装いながら、十兵衛は微笑もうとして失敗する。そんな十兵衛の様子が面白かったのか、令嬢達は楽しそうに笑いながら、「八剣十兵衛様、ですよね?」と問いかけてみせた。


「その類い稀な剣の腕で、かの七閃将を討ったとか。ありがとうございます、カルナヴァーンの被害は私どもの領地でもあったのです」

「そ、そうでしたか。お役に立てたようで何よりです」

「えぇ。それに加えて丸十字ブランド! オーウェン公爵の眼鏡にもかなった商品でありましょう? 腕が立つだけでなく商才まであるとはすばらしいですわ。きっとその内、陛下からもお声がかかりますよ」

「は、はぁ……」


 どぎまぎと受け答えする十兵衛を、側にいたリンが面白そうに見やる。そら見た事かと思いつつ、自分よりも取り皿に山盛りにおかずを盛って帰ってきたハーデスをしゃがませて耳打ちした。

 なお、ハーデスはいつもの格好のままだった。ロラントの眼を以ってしても、彼の服装以上の高級なものが用意出来なかったためである。


「十兵衛が面白い事になってるぞ。その内躍り出すんじゃないか?」


 にしし、と笑いながら告げたリンに、ローストビーフを頬張りながらハーデスが首を傾げる。


「踊り? 十兵衛がか?」

「そうだとも。貴族達がそこらへんでワルツを踊っているだろう? あの調子じゃあその内令嬢に連れ出されそうだ」


 リンとハーデスの視線の先で、令嬢達が十兵衛の手を引いている。リンの言う通り、ダンスに誘っているらしい。十兵衛は「いや、踊りは、その、」と困り果てた様子で断っているが、令嬢達の方はかの八剣十兵衛とダンスをしたという結果が欲しいのか、「スロー・ワルツなら大丈夫よ」だの「私が教えて差し上げますわ」だの言い募り、躍起になっている。

 そんな風に十兵衛がワイワイと絡まれてる様を眺めながら、ハーデスは片眉を上げた。


「十兵衛はたぶん剣舞しか踊れんぞ」

「ほー? 剣舞とはまた渋いな」

「侍が戦の前に気持ちを高めるためにするものだからな。こういう場所でやるものでは……お、スイが来たぞ」


 そんな時だった。伯爵令嬢や冷や汗をかき続けているオデット伯爵と談笑していたスイが、場を離れる事を告げてからそこそこのスピードで十兵衛の元へとやってきた。


「皆さま、ごきげんよう。(わたくし)の大切なお友達とどのようなお話をされていらっしゃるのかしら? 私も混ぜて頂けますか?」

「お、オーウェン公爵令嬢……!」


 さっと令嬢達の輪が十兵衛から距離を取る。それを見計らって目を細めたスイが、そっと十兵衛の腕に手を添えた。


「十兵衛さんは今日が初めての社交界ですから、どうかお手柔らかにお願いしますね」

「そ、そうなのですね!」

「勿論ですわ、オーウェン公爵令嬢……!」

「ありがとうございます」


 にっこりと美しく笑ってみせて、スイはつい、と十兵衛に視線を向ける。そうして少しだけ背を伸ばすと、その耳にこっそりと耳打ちした。


「私がリードします。一曲踊れますか?」

「えっ……!」

「貴族ではない一般人とはいえ、十兵衛さんが只者ではない所を見せられるいい機会ですから。これを機に名も売っちゃいましょう」


 挑戦的に目を細めてみせたスイに、十兵衛がごくりと生唾を飲み込む。だが、彼女の意図する所を読み取った十兵衛は小さく溜息を吐くと「少々お待ち頂けますか」と言い置いてスイから離れた。


「ハーデス。ちょっと顔を貸せ」

「え、厭だが?」

「厠の場所を教えてくれるって? さすがはハーデス、よく会場図を覚えているなぁ~!」


 ハーデスの断りを完全に無視した十兵衛が、その腕を引いてずんずんと会場を後にする。

 呆気にとられた令嬢達を置いてしばらく、顔色を悪くした十兵衛と不機嫌そうに眉を顰めたハーデスが戻ってきた。


「お待たせしました、スイ殿」

「まぁ! 我儘を聞いて下さりありがとうございます」


 恭しくスイの手を取った十兵衛が、ダンスホールへと向かう。それを目を丸くして見送ったリンが、戻ってきたハーデスの袖を引いた。


「お、おいおいどうなってるんだ!」

「踊れるようになった」

「は!?」

「私の知識を授けてやったからな。まったく……食事中に酷い物を見せるな馬鹿十兵衛」


 プンプンと怒りつつ、ハーデスはテーブルに置きっぱなしになっていたオードブルの食事を続ける。その説明を受けてもまったく理解出来なかったリンは、頭の中に大量の「?」を浮かべながらダンスホールで貴族達に交じって踊り出した二人を見つめるのだった。

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