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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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90話 蛇の影

 エレンツィアの大通りは観光名所なのも相俟って道が整っているが、人気の少ない裏通りともなるとその様子はがらりと変わる。表で使われなかった、もしくは余ってしまった石畳の一部がまばらに並べられ、歩きやすい道とは程遠い有様だった。

 そんな裏通りを、グスタフはまるで蹴り上げる様にしながら荒い足取りで黙々と歩く。ぶつぶつと口から零れるのは怨嗟の言葉で、普段の穏やかな表情とはかけ離れたものになっていた。


「ツィルチルめ……! 何故こうも危機感が無いんだ!」


 オデット領領主を容赦なく呼び捨てにしながら、苛つきを抑えきれずに地団駄を踏む。グスタフは焦っていたのだ。

 エデン教会からスイ達が去った後、グスタフは大急ぎでオデット伯爵との面会を取り付けようとした。ステラ=フェリーチェ大神殿の息がかかった高位神官じゃない者が来た事に、一抹の不安を覚えたからだ。

 大神殿に送った寄進と同じように、ルナマリア神殿も長年にわたり多額の寄進をしている。政治的意図というよりも、グスタフは神殿に重用してもらいたかったのだ。

 エレンツィアは大きな都市だ。そこいらの小さな村の教会では比べ物にならない程の人が出入りし、関われる人数が多い事から信徒の増加傾向も高い。だが、グスタフは未だに高位神官になれていなかった。

 今年で三十八歳になるグスタフは、かれこれ二十年神官としてエデン教会に勤めている。これまでの活動で多くの信徒を得てきたが、それでも高位神官の領域には届かなかったのだ。

 一体何が足りないというのか、とグスタフは歯噛みする。信仰心も信徒も十分にあるはずなのに、それでもまだ高みに登れない。だからこそ一縷の望みをかけて神殿での勤務を寄進と共に何度も願い出ているのに、未だに実を結んだことがなかった。

 その上、そんなグスタフの前に(よわい)十六の時に高位神官となったスイが現れたのだ。癇に障るとはまさしくこの事で、あの場でよくぞ我慢できたなとグスタフは己の理性の強さに自画自賛した。

 年々増える寄進について、カガイから何か言われた事はない。何より神官の間でも拝金主義で有名なカガイが、大神殿と繋がっていないわけがない。そう思いつつも、例え形式だけの調査とはいえスイ・オーウェン公爵令嬢を遣わせたのがどうにも気がかりだった。

 スイは高位神官としてだけではなく、公爵令嬢としての一面も持つ。彼女の一声はオデット伯爵の行動を制限しかねないのだ。万が一カガイの意図を見誤り、スイが冒険者のお守りについての諸々を明るみに出せば、切られるのはグスタフだ。同時にオデット伯爵もただでは済むまい、とグスタフは歯噛みする。

 取り越し苦労であればいいが、それでも念には念をで報告に上がりたかったのに、今日に限ってオデット伯爵が面会できないというのが腹立たしかった。


「娘の誕生日パーティーなどしてる場合か!? 自分の進退が掛かってる事案だというのに何故分からん……!」


「クソッ!」とグスタフが足元に転がっていた小石を苛立ちまぎれに蹴り上げた時だった。

 思ったよりも飛距離が伸びたそれを、掌で受け止めた者がいた。

 はっと顔を上げたグスタフの前に、物影から一人の男が現れる。


「神官様が随分荒れてるじゃない。 どぉしたのぉ?」


 ニッ、と口角を上げた男に、グスタフは苦々しげな表情を浮かべた。

 

「エドガー貴様……。街では話しかけるなと言ったはずだが」

「どうせここ、誰もいないじゃん? オレだってそれぐらいの気は使いますよぉ」


 血のように赤い色と黒の混じる髪は肩口で緩く結ばれ、左目の隻眼を隠すようにだらしなく前髪が落ちている。金の瞳は暗い路地裏でもいやに鈍く光り、腰元には彼の獲物であるダガーが二本装備されていた。

 武器商会【ウロボロス】――その幹部でもあるエドガー・ブラッドは、愉快そうに両手を頭の後ろで組んだ。


「あのお優しいグスタフ主教がすんごい顔で通ってくんだもん。声かけたくなるの、しょうがないと思わない?」

「だとしても無視するのが礼儀だろう」

「そんなこと言ってぇ。こっちの商材の危機でもあるんだ、ちゃんと言ってくれないと困るでしょ」


「ねぇ?」と目だけで笑ってみせるエドガーに、グスタフはぐっと息を呑む。もう知っていたのか、と耳の速さに驚くと同時に、ここで会えたのも運が良かったと思うべきか、と嘆息した。


「スイ・オーウェン公爵令嬢が嗅ぎつけ始めている。カガイ神官長と連携が取れているのか分からんが、アレは若い。変な正義感で動かれる可能性もある」

「スイ様、ねぇ。うちんとこの者と連絡取れなくなってるのも何か関係あるのかね」

「何?」

「リンドブルム。そこに潜ませてた奴らと今朝から連絡が取れなくなった」


 グスタフは目を瞠る。今朝と言えばスイ達がエレンツィアに大事故を起こしながら着いたのもその頃だ。まさか全て承知の上でここにやってきたのか、と顔から血の気が引いた。

 そのグスタフの変化にエドガーも肯定するように頷く。「だいぶとやり手だよ、あのお嬢さん」と目を細めると、腰元のダガーに手をやった。


「上からはさぁ、別件でスイ様を穢せって指示を貰ってたわけ。でもこっちの方にも関わってるんだったら、もう一個の指示の方を優先しちゃってもいいかなって思ったとこ」

「……暗殺、」

「ヤだぁ。星に還すって言って?」


「でもグスタフ主教にとってもいい手でしょ?」とエドガーは笑う。


「潜り込ませてる奴らの情報によると、スイ様達、マリベル伯爵令嬢の誕生日パーティーに出席するってさ。でも貴族のお屋敷って魔法も奇跡も武器もご法度でしょ? 魔法使いと神官は魔道具をつけられ、武器は没収。絶好のチャンスだと思わない?」

「……私に手引きをしろと?」

「物分かりがいいねぇ! オレ、主教のことだーいすき!」


 アッハ! と明るく笑ってみせたエドガーを、グスタフは睨みつける。


「分かっているな。私の名は絶対に出すなよ」

「りょ~かい。上手くやりますよ。とりあえずは何度も伯爵邸に行ったことのある主教に、間取りから教えてもらおっかな」


「楽しいパーティーになりそうだねぇ」とエドガーは嘯く。

 その言葉の裏に滲む残酷な結果から目を背けるように、グスタフは顔を伏せるのだった。

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